第5話 一ノ瀬さん、聞きたいことがあるんだけど
「一ノ瀬さん、聞きたいことがあるんだけど、時間大丈夫?」
そうと決まれば話は早い。
早速アクションを起こしてみる。
いきなりそんなことを聞いたら嫌われそうだが、そのリスクを犯してでも本人に直接聞かずにはいられなかった。
一ノ瀬さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、静かにこくりと頷いた。
「帰りながらでも良い?」
「もちろん」
ということで、一ノ瀬さんと一緒に帰ることに。
ここで不運に見舞われる。一ノ瀬さんと一緒に帰るところを、七山に目撃されてしまう。しかも陰キャ集団も一緒だ。
「二宮、一回集合」
「ごめん、一ノ瀬さん。呼ばれたから、ちょっと待ってて。すぐ戻ってくる」
「なんだよ? 手短にしてくれよ、七山」
「お前、まさか一ノ瀬さんと一緒に帰るのかよ⁉」
「ちょっと彼女に用があってな」
「まさか告白か⁉」
「ワイの御世たんが!」
「許さぬでござる」
七山+陰キャ集団に詰められる俺。
賑やかな人たちだな、まったく。女子と一緒に帰るだけで、こんなに盛り上がれるの羨ましいよ。
「違うよ。一緒に帰るだけ。じゃあな」
会話を切り上げて、そそくさと一ノ瀬さんのもとに向かう。七山には悪いが、正直きみに構っている暇はない。俺はこれから大スクープを取りにいくからな。
「この裏切り者!」
七山の遠吠えをバックサウンドに、一ノ瀬さんと共に教室を出た。
☆
「一ノ瀬さんはチャリ通勤?」
「そう。二宮君も?」
「うん。どっち方面?」
「あっち」
一ノ瀬さんが指さした先は、偶然にも俺の家と同じ方向だ。
一ヵ月も隣の席なのに、家が同じ方向なの全く知らなかった。
チャリを女子と並走して家に帰る。こうしてみると、輝かしい青春の一ページのようだが、今から俺には重大任務が待ち受けている。そう思うと、ドキドキが止まらなくなってきた。
「この公園でいい?」
一ノ瀬さんが指定した密談の場所は、学校から少し離れたブランコと滑り台とベンチが置いてある昔ながらの小さな公園だ。
昨今、安全のため公園の遊具が撤去されていると聞く。そう考えると、遊具があるこういう昔ながらの公園はありがたいのかもしれない。
それにしても通学路にこんな公園があったんだ。気づかなかった。
そこのベンチに俺と一ノ瀬さんは並んで腰かける。七山が見たら発狂しそうな光景だが、今はそんなことどうでもいい。
「単刀直入に聞くよ。もしかして一ノ瀬さんってゲーム配信者の『さてぃふぉ』?」
そう切り出した途端、空気が固まったような静寂に包まれた。
時間にして数秒だが、何分も何十分にも長く感じた。
悩んだ素振りを見せた一ノ瀬さんは、やがて重い口を開いた。
「どうして、そう思ったの?」
「まず昨日、一ノ瀬さんの声を聞いて、さてぃふぉに似てるなって思って。そしてよっちゃんオレンジが好きなところも同じ」
「それで、あとは?」
「えっと、さてぃふぉという名前。もしかしてと思ったけれど、さてぃふぉサーティフォー、三四、御世……なんじゃないかな?」
「ふ、ふーん。あとは」
明らかに動揺している。やはり彼女の正体は……。
「確信したのは今日の昼休みかな。きみがゲームしている時の声、聞いちゃったんだ。あの時、いつもの実況のテンションで声もいつも聞いている声と全く同じだったから」
「やっぱり聞かれていたか」
「もう一度聞くよ。きみはさてぃふぉだね?」
一ノ瀬さんは両手で顔を覆うと、天に向かって叫んだ。
「うおわああああ! 初めて身バレしちゃったあああ! 親にもバレていなかったのにいいい!」
ああ、いつものさてぃふぉの声だ。
生で聞くと実感する。ああ、本当に一ノ瀬御世=さてぃふぉなのだなって。
やがて一ノ瀬さんは意を決したように、俺の方を向いて口を開く。
「改めまして。ちっす、おっす、よーっす、さてぃふぉだよー」
「……ほ、本物だぁ」
さてぃふぉの生の自己紹介を聞き感涙した俺は、思わず涙が零れだす。さてぃふぉはその素性を誰にも知られていない。
だから生のさてぃふぉの声を聞けるのは俺だけなのだ。そんなんファン冥利にすぎるだろ。
そしてよほど恥ずかしかったのか、さてぃふぉは「は、恥ずかしすぎる……」と両手で顔を覆い一ノ瀬御世に戻った。
片や感動のあまり泣いている男、片や恥ずかしさのあまり顔を覆う女。ハチャメチャな状況である。
やがて一ノ瀬さんはきりっとした表情で、こちらを向く。眼鏡越しから力強さを感じる強い瞳は、飲み込まれそうになる。
そして一ノ瀬さんは俺にこう話した。
「二宮君。これだけ約束してもらえる?」
「う、うん。何?」
「二宮君。知っていると思うけど、私は絶対に身バレはしたくない。だから誰にも言っちゃだめだよ。このことは二宮君と私だけの秘密にしてくれる?」
「勿論だよ」
俺は知っている。
さてぃふぉの徹底した身バレ対策を。
さてぃふぉの特徴として、身の上話は一切しない。それだけネットで身バレすることのリスクを理解しているのだろう。
それを見抜いてしまったことに、今更ながら罪悪感を覚える。
だから誰にも教えない、というのは当然のことだ。
「しかし、バレるとは思わなんだ」
「……なんかごめん」
「二宮君のせいじゃない。もっとキャラと声変えないといけなかったか~」
「俺が言うのもどうかと思うけど、あれ以上は無理なのでは」
「だよね。二宮君が凄いということか。神だね。神通り越して神社だね」
「な、生のさてぃふぉ語録だ~」
「ちょっと恥ずかしいからやめて」
「ごめん」
「あと、いつも学校でさてぃふぉのこと話しているの聞いていたよ。そこはありがとう」
「いや、こちらこそ、認知されて嬉しすぎるよ」
「じゃあ、そういうことで。明日からよろしく。あっ、連絡先を交換しても良いかな?」
「うん」
「ありがと」
俺と一ノ瀬さんは連絡先を交換して、今日のところはなんか気まずいので解散した。
こうして俺は隣の席にいる陰キャ女子のとんでもない秘密を握ってしまったのであった――。