第42話 こうなった以上、隠し通すのは無理あるよな……
「な、な、な、七山……!?」
お手洗いの側にある四人用のボックス席には、七山と昼休みいつもカードゲームをしている陰キャ男子二人の計三人が、学校の昼休みのようにデュエルに興じていた。
ハンバーガーショップでもデュエルかよ……と半ば呆れるが、今はそれどころではない。
「おぉ、奇遇だな。何してんだ、こんなところで」
「そ、そ、それは七山の方こそ」
「ん? 俺たちは見ての通り、デュエルだ。どうだ? 陰キャの覇道を往っているだろ?」
「どうだ? と言われましても……。というわけで……」
俺はお手洗いに逃げ込もうとするが……。
「ちょっと待てって。まだ俺の質問に答えてないよな」
「いや……まあ、それは……ねぇ」
「なんか怪しいぞ。よしっ、質問を変えよう。お前、誰と来ているんだ?」
七山のやつ……!
薄々思っていたが、この男察しが良すぎる。
上手い言い訳が思い浮かばないでいると、最悪の事態に発展してしまう。
「どうしたの……? なんか吾郎君の声が聞こえたのだけど」
最悪にも、御世ちゃんがこの場にやってきてしまった。
「いいい、一ノ瀬さん⁉」
七山が驚きの声を上げると、七山の存在に気付いた御世ちゃんはことに重大さを察知し、呆然と固まってしまった。
紛うことなき修羅場である。
緊急性を感じた俺は、未だ硬直している御世ちゃんを引っ張り出し、元いた席へと戻った。
「そういうわけで……なんだか、とんでもない事になっちゃってごめん!」
「吾郎君のせいじゃないから、大丈夫だよ。でも……どうしよう」
「こうなった以上、隠し通すのは無理あるよな……」
「隠すもなにも、私たち付き合ったの昨日だし、嘘はついてないよ」
「確かに昨日七山と話した時点では付き合ってなかったからな」
ぶっちゃけ、御世ちゃんと付き合っているという事実にまだ実感が湧かないが。
「私は大丈夫だよ」
「今後のためにも、七山たちには正直に話しておくか」
「あっ、でも、さてぃふぉのことだけは言わないでね」
「もちろん、それだけは死守する」
「ありがとう」
そうと決まれば、話は早い。
俺はまだいるはずの七山にメッセージを送った。
『七山、話があるから』
『七山:了解』
『反対側のボックス席にいるから』
『七山:おう』
返信があってしばらくした後、七山が一人でこちらの席にやってきた。
とりあえず俺の隣、御世ちゃんの対面に座らせる。
「他の人たちは?」
「帰った」
「そっか。それで本題だけど」
「あー! 待った待った! 心の準備が!」
七山は両手を振って大騒ぎ。
なんだよ。こっちはせっかく覚悟を決めていたのに。
対して御世ちゃんは、恥ずかしいのか、七山と相対して気まずいのか、ずっと俯いている。
こういう仕草を目の当たりにすると、やっぱり御世ちゃんは陰キャなんだなとしみじみ。
俺と接するときはあれだけ明るく接してくれているから、余計に感じる。
「心の準備出来たか?」
「お、おう……」
俺は七山に全てを打ち明けた。
とはいえ、さてぃふぉのことは話せないので、さてぃふぉの話を避けながら整合性を図っていく。
とまあ、難しく言ったが、簡単に言うと意気投合して家で遊ぶようになって、その時に告白して付き合ったという感じに伝えた。
昨晩、御世ちゃんの家に泊まっていたことは、色々とツッコまれそうなので流石に伏せておいた。
話を聞いた七山は文字通り目を丸くしていた。
「……そんなことが……とりあえず、おめでとう」
最初に祝福してくれるあたり、七山はやっぱりいい奴だ。
「どうも、ありがとう」
「が……めちゃくちゃ悔しい! 一緒に彼女作らず陰キャ道を歩もうって約束したじゃないか!」
「してないわ、そんな約束!」
「この薄情者!」
変な小競り合いが始まった。
御世ちゃんはと言うと、気まずそうにこちらをちらちら見ている。
「一ノ瀬さん」
「はいっ?」
七山が急に御世ちゃんに話を振るものだから、御世ちゃんはびっくりして思わず裏声を出してしまっている。
「二宮はどうしようもないやつだけど、いいやつなのは間違いない。ふつつか者だけど、二宮をどうかよろしくお願いします」
「いや、なに目線⁉」
「こちらこそよろしくお願いします」
「御世ちゃんまでノらなくていいから!」
「へー、御世ちゃんって呼んでいるんだな」
「うぐっ! 良いだろ、別に!」
相変わらず嫌なところ突いてくるな、この七山という男は。
「いやー、しかしすげーな。俺の身近でカップル成立かー」
「七山。極力このことは内緒にしてもらえるか。余計なトラブルに巻き込まれたくはないし」
「了解! 俺とお前の仲だからな、任せておけ!」
「ガチで感謝する。やっぱり持つべきものは親友だ」
「おうよ」
七山は「これ以上は二人の邪魔はしたくない」と言わんばかりに颯爽と去っていった。
さすがは出来る男、見た目は陰キャ、中身はイケメン、その名は七山。そこに痺れる、憧れる。
ようやく二人きりになると、御世ちゃんは長い間水中に潜り続け、陸上にあがったように「ぷはー」と息継ぎして会話を始めた。
「いやー、相変わらず凄かったね、七山君。まるで台風みたいだ」
「確かにな」
七山よ。推しに台風扱いされているぞ。
「それにしても流石だね、吾郎君! さてぃふぉのこと隠して、真実を織り交ぜながら、矛盾がないように伝えられるなんて!」
「まあ、動画配信で喋っていた経験が活きたのかなって」
「絶対そうだよ! さてぃふぉのこと言わないでくれてありがとう!」
「そりゃあ当然でしょ。顔バレを防ぐのは裏方の指名だから」
「吾郎君が居てくれて本当に良かったよ。それじゃあ、夕飯の材料買いに行こっか!」
「うん! 楽しみだ」
「何か食べたいものある?」
「何でも大丈夫だよ」
「逆に難しいやつ! あっ、カツ丼食べたいんじゃない?」
「どうしてそれを……」
「ランチ選ぶとき、吾郎君カツ丼屋、指差したじゃん!」
「そういえば、そうだった」
「昼は私希望のハンバーガー。夜は吾郎君希望のカツ丼。完璧!」
「俺にとってはめちゃくちゃハッピーだけど、御世ちゃんはそれで大丈夫なの? 料理無知だから分からないけど、カツ丼って難しいイメージあるよ」
「ノープロブレム! 私にドーンと任せなさい!」
「助かる! よっ、料理職人!」
「そうと決まれば、スーパーにレッツゴー!」




