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第37話 言って。私の好きなところ

「だって私のこと好きなんでしょ?」

「好きか嫌いかで言ったら、そりゃあ好きだけど」

「何その言い方。はい、言って。私の好きなところ」


 完全に一ノ瀬さんに主導権を握られ、俺は彼女のなすがままにペラペラとしゃべりだす。


「動画に対する姿勢が凄い。視聴者に楽しんでもらうことを第一に考えている姿勢は同業者として本当に尊敬する。あと煽りとか暴言とか絶対言わないし。人柄の良さも素晴らしい」

「嬉しいけど、それって、さてぃふぉのことだよね? 一ノ瀬御世の好きなところは? はいっ! 言ってみよう!」

「学校ではクールでミステリアスな感じなのに、家にいる時は明るくて人懐っこい、そんなギャップがいい。あと、優しいし、料理が上手だし、それと……普通に顔タイプだし」

「くふっ。二宮君、私のことめっちゃ好きじゃん!」

「そうかもしれない。じゃあ、一ノ瀬さんも俺の好きなところ言ってみてよ」

「うーんとね、『裏方をやってほしい』って私の無茶なお願いを快く引き受けてくれたことだったり、私を応援してくれたり、人を蔑むようなことしなくて優しさに溢れているし、あと単純に話していて楽しい。私、ガチで友達ゼロの陰キャだから、こんなに素の状態で楽しく話せる人、初めてなんだよ」

「俺のこと好きすぎるでしょ……」

「くふふ」

「あはは」

「お互い様だね」

「うん。お互い様」

「でもさ、正直言うと、二宮君のことを『好き』は好きなんだけど、その『好き』が男性としての好きなのか、実際問題分からない。恋愛経験どころか友人経験もないからね」

「友人経験って初めて聞く単語だな。でも、それはなんとなくわかる気がする」


 俺たちは『好き』以前に『推し』なのである。

 推し=好きという方程式が成り立つ『ガチ恋勢』という言葉が存在するが、俺と一ノ瀬さんはそのタイプではない。

 『好き』同士であるが、『推し』という感情が混じっている以上、お互いの『好意』はややこしいことになっているのは間違いない。


「だかさら、実際付き合ってみて、自分の感情を確かめたいと思う」

「なるほど。つまりは、好きだから付き合うのではなく、付き合って好きか確かめるっていう逆パターン」

「やっぱり、それって不純かな?」

「良いと思う。恋愛の形は恋愛の数だけ違うと思うから。知らんけど」

「おっ、なんか哲学っぽい」

「じゃあ、一旦付き合うってことで良いのかな?」


 布団から顔だけ出した状態の一ノ瀬さんの頬は真っ赤に染めていた。


「……お願いします」


 一ノ瀬さんは視線を泳がせながら、首をこくこくと二回、縦に振った。


「こちらこそ、お願いします」


 本当に付き合うのか……。


 正直、全く実感がわかない。

 しかも、こんな寝る前に交際に発展するとか前代未聞もいいところ。


 今日、一ノ瀬さんの家に行くときは、こんな展開になるなんて微塵も思わなかった。


「なんかめっちゃ早くない? 私たち、ちゃんと話してから一週間も経っていないよ?」

「相場がよく分からないけど、多分爆速だと思う」

「呼び方とか決めよっか。私のことなんて呼びたい?」

「うーん。まあ、無難に御世ちゃんとか」


 そう呼んだ途端、一ノ瀬さん、改め御世ちゃんは恥ずかしそうに両手で顔を覆った。


「……それ……がいい」

「分かった。これからもよろしくね、御世ちゃん」

「ふぬぅ……」


 両脚をばたつかせているのか、布団がもぞもぞと動いている。


「ちなみに、俺のことはなんて呼びたいかな?」

「うーん。どうしよう?」

「俺が御世ちゃんだったら、無難に吾郎君かな」

「対になっているし、良いと思う。私も吾郎君って呼びたい。吾郎君」

「お、おお……」


 これ、破壊力半端ないな。

 心臓の鼓動が跳ね上がった。


「はー、まさに神展開だ。動画のタイトルだったら【神回】ってつくパターンのやつ!」

「動画投稿者脳が過ぎる……。そういえば、こんなこと聞くの野暮だと思うけど、本当に俺に貸す傘無かったの」

「それは本当に野暮だよ、吾郎君」

「ごめん」

「本当は……あるよ。来客用の歯ブラシも部屋もあるうちに来客用の傘が無いわけないじゃん」

「そりゃあ、そうだよな」

「居たかったから。吾郎君と一緒に」

「御世ちゃん……」


 心臓がドクンと跳ね上がる。


 ああ、なんて愛くるしいんだ。

 この子が本当に俺の彼女だなんて。


 愛したい。愛でたい。

 感情がオーバーヒートを起こし、ついこんなことを口走ってしまった。


「手を繋いでもいいかな?」


 御世ちゃんは柔和な笑みを浮かべる。


「いいよ。私も握りたいって思っていたんだ」


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