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第36話 私と付き合おっか?

「私ね、動画でも言ったと思うけど、幼い時から両親が忙しくて、ほとんど相手してくれなかったの。放任主義ってやつかな。その分、何不自由ない生活をさせてもらっていたけれど……でも心は不自由だった」

「うん」

「人との関わり方を知らない私は、学校というコミュニティになじめずあっという間に孤立した。私の心は空っぽだった」

「そっか」


 それを聞いて、自分と少し重なる部分があると思った。


 小学校三年生の頃だ。

 急に母親が俺のもとから居なくなった。その関係で貧乏になり、友達と遊ぶ機会が少なくなった。

 急に心にぽっかりと穴が開いたような気持ちになった。


「正直、生きる意味が見いだせなくなっていた。現実世界に居場所を失った私は、ネットの世界に逃げた。ゲームや動画が私の生きがいになった。中二の時、私が当時ハマっていたゲーム『ドラゴニック・ブレイブ』の実況動画を見漁っていた。

 そんなときに出会ったのが『56チャンネル』だった。顔出し無しで声のみっていうスタイルと、肩肘張らない緩い感じが私に合っていて……失礼ながらあんまり登録者数とか再生数が多くない感じも、なんか友達の実況を聞いているみたいで……声の感じも同級生くらいだと思ったから、友達感も余計に強くて……それでハマっちゃった。ごめんね、急にべらべらと」


 オタク特有の早口が出ている、ということは本当に俺の「56チャンネル」を好きでいてくれたんだ……。


 俺の相槌を確認し、一ノ瀬さんは更に話を続ける。


「いつしか『56チャンネル』が生きがいになっていて、私もやりたいなって思ったんだ。それで『さてぃふぉちゃんねる』を始めた。顔バレとかめっちゃ怖かったけど、『56チャンネル』みたいに顔出ししなければ、そこも安心かなって。もともとゲームが好きだったし、登録者数や再生数が日に日に増え、コメントが来るごとに、『私は、生きているんだ』って思うようになって、こんな日常生活が終わっている私でも、自分を表現できる場所があるんだって気づいだ。動画という、私が生きていける、表現できる、素晴らしい世界を見つけることが出来たのは、『56チャンネル』、つまり二宮君のおかげなんだ。

 改めて言わせて。ありがとう、二宮吾郎君。あなたのおかげで、今の私がある。あなたは私のヒーローだから」


 そんな素晴らしい言葉を受け、確信する。ああ、俺は今、世界で一番幸せだ。

 やる意味を今日まで見いだせなかった動画配信活動。人生の無駄であり、黒歴史だと思っていた。


 だが、今は自信満々に言い切れる。

 やっていて良かった、動画配信。

 だって、『俺の大切な人』の力になれたのだから。


「こちらこそ、ありがとう一ノ瀬さん。俺の方こそ、『さてぃふぉちゃんねる』を見て、どれだけの勇気や元気が貰えたか。辛い時も悲しい時も、きみの明るく優しく元気な声を聞いて、どれだけ救われてきたか。

 単純に凄いと思った。俺は、顔出しせずに声のみで動画配信することに限界を感じていた。顔出ししている配信者の方がやっぱり人気があるし、今の時代はヴァーチャルなんてものも存在する。そんな化物集団相手に群雄割拠の動画界を生き抜けるわけないと思っていた。

 でも、きみが彗星の如く現れた。声だけでこんなに人を魅力できるなんて衝撃だった。それからきみの虜だ。ずっと。そう――

一ノ瀬さんは俺の全てだから」


 そんな言葉を放つと、沈黙が流れた。


 ……マズい。さすがに今の発言はキモすぎたか?

 でも、一ノ瀬さんも同じようなことを言っていたし……。


 逡巡していると、ふははっ、と一ノ瀬さんの快活な笑い声が聞こえた。


「重っ!」

「お互い様でしょ!」

「ふふふ。確かにね。あー、やっぱり似た者同士なんて私たち」

「そうみたいだね。ちなみにさ、俺の正体に気づいたのっていつ?」

「クラスでお友達と話している時、なんだか聞き覚えのある声だな~とは思っていて、でも最初は声が似ているだけ、と気にも留めなかったんだけど、『動画投稿している』っていう話を盗み聞きして、『もしや』とは思った。だから実は二宮君と隣の席になってから、ちょっと注目していたんだ。そんな人が、私の正体突き止めた時は心臓が飛び出るかと思ったよ。話すようになって、やっぱり『56チャンネル』の喋り方にそっくりで、やっぱりそうかもなって思って、昨日、二宮君にチャンネル名聞いて確信持った感じかな」

「そんな感じだったんだ。教えてくれてありがとう。それに、注目してくれていてくれたの嬉しいな」

「ずっと注目していたし、気になっていたよ」

「もしかして、昨日『気になっている人いる』って言っていたけど、それって俺のことだったの?」

「えっ、逆に気づいていなかったの? 鈍感過ぎない?」

「鈍感でごめん!」

「気になっている人じゃなかったら、一緒の部屋になんて寝たりしないよね」

「それもそうか……」

「凄くない? まだ知り合って間もないのに、一緒に寝ているんだよ?」

「その言い方だと思わぬ語弊が生まれそうだけど」

「言葉の意味そのままだけどね」


 今一度、冷静になって、自分が今、置かれている状況を俯瞰してみる。

 同じクラスの女の子の家に泊まり、挙句の果てに同じ部屋で布団を横並びにしている。

 無罪か有罪かでいったら、間違いなく有罪だろう。

 もしバレたら、七山あたりが俺を裁くに違いない。

 そんなこと思ったら、急に怖くなってきた。


 俺の心中を察するように、一ノ瀬さんはとんでもないことを言い始める。


「二宮君はさっきこんなこと言ったよね。『付き合っていない男女が一緒の部屋に寝るのはアウト』だって」

「うん。言ったけど」

「その前提が崩れれば?」

「はい?」


「……私と付き合おっか?」


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