第33話 私もここで寝るね
一ノ瀬さんと共に、歯磨きする用の洗面所に向かう。
バスルームの隣にある一階の洗面所だ。歯磨きをするときは、ここで行うらしい。
二階にも洗面所があるせいで、非常にややこしい。
家も広ければいいってもんじゃないんだな。9割9分、広い方がいいけど。
「これ、来客用の歯ブラシだから使ってね」
「ありがとう」
一ノ瀬さんが手渡したのは、いわゆる使い捨て歯ブラシである。
ホテルに置いてあるような、袋詰めされているアレ。中にちっこい歯磨き粉もついている。
なんかこういうのって、開けるのに抵抗あるよな。俺が貧乏性なだけだろうか。
そんな余計なことを考えて、おずおずしていると、一ノ瀬さんは何の抵抗もなく袋を裂いて、歯ブラシ本体を手渡してきた。
「何してるの? はい、これ」
「うん。ありがとう……」
こうして、二人肩を並んで歯磨きをする。
鏡に映る俺と一ノ瀬さん。パジャマ姿で歯磨きする様子は、どこからどう見てもカップルにしか見えない。
鏡に映った二人の姿を見ると、否が応でも想像してしまう。俺と一ノ瀬さんがカップルになった時を――。
もし、そうなったら、どれだけ幸せなのだろうか……?
「一緒に歯磨き、楽しいね!」
「そ、そうだね……」
「どうしたの? あっ、もしかして、変な事考えたでしょ?」
「バッ! 違うって!」
「あー、その反応、図星だね。何考えていたの? ほら、お姉さんに言ってごらん」
「いや……流石に言えない……かな」
「もーう、何なの本当に……って、歯磨き粉垂れてる!」
「あっ」
一ノ瀬さんの指摘により、歯磨き粉が襟元に垂れてしまっていることに気づく。
最悪だ。人の歯磨き粉を、人のパジャマに垂らすなんて。
完全に嫌われてしまったかもしれない。
「ほら、タオルで拭くからじっとしていて」
「どうも……」
「なんか様子おかしくない? まあ、あれだけ編集作業頑張ってくれたから仕方ないか」
「ありがと」
こんな俺でも一ノ瀬さんは悪態をつかず、甲斐甲斐しくタオルで拭いてくれる。
こんな子が彼女だったら、どれだけ幸せなのだろうか。
――この時俺は、一ノ瀬さんを女性として意識していることに気づいた。
☆
「ようやく、あとは寝るだけだね」
「もうすぐで深夜2時か……凄い時間だ」
「明日学校休みで助かったよ」
「だね。学校あったら、俺たち生きていけないよ」
「じゃあ寝る……?」
「ちょちょちょ、ちょっと待って! そういえば、俺ってどこに寝ればいいの?」
一ノ瀬さんのベッドはダブルサイズくらいあり、普通に二人並んで眠ることは可能だが……。
さすがに、付き合っていない高校生の男女二人が、同じベッドで寝るのは倫理的にあり得ない。
「あー、そっか! そのこと、すっかり忘れてたー!」
右手を後頭部に置き、「てへっ」のポーズをする一ノ瀬さん。そんな可愛いポーズで誤魔化したってゆる……しましょう!
こう見ると、やっぱり抜けているところあるよな、一ノ瀬さん。
まあ、俺も人のこと言えないけど。
そう考えると、俺たちって案外似たもの同士かも。
「それでどうすれば……」
一ノ瀬さんは口に手を置き考える仕草をすると、何か思いついたように手をポンと鳴らした。
「そういえば、一階の部屋、和室の客間があって、そこに布団があったはず」
「マジかよ……」
さすがは大豪邸。
和室の客間なんて存在するのかよ……。
もう、ホテルでも開けよ……。
もうとっくに時効だけどさ、この豪勢さでやっぱり人に貸す傘が無いなんておかしいよなぁ……。
「案内してあげるよ」
「ありがとう」
一ノ瀬さんの先導で、階段を降り、客間へと向かう。
扉を開くと、そこは本当に和室だった。優美な印象を受ける綺麗な和室で、床の間には掛け軸が吊るされてあり、造花が花瓶に刺さっている。
「本当に凄いな一ノ瀬さんの家は。もう一種のテーマパークだよ」
「うーん。やっぱり普段使わない部屋だから、埃っぽいね。窓開けよう」
障子になっている窓を開けると、一ノ瀬宅の中庭が広がっていた。
ざー! と、強い音が聞こえ、湿っぽい空気が外から流れる。
「まだ降ってるんだ」
「天気予報通り、朝までやまないみたいだね」
「……じゃあ、布団しくね」
押入れを開けると、確かに敷布団、掛布団、枕の一式セットが二人分揃っていた。
余りの設備の良さに半ば呆れながら、一人分の一式セットを押入れから引き出し、畳にセットする。
俺の家も普段ベッドだから、畳に布団はなんだか新鮮な気分になる。このスタイルが日本人って感じだよな。
「ん? 何しているの、一ノ瀬さん?」
なぜか一ノ瀬さんが、もう一人分の布団も用意し始めた。
誰の分を用意しているんだ……?
はっ、まさかこの部屋に座敷童が住んでいるとか⁉
勝手な妄想をして震え上がっていると、一ノ瀬さんが違う意味で震え上がることを言ってきた。
「私もここで寝るね」




