第32話 もし、この先、二宮君が他にやること見つからなかったら、ずっと私の裏方やってくれない?
「出来た~! かっこ、ガチです」
「おー! パチパチパチパチ」
作業を終えた俺に、一ノ瀬さんは労いの気持ちを込めて肩をも揉んでくれた。
一ノ瀬さんのマッサージは思いのほか、気持ちよく、全身の血流が良くなった気がする。特に下半身方向の血流が良くなった気がするが、一ノ瀬さんには黙っておこう。
「ご査収ください」
「では、確認作業入ります」
俺が編集した動画を眺める一ノ瀬さんの目は真剣そのもの。
家にいる時の彼女はおちゃらけているが、こと動画のことになるとさてぃふぉが憑依する。
「うん。バッチリ! 四本、お疲れ様!」
「良かった~。さてぃふぉのチェック通った~」
「アップロードよろしく」
「さてぃふぉちゃんねるのお休みの月、木除いて、明日からの四日間、いつもの時間で、予約投稿で大丈夫かな? 投稿順は撮った順番でオッケー?」
「うん。話が早いね。流石は、裏方さん!」
再びゲーミングデスクにつき、動画サイトを開き、先ほど編集を終えた新鮮な動画たちをネットの海に流す準備を整える。
「はぁ……ようやく終わった……」
全ての作業が終了し、肩の荷が下りた俺は、本能のままに一ノ瀬さんのベッドにうつ伏せの態勢でダイブする。
同級生の女の子のベッドにダイブするというギルティな行動をとってしまったが、疲れすぎたので許してくれ。
「終わったね~!」
「うわっ!」
すると一ノ瀬さんが、俺の上に乗っかってきた。
俺と全く同じ態勢で上に乗ってきたので、ミルフィーユみたくなっている。
いつもよりラフな格好だから、一ノ瀬さんの身体の感じがいつもより直に伝わってくる。
……正直、めちゃくちゃエロいです。
深夜、同級生の可愛い女の子と同じ部屋で過ごしているのだ。どんどん思考がそっちの方に移行していく。
このままいくと、どうにかなっちゃいそうなので、身体を反転させて、一ノ瀬さんから逃れる。
俺たちは、横向き寝の態勢で、自然と見つめあう態勢になる。
……それはそれで凄くエッチなので、もう逃れられないみたいです。
これもう、一夜を共にする男女じゃん。いや、言葉を額面通りに受け取るなら間違いないんだけどさ!
「明日から実質四連休ってことだよね? 神じゃん! 神社じゃん!」
「えーと、今日が金曜日だから、今回撮った四本の動画投稿予定曜日が、土、日、定休の月曜を省いて、火、水で、木曜日がまた定休になるから、実質六連休だね」
「ほぼ一週間じゃん! こんな休み初めてだ! 裏方になってくれて本当にありがとう!」
「お礼を言うのはこっちだよ。推しの動画に関わるだけでなく、こんな豪勢な衣食住まで提供してもらって」
「いやいや~。それほどでも……ありますけど」
「満更でもないんかい。しかし、週5投稿の大変さを思い知ったよ」
「でしょ? 本当は毎日投稿が良いんだけど、流石に学校通いながらね」
「そりゃあそうでしょ。一般ピーポーは学校に通うだけで精一杯だよ」
「本当は学校辞めて、動画投稿一本でいきたいけどね」
「せっかく通っているんだし、辞めない方がいいと思うよ」
「冗談だよ! 二宮君は真面目だな~」
「ごめんごめん」
一ノ瀬さんは横向きに倒れている身体をゴロゴロと動かし、俺に近寄ってくると凄いことを言ってきた。
「ねえ。もし、この先、二宮君が他にやること見つからなかったら、ずっと私の裏方やってくれない?」
「え……」
「ダメかな?」
「ずっと? それ即ち一生?」
困惑しすぎて、ラップみたいな語り口になってしまった。
「ちょっと重いよね。ごめんごめん、今の言葉忘れちゃって大丈夫だよ」
「お、おう……」
ずっと、か……。
推しの動画に関わるだけでなく、推しの人とこんな感じで半同棲生活を永久に続けられるなら、こんなに幸せなことはないけど……。
それは、一ノ瀬さんの負担になってしまうのではないだろうか。
一ノ瀬さんもこんな登録者一桁のモブキャラとずっと一緒に居るなんて、不本意だろう。
とにもかくにも、先のことなんて全く考えていなかった。
高校二年生だ。将来のことを考えないといけない年齢ではあるだろう。
普通の大学に入って、普通に就職して……普通の人生を送る。
そんな人生も勿論素晴らしいのは分かるが、俺はやっぱり好きなことをやりながら、気の知れた人と過ごしていきたい。そういう性分だ。
だとしたら、このまま裏方を続け、さてぃふぉちゃんねるが軌道に乗り、食えるだけの収益を貰えるのだとしたら、そんな理想的な将来はない。
令和の時代、動画配信で生計を立てる者はごまんといる。
一昔前なら鼻で笑われる選択肢も、今の時代ならおかしくはない。
俺はさてぃふぉと……一ノ瀬さんと、ずっと一緒……。
そう考え一ノ瀬さんのご尊顔を見た途端、電流が走ったように心臓が爆音で鳴った。
「どうしたの、二宮君?」
「ちょっと、歯磨いてくる」
「歯磨きするところはそっちじゃないよ! 案内するから一緒に行こ!」




