第27話 一緒に食べよ!
色々あったが、とりあえず当初の目的である、手洗いをしっかりとやって部屋に戻ってきた。
「さっきは、ほんとごめん」
「別にいいよ。あの洗面所に行くように言ったのは私だし」
「こんな俺を許してくれるなんて、本当にありがたい限りです」
一ノ瀬さんはやっぱり優しすぎる。女神! 天使!
「それよりちゃんと手洗った?」
「洗ったよ」
「石鹸もした?」
「したよ!」
「アルコール消毒も?」
「したって!」
「そ。二宮君、そういうのやらないイメージあったから」
「いつの間にか不潔の権化みたいな印象持たれている⁉」
「さぁ、早く食べよ! 放置していたら寿司が伸びちゃうよ」
「それ麵の時にしか言わないよ。それを言うなら鮮度が落ちるとかじゃない」
「現代文の講義助かる」
「いや、一般常識です」
くだらないことを言い合いながら、ようやく食事にありつく。
付属していた割りばしをパチンと割ると、気分は最高潮。
さて、どのネタから頂こうか。夢は広がるばかりだ。
「ようやく食べられるね、一ノ瀬さん」
「その前に!」
一ノ瀬さんが俺に向かって手を広げ「ストップ」のサインを送る。
すると、彼女の部屋の中にあるミニ冷蔵庫を開け、毎度おなじみよっちゃんオレンジ1.5リットルを持ってきた。
「ここでもよっちゃんオレンジ……」
「何か文句でも⁉」
きっと睨む一ノ瀬さん。本当によっちゃんオレンジのこととなると、人格が変わるなあ。
「無いけど、オレンジジュースと寿司は合わないんじゃないかなあ」
「よっちゃんオレンジに合わない食べ物なんてない!」
断言された。そう言われると「はい」しか返答することが出来ない。
「んじゃあ、よっちゃんオレンジ入れますね~」
一ノ瀬さんは二つのグラスに溢れんばかりによっちゃんオレンジを注ぐ。
「皆さま、本日はお忙しい中、食事会にお集まりいただきありがとうございます」
「参加者、俺しかいなんだけど」
なぜか一ノ瀬さんは乾杯の音頭みたいなことを言い始まる。さてぃふぉの血が流れていることを証明するかのようなユーモアだ。
「これからのチームさてぃふぉちゃんねるの健闘を祈り、かんぱ~い!」
「かんぱい!」
なんだか大げさなことを言っている気がするが、細かいことは気にしない。
俺は一ノ瀬さんとグラスを合わせて、よっちゃんオレンジを一気飲みした。
そして、ようやくメインディッシュの寿司の時間だ。
箸を掴み、ネタを吟味する。
「この白と赤のやつ頂こうかな。なんか色合いが縁起いいし」
「あー、ぶりね。二宮君、本当にお寿司知らないんだね」
「恥ずかしながら……」
「じゃあ、私も食べる! 一緒に食べよ!」
俺と一ノ瀬さんは同時にぶりを割りばしで掴み、同時に口に放り込む。
「うまっ!」
「ん~~~!」
口の中に入れた瞬間にネタがとろけた。
……なんだ、これは!
この世にこんな美味しいものがあるのか!
俺と一ノ瀬さんは自然と目を合わせる。
彼女の目も俺同様、輝いていた。
普段から美味しいものばかり食べて舌が肥えていると思ったけど、やっぱりこの寿司は格別みたいだ。なんだか親近感がわいて嬉しい。
「二宮君、いぇーい」
「い、いぇーい!」
一ノ瀬さんは腕を上げて、掌を広げ、俺の方に伸ばしてきた。
言葉と仕草から勝手に解釈した俺は、自分の掌を彼女の掌に合わせた。
いわゆるハイタッチ。
普段の俺たちからは想像が出来ない陽キャのノリ。
それほど、今の俺たちはテンションがおかしくなっているようだ。
そりゃあ、こんな美味しい寿司を味わったらこうなるよな。
今日は無礼講じゃー!
「次はこのオレンジのやつ食べよ!」
「サーモンだね! 私も食べるよー」
「うーまい! 柔らかい!」
「ね! 脂身もありつつ!」
「よーし、この勢いでこの黄色のやつ行ってみよ!」
「それ、玉子。寿司に詳しいとか、もう関係ないじゃん!」
「ごめん。流石に冗談」
「もーう。頂こ!」
「また一緒に食べる?」
「うん」
「玉子焼きまでも美味いってどゆこと?」
「めっちゃ良い玉子使っているんじゃない? レベル100の鶏から出た卵とか」
「ゲーム脳すぎるって、一ノ瀬さん。そういうところも一ノ瀬さんらしくて良いけどね」
「えへへ。ありがとう」
「よーし、次のネタは……」
「『ちょっと待って。ボクのこと忘れてない?』ってサラダくんとポテトちゃんが言っているよ」
「忘れ……てないよ!」
「あー! 絶対忘れてたでしょ!」
「すみません」
「もうサラダくんとポテトちゃんが泣いてるよ!」
「サラダが雄でポテトが雌なんだ。解釈不一致だなあ」
「サラダうんま!」
「ドレッシングとよく合うね!」
「ポテトもホクホク~!」
「この雨の中、ホクホクを保ってくれたお店の皆様に多大なる感謝を」
「どこ目線?」
ボケとツッコミを自由に入れ替えつつ、まるで夫婦漫才をしているかのような、息ピッタリの会話を交わしながら、注文した寿司とその他諸々を平らげていく。
そしてさてぃの分を僅かに残して、自分たちの分を完食したのであった。




