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第21話 さてぃふぉちゃんねるをもっとよくしよう!

 三日連続で、俺は一ノ瀬さん宅を訪問する。

 もう、カップルでしかありえない頻度だ。


 一ノ瀬さんはよほど『マジテマオンライン』をやりたかったのか、ダッシュで階段を駆け上り自分の部屋へと入っていく。

 入るや否や、ゲーム実況用のデスクにつき、PCの電源を入れ、ヘッドセットをつけて、ゲーム画面を開く。準備が早すぎる。


 そして、息つく暇もなく、収録がスタートする。


「皆、元気かー。ちっす、おっす、よーっす、さてぃふぉだよー。今日も動画配信やっていくよー。今日も、《マジテマオンライン》やっていくよー。いやー、実はさ、昨日ちょっとやって、めちゃくちゃハマっちゃってさ! 今日は課金上限まで引きまくるよ~! まずは、よっちゃんオレンジをごくり。かああ、よちゃ神様~!」


 今日はマウスパットの横に敷かれたコースターの上に500ミリリットルのよっちゃんオレンジペットボトルがしっかりと置かれており、それを一飲みしてスイッチを入れる。


 そして、画面の中では目を疑いたくなるような光景が広がっていた。

 何のためらいもなく、《マジテマオンライン》の一日の課金上限である10万円をベットしたのだ。

 全ゲーム無課金の貧乏学生にとっては、目の毒すぎて失神してしまいそうな衝撃的な光景である。


 これが貧富の格差か……。

 齢16歳にして、この世の全てを知ってしまった気がする。


 そんな俺の気も知れず、金にものを言わせたさてぃふぉはガンガン開封していく。


「《シロウサギ》! 可愛い~、ウサギちゃんだ~。《荒くれ熊ベアーザベアー》! おー、なんだか強そう! 《流星獣スペーシア》! あ、私この子、お気に入りかも! え……なんかキラキラきたよ! 《―始祖幻獣― 覚醒天使キリノラディオス》⁉ えー、なんだこれー! うわー! 凄すぎて、語彙力消滅したんだけど! めっちゃ、開封楽しー!」


 テンション爆上がりのまま、さてぃふぉは約30分かけてカード開封をし続ける。

 その姿はまさに開封の鬼である。


「あれ、もう引けない? よーし、じゃあもう一発課金……できない。今日はこれしか課金できないってこと? つまり、もうカード開封できないってこと……? いやだ、いやだー、開封したい! 課金したい! うわあああああ!」


 部屋に響く阿鼻叫喚。

 さてぃふぉは《マジテマオンライン》に毒され、おかしくなってしまったようだ。

 そんな地獄絵図を一人正座で聞く俺。


 問。この状況で俺はどうすれば良い?


「よっし、次回はデッキを組んで、対戦まで行けたらなって感じで! それではさらば!」


 答えを見つけられないでいると、いつの間にかさてぃふぉの収録が終わっていた。


「お、お疲れ様。今日はいつも以上に凄かったね」


 とりあえず、人並みのねぎらいの言葉をかけておく。


「カード開封したいよ~、二宮君~!」

「うわっ!」


 一ノ瀬さんがいきなり俺に抱きついてきた。

 その影響で俺は後ろに倒れてしまう。

 一ノ瀬さんは時折、こうやって距離感がバグる時がある。ゲームのバグは詳しいのに、リアルのバグはからっきしのようだ。


 というか、女性同士ならまだしも、俺は男だからな。

 こんなことをされたら、男はおかしくなってしまうことを自覚してほしい。


 ましてや、一ノ瀬さんは俺の憧れの人なのだから……。


「開封したい~、課金したい~」


 驚いた。収録中の発言はすべて本心らしい。


 視聴者を楽しませるために、少しばかりオーバーなリアクションを取っていたとばかり思っていた。

 小手先の演技をせず、魂でぶつかっているからこそ、視聴者がついていくのだろうな。


「落ち着きなさい」

「すん」

「急に落ち着かないで!」


 こういうくだらないやり取り一つで、俺の幸福度は確実に上がっている気がする。


「じゃあ、裏方さん。あとは任せた。私は寝る」

「うん、任された」


 編集作業も今回で三回目。流石に慣れてきた。

 とはいえ、今日の編集作業は今までの比ではないと俺は踏んでいる。

 というのは、カット作業がいつもに比べて格段に多い。

 今回さてぃふぉは収録時間30分という大回しをした。

 が、いつものさてぃふぉちゃんねるの動画時間は10分前後。単純計算で約20のカットが必要だ。

 全体の3分の2の大規模カットを敢行しなければならないのは、骨が折れる。


「どうどう?」

「起きてたんかい」

「なんだか心配で」

「いつまで経っても独り立ちが出来ない……」

「頑張って。あっ、課金している時、個人情報映っちゃっているから絶対に消して!」


 途端に鋭く目を光らせる一ノ瀬さん。

 さすがは身バレ対策レベル100のさてぃふぉ。いつもハチャメチャだが、こういうところは徹底している。覆面動画配信者の鑑である。


「消したよ。これで大丈夫そ?」

「ふむ……おっけ!」

「良かった。さてぃふぉの厳正なチェック通った~」

「じゃあ、今度こそ寝るね。あとは、全任せ。頼んだ、裏方さん!」


 一ノ瀬さんはベッドに身体を寝かせる。

 よほど眠かったのか、ベッドから「すぅ」と可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 俺は編集作業に戻る。


「うーん、カットするのも難しいなあ。定石でいえば、実況者があんまり喋っていないところをカットするべきなんだけど……」


 困ったことに、さてぃふぉはいかなる時も喋り続けている。


 カードがダブったりする等で、退屈なタイミングになると、普通の実況者はついつい無音になるのだけど、さてぃふぉは違う。

 どんな時でも、トークをし続け視聴者を飽きさせない。これが登録者10万人を獲得した実況者の気づかいだ。

 

 ……だからこそ、こんなさてぃふぉの血と涙の結晶であるトークをバッサリカットするなんて、ファンの俺にはできない。

 昨日のように、ノーカットといきたいところだが、さすがに三十分は長すぎる。

 さてぃふぉちゃんねるの強みの一つである『手軽に見える』が無くなってしまう。


 苦渋の末、導き出された結論は……。


「出来たああああ!」

「おっ、出来たんだね! どれどれチェックしよう」


 作業が終わり、昼寝から目覚めた一ノ瀬さんが編集した動画のチェックをする。


「なるほど! 倍速! ナイスアイディアだ!」


 そう。

 俺が取った選択肢は倍速。

 これならば、さてぃふぉの声をカットすることなく、時間短縮することが出来る。

 我ながら、一挙両得の良采配である。


 一つ懸念点があるするならば、『さてぃふぉちゃんねるらしくない』ということである。

 バレてしまう危険性がある……のだが。

 俺がさてぃふぉちゃんねるの裏方を志願した理由。


 それは『さてぃふぉちゃんねるをより素晴らしいものにする』ためだ。


「一ノ瀬さん。さてぃふぉちゃんねるをもっとよくしよう!」

「そうだね!」

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