第2話 この声どこかで……?
「おっす、二宮。さてぃふぉの昨日の配信、見たか?」
毎度の如く、さてぃふぉの動画をループしてしまったせいで若干寝不足の俺が、目をこすりながら教室に入り席に座ると、一人の男が話しかけてくる。
坊主眼鏡のさえないこの男の名は七山。
こいつも俺と同じさてぃふぉのファンで、それ繋がりで仲良くなった。
「見た見た、相変わらず面白すぎたよ」
「なっ! 神回だったよな!」
さてぃふぉの影響で友達が出来るあたり、さてぃふぉの影響力凄いわ。
「でさぁ、さてぃふぉの正体って何だと思う?」
「まーた、その話かよ。七山は相変わらず、そういうの好きだな」
「いやだって、知りたいだろ! さてぃふぉの正体! 正体を暴くのは全視聴者の夢だから」
「前も言ったろ、二十代くらいの若いにーちゃんだろ。現実はそんなもんだって」
「はーあ、二宮は夢無いな~。俺は超絶清楚系生徒会長JK説を推す! 清楚な生徒会長が実は正体不明の人気配信者! どうだ⁉」
「どうだ! って言われても困るわ。なんだよそれ、ラノベのヒロインかよ」
「それかぁ! 本当はさてぃふぉなんて人物は存在せず、実は政府が秘密裏に開発した人工音声プログラムで、日本国民の情報を集めているとか!」
「陰謀論者乙w」
「なんだよ、二宮。腐しやがって。だからお前のチャンネルはいつまで経っても伸びないんだよ」
「おい! 今それ関係ないだろ!」
「さてぃふぉの動画パクって、しかも劣化って最悪だろ」
「違う! 俺が先だから! それを言うなら、パクったのは向こう!」
「ぷはっ! 天下のさてぃふぉ様がお前をパクったって……! 腹いてえ!」
「笑いすぎだろ。……まあ、当然正体は気になるよ。案外、この学校に居たりしてな」
「げほっごほっ!」
俺たちが話していると、隣の席から咳が聞こえてきた。
クリーム色のショートボブに、丸眼鏡をかけ、頭にヘッドフォンをつけたミステリアスな雰囲気を醸し出す女子生徒。
彼女の名前は一ノ瀬御世。俺の隣の席にいる女子である。
それだけ聞くと、ラブコメでも始まりそうな雰囲気だが、彼女とは一度も話したことがない。
というのも、彼女は常にヘッドフォンをつけて寝るかゲームをやっており、俺はおろか誰とも話したことを見たことがない。
まさに空気のような存在である。
などと考えていると、「キーンコーンカーンコーン」と予鈴が鳴った。
「んじゃ、二宮。また後でな。昼休み、さてぃふぉの動画一緒に見ようぜ」
「そうだな」
☆
昼休み。
机に朝買ってきた弁当を並べる。そして、なぜか心当たりのないもう一つの弁当も置かれている。
前の席には、いつの間にか七山が居座っており、俺の席で弁当を食べながらさてぃふぉの動画を見ている。俺の席、フリースペースじゃねえよ。
「あー、やっぱ昨日の動画おもれーわ。ゴール手前でこんなことになるか、普通?」
どうやら七山は、さてぃふぉがあげた昨日の動画を見ているらしい。
「好きだねえ、お前も。まあ、昨日の動画は凄かったよ」
「やっぱり、よっちゃんオレンジモードのさてぃふぉが最強だよな!」
「ただのオレンジジュースなんだけどな!」
「それな」
「おーい、七山。デュエルしよーぜ」
「おっけ! わりい、二宮。呼び出しかかったから行くわ。じゃーな」
「ういっす」
七山はカードゲームをやっている陰キャ集団に呼ばれて、颯爽と去っていった。
七山は陰キャながら明るく人当たりがいいので、陰キャグループからは人気がある。陰キャスクールカーストがあれば堂々一位である。
褒めているか貶しているか微妙なラインだが、まともに話せるのが七山しかいない俺にとっては、眩しい存在であるのは確かである。
ふと隣に目を向けると、一ノ瀬さんが居た。
相変わらず頭にヘッドフォンをつけて、ゲームに勤しんでいる。
昼休みであるにもかかわらず、弁当を食べている様子はない。
代わりに彼女の机には一本のペットボトルが置かれていて、飲み口から伸びるストローをちゅうちゅうと吸っている。
ゲーマー女子というのは何か惹かれるものがある。俺もゲームが好きだから、ゲームの話で仲良くなりたいのはやまやまなのだけれど、いかんせん人見知り陰キャなだけあって、話しかけるのは難儀である。
そんな中、俺は彼女が飲んでいる飲み物に注目する。
それは俺がよく知る飲み物で、今まさに七山との会話で話題が上がっていた飲み物……。
「よっちゃんオレンジ……」
その飲み物の名をつい呟くと、静止画のように固まっていた一ノ瀬さんの身体がビクンと跳ねた。
よっちゃんオレンジに対して過剰な反応。妙である。
しかし、一ノ瀬さんは何もなかったかのように、またゲームに没頭していた。
☆
何か頭にモヤモヤが残ったまま、午後の授業がスタートする。
授業も中盤に差し掛かった時、コロンと俺の机の横に何かが転がった。
シャーペンだ。どうやら隣の席に座る一ノ瀬さんが落としたらしい。
彼女は困った顔をこちらに向けている。
いつもゲームをやっている横顔しか見ていなかったから、しっかり顔を見たことなかったが、すっげえ美人だ。
肌がきめ細かくて真っ白に、丸眼鏡から覗くスッキリとした切れ長の瞳は、このクラスの中でもトップクラスの顔立ちだろう。
「これ、一ノ瀬さんのでしょ? はいっ」
「……ありがとう」
これが俺と一ノ瀬さんの初めての会話だ。
新学年になって一ヵ月弱、初めて隣の席にいる女の子の声を聴いた。
女性にしては低音のボイス。まるで最上級イヤホンから聞こえるような、耳心地の良いクリアな音だ。透明感があるが、その中に親しみがある声。
あれ、この声どこかで……?