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第19話 普通にゲームやるのってこんなに楽しいんだね

「悔しい、もう一回!」

「よしっ、受けて立つ!」


 俺は再戦を申し出た。

 悔しいのは本当だが、それよりも一ノ瀬さんと一緒にゲームをし続けたいという気持ちの方が大きい。


 こうして、二度、三度とボドゲを続ける。

 ゲームの途中、一ノ瀬さんはこんなことを言い始めた。


「あー、普通にゲームやるのってこんなに楽しいんだね」

「と言うと?」

「いやさ、基本的にゲーム実況楽しいよ。でも、たまに思うんだ。あっ、私、やらないといけないからゲームやってるって」

「それ、すげえ分かる!」


 これは俺も経験したことだ。


 好きなゲームを仕事にしたいからこそ始めたゲーム実況。

 だがいつしか仕事をするためにゲームをする、という逆転現象が発生。

 結果、ゲームをすることが仕事化してしまい純粋に楽しめなくなった。


 まあ、俺の場合は無収入なので仕事ではないのだが。

 さてぃふぉの場合は俺なんかの比じゃないくらい動画を投稿しているわけだから、その悩みが毎回のように襲ってくるのだろう。


「二宮君もその経験あるの?」

「もちろんあるさ」

「だよね。よく好きなことは職業にしてはいけないって言うじゃん」

「うん」

「だから将来を考えたらやめた方がいいのかなって」


 さてぃふぉが動画投稿をやめる?


 そんな未来、辛すぎて想像出来ない。


「それは出来ればやめてほしい。さてぃふぉは俺にとって生き甲斐だし、そういう人は多いと思う」

「だよね」

「もしキツくなったら、俺が裏方として精一杯サポートする! それじゃダメか?」

「ありがとう。私頑張る。これからもよろしくね、二宮君」


 一ノ瀬さんの目からほんのり涙が見え隠れする。


「ところで二宮君っていつから動画投稿始めたの?」

「中2の夏だね」

「…………そーなんだ。私は中2の冬だから、先輩なんだ!」

「ターボエンジン並に秒で追い抜かれましたけど……」

「やっぱり……二宮君は……」

「ん? なんか言ったか?」

「ううん。何でもないよ」


 何か言ったような気がするけど、気のせいか?


「そういえばさ、二宮君って彼女いるんだっけ?」


 突飛な質問に動揺した俺は、カチャン、とブロックを落としてしまう。


「い、居ないかな」

「ふーん。言われてみれば、私の家に毎日いる時点でいるわけないよね」

「そりゃあ、そうなるね」

「気になっている人とか居ないの?」

「え……。それは……」


 身体がフリーズしてしまう。


 俺は誰もが納得する典型的な陰キャ。

 女子との関わりなんてほとんどないわけで……。


 そんな俺の唯一の女子との関わりは……言わずもがな。


 そして、その人はと言うと、なんとびっくり俺が推している動画配信者という奇跡。

 もしそういう人がいるのならば必然的に……そういうことになるが。


 「気になる人はあなたです!」なんて口が裂けても言えるはずはない。


 とはいえ否定するのも、何だかな。


「……うーん、どうでしょう?」


 この答えが今の俺の精一杯。


「ふーん。なんか歯切れ悪いね」

「そういう一ノ瀬さんはどうなのさ?」


「私は居るよ。気になっている人」


「へ、へー」


 平静を保っているが、内心ドギマギである。


 一体、どこのどいつだよ! 一ノ瀬さんが気になっている野郎はよ!

 もしかして七山とか……?

 あいつ、確かにいい奴だもんな。


「まあ、でも実際のところよく分からないけどね」

「そうなんだ」

「二宮君……もうそこに置けないよ」

「あっ」


 いつの間にか、フツーに負けてしまった。

 とはいえ、すっかりゲームのことなんて頭から抜けてしまったのだが。


「あっ、もうこんな時間。料理作ってくるね」


 とてとてと階段を降りていく一ノ瀬さん。

 その愛くるしい姿を見て、俺の心臓はドキリと鳴る。


 ☆


 リビングに行くと、昨日と同様、一ノ瀬さんはエプロンをつけて何かを作り出している。

 手持ち無沙汰でいると、にゃーと、一ノ瀬さんの飼い猫・さてぃが近づいてくる。

 さてぃの毛皮をなでると、お気に召さなかったのか、愛想をつかされ飼い主のもとにすり寄っていった。

 うーん、動物に拒否されるの、地味にショックだ。


 そうこうしていると、デミグラスソースとひき肉の香ばしい匂いが、俺の鼻に届く。

 どうやら今日はハンバーグのようだ。


「お待たせ~」

 

 今日の献立はハンバーグとライス、更にレタスとトマト、エビがトッピングされたサラダ。

 昨日と打って変わってレストランのセットに出されてもおかしくはない洋風のメニュー。これならばコップになみなみと注がれているよっちゃんオレンジも違和感がない。


「やばい。美味そうすぎる」

「ほんと? 嬉しい、ありがとう。ささっ、食べてみて」

「うん。いただきまーす」


 早速、ハンバーグを一口。

 想像以上に肉が柔らかく、噛んだ瞬間、肉汁がジュワッと広がる。

 すると、すぐにデミグラスソースの甘みととろみが口に満足感を与える。

 そして、本能のままにライスをかきこむ。

 ハンバーグとライスのコラボレーション。おそらく全人類が好きな奇跡の融合が口の中で起こっている。

 口内のボルテージが上がりきったところに、サラダでクールダウン。

 レタスのシャキシャキに、シーザードレッシングが絡む絡む。

 そしてとどめによっちゃんオレンジ。昨日はアンマッチだったが、今日は完璧なマッチングである。

 胃袋を掴む、とは、こういうことを言うのだろうか。


 一ノ瀬さんはさてぃを膝に置きながら、俺が手料理を一心不乱に食べる様を優しい目で見ている。

 その瞳に吸い込まれそうになるが、意識していることをバレないように、またハンバーグをパクり。


「二宮君の食べっぷり結構ツボかも。練習終わりに、親御さんにファミレスに連れていかれてめちゃくちゃ食べる少年野球している子みたいな」

「随分具体的な例えだな」


 楽しい楽しい夕食はいつまでも続いていく。

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