第12話 二宮君のお手並み拝見だね
「さて、では裏方さん。早速、編集作業お願いします」
「う、うむ……」
正直、プレッシャー半端ない。
だって、十万人超の監視があるようなものでしょ?
登録者一桁の底辺動画配信者にとっては荷が重すぎる。
逆に言えば、このプレッシャーに耐えぬきながら、週5回の投稿を続けているさてぃふぉが超人なだけかもしれない。
幸いにも、さてぃふぉの編集は非常にシンプルなもので、素人に産毛が生えた程度の俺でも一応できる……はずである。
「それでは二宮君のお手並み拝見だね」
「これ以上、余計なプレッシャーを与えないでくれ」
俺は今、座面に丸クッションが置かれたゲーミングチェアに腰を掛けている。
それは勿論、一ノ瀬さんがいつも座っているゲーミングチェアである。
先ほどまで座っていたせいで、彼女の温もりが残っている。それを意識すると、心に落ち着きが無くなってくる。
なんだかフワフワしていると、パソコンの起動音が流れ始める。
デカいディスプレイには、多くのアイコンが乱立しており、背景にはゲームキャラの壁紙が貼られている。
「それで、動画編集ソフトはどれかな?」
「あー、それはね」
一ノ瀬さんは身を乗り出して、マウスを動かしてカーソルをアイコンに合わせる。その影響で、一ノ瀬さんの身体が俺に密着する形となる。
一ノ瀬さんの柔らかい至る部分が、じかに当たる、当たる。
ドキドキしっぱなしの俺に対して、一ノ瀬さんは素知らぬ顔で淡々とPCを操作している。
……なんだか俺だけ意識しちゃっているのがバカみたいじゃないか。
「この動画編集ソフトかな」
「えっ、それ俺と同じやつなんだけど」
まさかの事実発覚。
大人気配信者と底辺配信者の動画編集ソフトが同じ……だと……⁉
推しの配信者と編集ソフトが被って喜ばしいのか、同じ編集ソフトを使ってこれだけ登録者の差があるという事実が嘆かわしいのか……微妙に後者の気持ちが強い。
「奇遇だね」
「天下のさてぃふぉ様が、まさか俺が使っているような一般向けの編集ソフト使っているなんて意外すぎる。てっきり、もっとプロ仕様のやつ使っているかと思った」
「色々使ったけど、私あんまり編集にこだわりないから、結局使いやすいやつ使っている感じかな」
「確かにさてぃふぉちゃんねるはシンプルな編集だもんね」
「何? チクチク言葉?」
「いや、褒めているのよ。シンプルイズベストってよく言うじゃん」
「なんか、言いくるめられた感じがする。私だって編集上手くなりたいんだよ~」
ぷくー、と顔を膨らませる一ノ瀬さん。
普段の学校では決して見られないチャーミングな顔に、またしても心臓がドキリと鳴ってしまう。今日、心臓の稼働率多いな。
「き、期待に添えられるように、が、頑張るよ」
まあ、勝手がわかる編集ソフトを使えるのは大きなアドバンテージだ。
大抵の編集ソフトは操作が似たり寄ったりと聞くが、それでも普段使っているものを使う方がいいだろう。
編集ソフトを開くと、お馴染みの画面が表示されている。
「さてぃふぉちゃんねるの編集ってどんな感じだっけ?」
「前の動画見てみる」
一ノ瀬さんの提案で、最新動画を編集に注目しながらチェック。
といっても、さてぃふぉちゃんねるは良くも悪くもシンプルである。
「あんまりテロップとかもつけない感じだよね?」
「うん。素材を生かしているから、うちは」
「そんな農家みたいなこと言わないでよ」
「声とBGMのバランス、どれくらい?」
「だいたい声7、BGM3かな。七三分け編集で!」
「なんかダサいネーミング。りょーかい」
「カット編集は?」
「おまかせで」
「カットおまかせは困るって。床屋じゃないんだから」
「だって、いつもあんまり考えていないもーん」
小気味良いトークをしながら推しとの共同作業。
控えめに言って最高である。
というか、普通に一ノ瀬さんも手伝っているじゃん。これじゃあ、俺のいる意味なくない?
チャットINS(一ノ瀬)を使いながら、何とか編集済みの動画を納品。
あとは、動画サイト内にアップロードするだけだ。
「19時で良いんだよね?」
「分かってるじゃーん。流石、さてぃふぉファン」
かちかち、とパソコンと格闘すること1時間半。
すっかり空は暗くなっていた。
アップロード時刻を19時に設定して、アップロードボタンをクリック。
現時刻は18時30分。30分前のギリギリ納品だ。
「ふー、やっと終わったー。あとは動画のアップを待つだけか」
「お疲れ様~。初裏方の仕事の感想は?」
「意外に楽勝?」
「おっと、言ったな。とりあえずかんぱいしよう」
テーブルにはまたよっちゃんオレンジの1.5リットルペットがずらりと並んでいる。
あんまりないのよ。一日二回もよっちゃんオレンジで乾杯すること。




