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第10話 そういえば、今日はよっちゃんオレンジ飲まなかったの?

 こんな豪華な家を使い放題で、しかも飯付き? 

 そんな破格の条件で推しの裏方出来るのなら、生涯契約をお願いしたいわ。


「どう? やるの? どちらにしても、やるのは決定だけど」

「まさかの拒否権無し⁉ まあ、その条件だったら絶対やるけど」

「とりあえず、来て」


 一ノ瀬さんが強引に手を引っ張ると、蹴り上げ部分が空洞になっているスチールの階段を駆け上っていく。

 高級感を演出するダークブラウンの引き戸を開けると、そこにはエデンが広がっていた。


 モノトーンで統一された部屋には、ゲームキャラクターのタペストリーやフィギュアが壁や棚にずらり。

 そして全ゲーム実況者が憧れる厳ついゲーミングチェアとゲーミングデスク。

 目がちかちかするような虹色に輝くゲーミングキーボード。

 まるで指令室のような三画面のマルチモニター付きのPC。

 デスクの上には、ネット通販でよく見る目の玉が飛び出るかのような値段がする最高級のヘッドセットとマイク。

 そしてその横で燦然と輝く登録者10万人達成の証である銀の盾が、スタンドに飾られている。

 これが、推しの部屋……! 

 まさに全ゲーム実況者の理想を体現した部屋に、感動を禁じ得ない。


 と、同時に……。

 部屋全体に広がるフレグランスの香りに、可愛らしい水玉模様の布団が敷かれたベッド、肌触りが気持ちよすぎるジャギーラグ。


 そう、ここは女子の部屋でもある。しかも同じクラスの隣の席にいる女子の……。

意識した瞬間、胸の高鳴りが別の意味に変わる。


 一ノ瀬さんは、慣れた様子でゲーミングチェアに座ると、ヘッドセットをつけて、PCの電源をつける。


「とりあえず、今日のところは企画考える暇ないから、適当に動画撮るよ」

「お、おう」

「終わったら編集よろしく」


 一ノ瀬さんはキーボードとマウスを動かし、PCを操作する。


 え……もしかして、これから推しの動画配信者の収録風景見られるの?

 これ、貸し切りで無料の公開収録じゃん。


 こんなこと毎日体験出来て、家、料理付きって、最高すぎるのでは?

 幸せにあふれていると、一ノ瀬さんはいつの間にかさてぃふぉに変わっていた。


「皆、元気かー。ちっす、おっす、よーっす、さてぃふぉだよー。今日も動画配信やっていくよー。今日は《スターカート》やっていくよー」


 今日は毎度おなじみ、《スターカート》の収録のようだ。


 さてぃふぉの生声を聞き、感動のあまり身体が震えてしまう。推し声なんて聞いたら妊娠しちゃいそうだ。


「3、2、1、スタート! さぁ、まずはアイテム。天使の羽、来たよ! もしかして今日運気良い? 今日おみくじ引いてこよっかな! わあ! 何かにぶつかった! なになに⁉」


 いつも俺たちのもとにお届けされている、あの感じを編集無しの一発どりでやっていることを間近で見て鳥肌が止まらない。

 俺はというと、まるで教祖様の話を傾聴する信者のように、ジャギーラグで正座してその様子を見守っている。


「ヤバいよ~、このままじゃ負けちゃう! 一発逆転のアイテム来い! ……プルルルルル、デン! きた、クリだ! おっしゃあああああ! 相手にぶつけまくって、どんどん順位が上がっていく~! エッグいよ! エッグタルト大盛りだ! いけいけ! 1位見えた! 追いつけ追いつけ、ぎゃふん! 最後の最後で爆弾投げられたんだけど~!

 ここまで見てくれてありがとね。チャンネル登録高評価ボタン押してくれたら、嬉しいな。ではさらば」


 こうして、ファンである俺の目の前で、怒涛のような収録が行われた。


 さてぃふぉらしい見せ場たっぷりの収録だ。

 一発どりで取れ高をいとも簡単に作っていく。

 これがチャンネル登録者数10万人以上の人気配信者の圧倒的な実力か……。


「……お、お疲れ様」

「はーあ、疲れたー」


 ハイテンションで行った収録の反動か、さてぃふぉ状態から一ノ瀬さん状態に戻ったようで、ゲッソリとした表情をしている。


「生でさてぃふぉ見られて、めちゃくちゃ感動したよ」

「別にフツーだけど」

「フツーじゃないよ! これがどれだけ凄いか! 同業者の俺が一番分かっているから」

「そう? ありがとう」


 一ノ瀬さんは照れているのか、顔を横に背け綺麗なクリーム色の髪をかき上げた。その横顔は妙に色っぽかった。


「そういえば、今日はよっちゃんオレンジ飲まなかったの?」

「あ……忘れてた……」


 一ノ瀬さんは『orz』の態勢を取り、分かりやすく落胆している。

 こうしてみると、素の一ノ瀬さんは感情豊かで面白くて可愛いな。

 さてぃふぉの中の人であることも、なんとなく納得する。


「じゃあ、これから飲もう!」


 一ノ瀬さんは四つん這いのまま、部屋の奥まで移動すると、端に設置してあるサイコロみたいな立方体の冷蔵庫を開けた。


 寝室用の冷蔵庫とかホテルかよ……と心の中でツッコんでいると、冷蔵庫の中は驚くべき光景が広がっていた。

 1.5リットル入りのよっちゃんオレンジが小さな冷蔵庫にぎちぎちに詰まっていた。

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