第1話 もうそろそろ潮時か
新連載です。
よろしくお願いいたします。
「これまでご視聴いただきありがとうございました。チャンネル登録と高評価お願いします」
言い飽きた定型文を声に出し、録画ボタンを切る。
俺の名前は二宮吾郎。高校二年生、職業『動画配信者』。
と言っても、登録者数一桁、平均視聴回数二桁前半のクソ雑魚底辺配信者なんですが。
ここ数年、動画配信者というのは随分身近な存在になった。
子供の将来の夢で動画配信者が一位になって話題になったっけか。まあ、好きなことやってお金を稼げれば、それに越したことないもんな。
かく言う俺もその一人でして……。
昔からゲーム配信を見るのが好きで、俺もゲームが好きだから、「好きなゲームでお金貰っているなんて羨ましい。俺もやってみたい」なんて甘い考えで初めた中二の夏……。
誕プレにヘッドセットや、編集ソフト等の配信に必要な機材を買ってもらった。うちの家庭は母親が家を出てしまった関係で、決して裕福ではない中、無理やり買わせてしまい、今では申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「はぁ……、もうそろそろ潮時か」
二宮吾郎、人生十六年目。初めての挫折である。
…………ぶっちゃけ、モチベーション無くなった!
もうしんどいよ! アップロードしても視聴回数はほぼゼロに近く、反応も無い。もう何のためにやっているか分からないよ!
「気分転換に、『さてぃふぉちゃんねる』でも見るかー」
『さてぃふぉちゃんねる』。
登録者十万人を超える人気配信者で、主にゲーム実況をしている。
その特徴として、顔出しは一切しておらず、CGアバターも使っていない。声出しのみストロングスタイル。
また、身バレ対策を徹底しており、生声以外はパーソナルな情報を一切開示しないことも特徴で、素性も一切分からない。男とも女ともとれる中世的な声のせいで性別すらも不明である。
ヴァーチャル全盛のこの時代に時代錯誤甚だしいスタイルが、なぜこれほどまで人気を博しているのか。
ゲームが格段に上手いかと言われれば、そうでもなく、では編集技術が抜群に優れているかと言われれば、やはりそうでもない。
その答えは、見ているこっちが楽しくなるハイテンションと、絶妙なトーク力である、と最初期から『さてぃふぉ』のファンである古参の俺は分析している。特に独特なワードセンスは秀逸で、ファンの間からは『さてぃふぉ語録』と呼ばれている。
同時期に配信活動を始め、同じようなスタイルで片や登録者数一桁、片や登録者数十万人。
あーあ、才能って残酷だね。特に数字がはっきり開示される動画配信の世界において、その残酷さが如実に実感するところ。
最初は過剰なライバル視をしていて、嫉妬の一つや二つしたが、ここまで来るとあまりにも住む世界が違いすぎて、今は逆にファンである。
どうせ俺のことなんて認知していないわけだし、ライバル視なんて意味無いしね。
「皆、元気かー。ちっす、おっす、よーっす、さてぃふぉだよー。今日も動画配信やっていくぞー」
『さてぃふぉちゃんねる』の最新動画を開くと、スマホのスピーカーから元気な声が届く。
これはさてぃふぉが、動画冒頭で毎回行う挨拶だ。
こういうオリジナルのワードがさてぃふぉ語録というわけだ。
「今日はみんな大好き《スターカート》やっていくよー。あっ、もうすぐで私のレート一万いくじゃん! よーし、今日はみんなにレート一万の世界を見せちゃうよ~。
おっと、その前に『よっちゃんオレンジ』いただくよ。ごくっごくっ、あー、美味しいっ! よちゃ神様ぁ~!」
動画開始早々、ぐびっぐびっ、と何かを飲む音が聞こえてくる。
さてぃふぉちゃんねるの代名詞といって差し支えないアイテム『よっちゃんオレンジ』である。
その正体はただのオレンジジュース。が、さてぃふぉがひとたびそれを口にすると、面白さとテンションが二倍増しになる。ファンの間では、『よっちゃんオレンジ』にはヤバい成分が入っているのではないかとネタにされている。
本日の動画は『さてぃふぉちゃんねる』の人気コンテンツの一つである、《クリオカート》。
個性的なステージと逆転要素が高いアイテムがあるのが特徴で、子供を中心に大人気のゲームソフトだ。
「ほっ、はっ! ねえ、みんな見て見て、私上手くなってない⁉ 神じゃんもう! 神通り越して神社じゃん! ねえ、来た来た来た! 一位だよ、みんな! すごっ、天才じゃん私? もう天才すぎて、あれじゃん! ハンバーグ大学に合格できそうじゃん! もうすぐでゴールだよ! アッツ、アッツ! 気分は真夏の太陽!」
いつもと変わらない超ハイテンション+マシンガントークで動画を盛り上げるさちふぉ。
ゴールが見え、さてぃふぉの一位が決まったと思った、次の瞬間。
……予想だにしていないことが起こる。
ゴール直前で、さちふぉが操作するカートが大爆発したのだ。
『一位ボム』といって、一位を必ず爆破させる曲者の爆弾アイテムだ。逆転劇が多い《スターカート》の代表的なアイテムだ。
それを皮切りに、全身が栗になったカートにぶつけられ、ボールにぶつかり、たらいが落とされ……。
ゴール直前まで一位だったのに、なんと最下位付近まで叩き落されてしまったのだ。
「えー⁉ 何起こったの、今! 全然気づかなかったんだけど。終わったじゃん。おわこんどるぱさーじゃん。……ここまで見てくれてありがとね……チャンネル登録高評価ボタン押してくれたら、嬉しいな。ではさらば」
衝撃な展開で動画が終わった。
さちふぉの人気の要因の一つに、ハプニングがある。動画内で頻発する、まるで台本があるのかと疑いたくなるようなトラブルの連続は、視聴者の心を離さない。
《最後、ヤバすぎだろww》
《さてぃふぉは神に愛されている》
《さてぃふぉのクリオカート好き》
《ハンバーグ大学、美味しそう》
《生き甲斐》
《よっちゃんオレンジとかいう劇薬》
《毎回奇跡を起こす男》
↑《女の子なんだよなあ》
《最後の挨拶、ちょっとテンション低くて草》
コメント欄を覗くと、案の定大盛り上がり。
コメント数は百を超えており、コメント欄が一つもない俺とは雲泥の差である。
……しかし、さてぃふぉってどんな感じの人なんだろうな。
男なのだろうか女なのだろうか。同世代くらいなのだろうか。一度でいいから、そのご尊顔を拝んでみたい。これはさてぃふぉファン全員の夢である。
「まっ、といっても実は普通の人でしたってオチだろうな」
そんな夢のないことを言って、寝床についた。
――まさか、そんなさてぃふぉの正体が後に判明するなんて、この時は思いもよらなかったけれど。