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08話 御尊体

 公安内部資料より引用。


「教団パンフレットによると、当該施設は長期間にわたる修行の場として利用されている。監視調査により、詳細不明の器具を搬入する様子や、窓から白い光が不定期に漏れる場面を確認済み。実際に宗教的な修行が行なわれているのか、行なわれているとしたら具体的にどのような修行内容であるか、依然として不明」


     *     *


「神吹(みょう)、修行に参りました!」


 郊外の目立たない場所に、愛四輝会議の修行施設があった。

 唱の母親が大きな声で挨拶すると、これまた大きな声で彼女を出迎える声が響いた。

 ここには数名の信者がいる。

 その誰もが有名大学を卒業した秀才だった。


「あなたがここに来るのは初めてでしたね。私が案内しましょう」

「ありがとうございます」


 他人行儀な会話をしているが、この二人、夫婦である。

 神吹仁詩夫(にしお)

 唱の父親であり、神奈川県横浜市支部長を務めるこの男は、ある重大な任務を与えられていた。

 妻に施設の地上階を簡単に紹介して、


「ご存じの通り、こうした場所は外部の方々にお見せするために用意されました。肝心なのは地下です」


 畳をめくると、床に扉。

 梯子を伝って下りた先には、


「素晴らしい」


 と妙が感心するほどの研究所があった。

 彼女もまた夫と同じく最高学府で自然科学を修めた学究者だったため、そこにある機器の重要性が一目で理解できた。

 この薄暗い部屋には直接照明が灯されていないが、それにもかかわらず視界が不良でないのは、筐体の内部から白い光が漏れ出ているから。

 神吹夫妻が近づくと同時に、中に閉じ込められた人が、狂ったようにガラスを叩き始める。


「強化ガラスです」

「安心ですね」


 筐体はひとつではない。

 十を超える数があり、それぞれに発光する人間が入っている。


「こちらが前松山支部長、こちらが前新宿支部長、元京都支部長、元吉田郡支部長……」


 どれも〝尊い方々〟だった。


「この方は残念でしたね。故意でないとは言え、筐体から御尊体を出してしまうとは。日頃の行ないに問題があったようです」

「前横浜支部長の殿彦蔵様ですね。聖者として認めるかには異論もあるでしょうが、成ってしまったものは仕方ありません。我々信者としては、ただひたすらに愛を実践するのみです」

「近い将来、この国が……いえ、世界中が愛で満ちるまで」


 多幸感に包まれて、妙の目に涙が溢れた。


「神様に祈りましょう」


     *     *


 春の暖かな日差しが、新婚夫婦の住まう一軒家を照らす。

 綺麗に掃除された屋内に、包丁の音が響く。


「朝は味噌汁がいいです」


 夫の要望に応え、ここ最近、朝は和食が続いている。

 朝食を作るのと同時に二人分の弁当を拵えなければならないし、食後には洗い物、放課後には買い物や洗濯など家事が盛り沢山で、休む暇がない。

 だが新妻の顔には笑みが浮かんでいる。


 ――これが夫婦の愛なのですね。


 未成年なので法律上の婚姻関係を結んではいないが、それでも人生に潤いが感じられるのだった。


「おはようございます」

「あ、おはようございます……辰蔵さん」


 殿は毎朝6時に居間に現れる。

 既に寝巻きからスーツに着替えている。

 妻の前でも決して隙を見せない男だった。

 食事がテーブルに並べられる。

 会話はない。

 黙々と、味と幸福を噛み締める。


「♪」


 いつも静かな唱だが、この日はつい浮かれてしまい、洗い物をしながら鼻唄を歌ってしまった。

 すると、何が気に障ったのか、一服中の殿が、


「いけません!」

「すみません!」


 よくわからないが唱は謝った。


「あ、いや、急に大声を出して申し訳ありません」

「うるさかったでしょうか」

「とんでもない。自分は唱さんの歌声が好きです」

「まあ」

「ですが、窓が開いてます。ご近所さんに聞こえてしまうかもしれませんもので」

「迷惑ですからね」

「いえ、自分のわがままです。唱さんの綺麗な歌声を独占したくなって」


 唱は顔を赤らめた。

 今後はなるべく人前で歌うのは控えようと考えた。


 夫婦は別々に家を出る。

 登校中、唱は天沢を見かけて、声をかけた。


「ああ……神吹さんか……おはよう……」


 なぜかここ最近の天沢は元気がない。

 部活中、ミスを頻発するようになった。

 鯵紋寺から、


「悩みごとあるんなら相談しなよ」


 と言われても、へらへら笑うだけ。

 見かねたのか、草ヶ部が天沢を家まで送っているらしい。

 ある時、鯵紋寺は唱にこっそり、


「あの二人、もしかしたらできてんのかもな」

「言われてみれば、そうかもしれませんね」


 さて、唱に挨拶された天沢は、何と言うことのない会話をしているうち、ふと気づいた。


 ――タバコ? 優等生の神吹さんが? まさか……。


 しかし、彼女の髪や服からタバコの臭いが漂っているのは間違いなかった。


 放課後、唱は部活を休んだ。

 中間テストの結果が出たので、数日に分けて担任教師と生徒の個別面談が行なわれるのだが、この日は唱の番だった。

 面談室で、教師は厳しい言葉を投げ掛ける。

 近頃たるんでいるぞ、本当はできる子のはずなのに、授業中も眠そうだがちゃんと寝れているのか……など、ありふれた説教だったが、


「こんなんじゃ、親御さんも心配するんじゃ――」


 と言いかけたところで、教師ははっとした。


「あ、そっか、神吹ん家はあれか……」


 ばつが悪そうな顔をして、そこからは優しい言葉遣いで唱を労った。


     *     *


「はぁ……」


 枕に顔を突っ伏せる草ヶ部。

 あの夜、片想いが砕け散った天沢に、思いきって草ヶ部は告白した。


「天沢のことが好き」

「ありがとな」


 OKという意味ではなかった。

 来る日も来る日も考えを巡らせた。

 どうするのが正解だったのか。

 元気をなくした天沢を放っておけなくて、支えてはいるが、近くにいるだけで苦しくなる。


「!」


 スマホが鳴る。

 天沢からだ。


「よぉ、俺だけど。あの男のことなんだけどさ」

「え? ……ああ。どうかした?」

「あいつ、やっぱ怪しいわ。今から探りに行くけど、このこと鯵紋寺には言うなよ」

「わざわざ私に伝えなければいいのでは?」

「だって、お前さ、急に俺の後ろから現れたりすんじゃん」

「もうしない……してあげないから」

「じゃあ、そういうことなんで!」


 通話が切れた。

 高鳴った胸が沈んでいく。

 結局、天沢はまったく諦めてはいなかったのだ。


「……私と同じだ」


     *     *


 草ヶ部へのメッセージは天沢の遺言となった。

 殿を尾行していたところを確保され、人気のない場所に連れていかれた後、殺害された。

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