07話 尾行
有葉新聞より引用。
「全国各地で、遺体が消失する事件が発生している。被害にあった方々に共通点はなく、防犯カメラに盗難の現場が映った事例もないことから、捜査は難航している」
* *
有葉高校の桜は散った。
もう1年生にも新入生気分はない。
ありふれた日常を過ごしていた。
「おはようございます」
その中で、唱の笑顔だけは変わらず爽やかだった。
彼女自身は分け隔てなく接しているが、周囲はなんとなく違和感を覚えるらしく、わざわざ接近する者はいない。
よって、話し相手にできるのは幼馴染みである花野しかいない。
結婚の話が出てから数日。
いつから同棲が始まるか、どこで暮らすかなど、具体的に話が進んでいた。
断るつもりこそないが、
――男の人と会話したことはあまりないので、ぴんと来ないですね。
不安を打ち明けたい気持ちに駆られていた。
「ねえ、花野さん」
「え? あ、ごめん。ちょっと、あっちで呼ばれるからさ」
花野とて友達は少ない方だった。
唱にとっては、いつでも気軽に話しかけられる存在。
しかし、花野は美術部を通じて交友を広げつつあり、クラスにも親しい人が少なからずできた。
あまり唱とは話さなくなった。
――別のお友だちができたみたいですね……。
寂しくはあるが、唱は友人への愛を忘れない。
彼女が楽しい高校生活を送れるようにと祈った。
* *
「鯵紋寺先輩は男の人ともよく話してますよね」
部活中、ふいに後輩から尋ねられて、苦笑する。
「あたしの周りは女の子だらけだよ」
「さっすが王子様じゃん」
天沢がちゃかす。
鯵紋寺はそれに構わず、
「どうした? 彼氏でもほしくなった?」
「いえ、結婚について知りたいんです。先輩は結婚願望はありますか。もしあるとしたら、どういう結婚生活をお望みでしょう」
「高校生に聞くことか?」
天沢はギターで悲しげな音色を奏でながら、
「そもそも相手がいない~♪」
「モテない男の僻みやめろ。あたしは選ぶ側だから。あんたと違って」
わざとらしく悔しがる天沢だが、そこは長年の付き合い。
普段との鯵紋寺の違いを見逃さない。
――ぎこちなかったな……?
話を広げたい唱だったが、草ヶ部が帰ると言い出したので、部活は終了。
結局、誰にも悩みを共有できなかった。
別れ際、気をつけて帰宅するよう言ったついでに、鯵紋寺は唱にアドバイスした。
「しょーちゃんにも、そのうちいい男が現れるよ」
* *
鯵紋寺にも、お見合いの話はこれまでに幾度かあった。
「悪くない話だと思うよ」
縁談を持ちかける父はそう言うが、相手の男の顔を見ても、鯵紋寺はなんらときめかない。
経歴だけは悪くない、政官財の男たち。
しかしいい年をして独身、それも今時お見合いに頼るような連中に、
「いい男なんていない」
のが実際のところであった。
――その点、あの人は違う。
鯵紋寺はそわそわしながら着替える。
今日は珍しく早い時間に帰宅し、家の人達を驚かせた。
夕食を軽く済ませ、風呂に入り、一番大人っぽい服を着ると、お手伝いさんの助力を得て、夜遅くにこっそり家を出た。
繁華街で待つこと、およそ十分。
「お待たせしました」
「いや、さっき来たばっかりです」
待ち合わせの相手は、先日、Barジャンジュンジョンで言葉を交わした男だ。
名刺に書かれていた名前は、殿辰蔵。
連絡を取り合って、落ち合う日時を決めた。
勿論、会う動機は白い発光人間に関する聞き取りを行なうためだが、本音では、
――また会えて嬉しい。
いい会社に勤めているらしいし、若くて顔がいい。
「早速ですけど、光る人について――」
「どこかに入りましょう」
「あ、はい」
渋い声を聞くたび、脳が痺れるようだった。
* *
鯵紋寺は殿と会うことを誰にも言っていない。
ところが、ここに二人の様子を遠くから監視する男がいる。
「誰なんだよ、あの怪しい男は~」
天沢だ。
鯵紋寺を心配して後を尾けてきたのだった。
双眼鏡を覗きこむことに夢中になっている天沢は、背後に忍び寄る影に気づかない。
「あなたも大概怪しいけど」
「ふわお!」
びっくりして振り返ると、
「なんだ、草ヶ部か……」
鯵紋寺を尾行する天沢を草ヶ部が尾行していた。
* *
場末のBarジャンジュンジョンと違い、ここが高級なバーであることは小娘にもわかる。
「お高いんですよね……?」
「気にしないでください。ここなら、ゆっくりお話しできますから」
「確かに、うるさいやつに邪魔されずに済みそう」
冗談はさておき、
「光る男をどこで見たんですか?」
「その前に、確認させてください。どうして、そんなに知りたがるんです? 高校生が夜歩きまでして」
殿の言うことも尤もだった。
鯵紋寺はかいつまんで説明した。
話を聞き終え、殿は考え込む。
その姿を見つめながら、鯵紋寺はマティーニを飲み干す。
「お嬢さん、それは誰かに相談なさいましたか」
「いや、してない……って言うか、できないですよ。どうせ誰も信じちゃくれないでしょ」
「わかりました。それじゃ、今度は自分が見たことをお聞かせしましょう。と言っても、ほとんど説明する必要はないんじゃないですかね。自分も同じ日に見たんですから」
「どこで?!」
「高台です」
その日、殿はドライブしていた。
夜になって、トイレに行くため車を停めたところ、それは現れたのだと言う。
「とにかく必死で逃げました。車を降りていたので、走ったんです。無我夢中で走って、気がついたら、もう追われていなかったんで、自分はてっきり夢でも見ていたのかと思いました。それで車のあるところまで恐る恐る戻りましたら、転がってるんですよ、そいつ」
この時、既に鯵紋寺たちは逃げてしまって、その場にいない。
「木の陰に隠れて呆然と見てましたら、黒ずくめの男達が現れまして、光る人を運んで行きました」
「誰なんですか、そいつら!?」
「さぁ……。暗くてよく見えなかったし、自分はその後、家に帰りましたから」
残念がる鯵紋寺。
その様子を見て、殿は諭すように、
「もう深入りしなさんな。お嬢さんが言うようなことがあったんだとしたら、それが報じられてもいない理由はひとつしかないでしょう。これは国家ぐるみの何かです。これ以上はやめなさい」
鯵紋寺は青ざめた。
なんとなく予想はしていたことだが、改めて突きつけられると、とても気が重たくなる。
二人はバーを出る。
鯵紋寺の肩が震えるのは、夜の寒さのせいか、恐怖のせいか。
「大丈夫です」
殿は渋い声で言う。
「少なくとも、自分はお嬢さんの味方です」
鯵紋寺は殿を見つめる。
何かを告げたくて告げられないもどかしい唇を近づけると、殿は受け入れてくれた。
「終わった……」
天沢が涙を流しているのも知らず。
* *
「私は今日、発ちます」
ある日、母親が唱に告げた。
それは同時にもうひとつのことを意味している。
チャイムが鳴る。
「いらっしゃったようです。さあ、お出迎えに参りましょう」
「はい、お母様」
玄関の扉を開けると、一人の男が。
「こんにちは、神吹さん。お嬢さんは、初めまして。今日からお嬢さんの夫にならせてもらいます」
渋い声で挨拶する男の名は、
「殿辰蔵と申します」