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06話 Barジャンジュンジョン

 カルト宗教による被害者救済に尽力する弁護士の談。


「愛四輝会議は健全な宗教団体を装っていますが、実態はまるで違います。高額のお布施を信者に要求したり、信者を非信者の家族と引き離したりしている他、結婚の強制まで行なっています。中には未成年のうちに結婚相手を決められ、同棲をするというケースもあり、これが人権侵害であることは明白です」


     *     *


「で、どうよ」


 放課後の軽音楽部室に、3年生部員三人の姿がある。


「どうもこうも、ニュースにもなってない」


 鯵紋寺は眉間にしわを寄せる。

 土曜日、鯵紋寺は帰宅するなり、父母に二度目の襲撃を話した。

 母は怯えていたが何も言わず、父に至っては愛四輝会議に連絡をした上で、


「不二子ちゃんの見間違いだよ」

「そんなわけない! あたしは確かに――」

「集会であったことも事故として処理されたらしい」

「は? 事件だろ、どう見ても!」

「事故なんだよ。そういうことになったんだ。いいね」


 つまり、教団も政治家も、国の安全よりスキャンダル回避を選んだということだろう。

 それにしても、と草ヶ部が、


「あの子の歌で化け物を退治できたように見えたんだけど、あれはどういう現象?」

「それはさっぱり……」


 そこへ本人が入室して、


「遅くなりました」


 いつも通りの様子だった。

 天沢が近づいて、


「神吹さん、家の人から何か言われた?」

「あはは。帰りが遅いって怒られちゃいました」

「いや、そうじゃなくて、土曜のこと。あれって一体何だったのかとか、今後どうするのかとか……」

「いえ? 特には」

「高台であったことも話した?」

「もちろんです」

「それで何も言われなかった?」

「照れ臭いですけど、私の行ないがよいのだろうと褒められました」


 要するに、唱の心に動揺はなかった。


「だって、皆さんも神様の愛を感じられたでしょう? 日頃の行ないがよければ、私達は報われます。もし不安なのでしたら、祈りましょう。私もそうしていますから」


 部室はしんと静まりかえった。


     *     *


 ――今日もたくさん歌えてよかったです。


 軽音楽部での活動に満足しながら、唱は帰路についた。

 家に入ると、まずは、


「神吹唱、ただいま無事に帰宅しました!」


 と大きな声で挨拶した。

 すぐに母親が現れて、これもまた大きな声で挨拶を返す。

 唱は手を洗い、うがいをしてから、居間に向かう。


「今日の愛の実践を報告します」


 それが終わると、今度は母親から質問が飛ぶ。


「土曜日の件は漏らしていませんか?」

「はい、お母様」

「鯵紋寺さん達の様子はどうでしたか?」

「少し怯えているようですけど、言いふらしているようでもありませんでした。お祈りをすると安心できることは伝えておきました。今後も注視します」

「続いて伝達事項です。私はそのうち長い修行にでるかもしれません。お父様はお忙しいので、ずっと家にいることはできません。あなたも年頃です。結婚しなさい」


 さすがにちょっと驚く唱。

 一呼吸を置いて、


「はい、お母様」


 声が震えた。


「お相手は前支部長の息子さんです。あなたも知っているでしょう」


 知っているも何も、教団内部で知らない人はいないほどの有名人だ。

 教団が関係する〝いい会社〟に勤める若きエリートでもあり、ギャンブルはやらず、酒に呑まれることなく、信仰には熱心で、ついでに前支部長の息子という立場があり、おまけに顔がいい。


「既に話はつけてあります。あとは式を挙げて、共に暮らすだけです。結婚すれば、親子の愛、社会の愛、神様の愛に加えて、夫婦の愛を実践できるようになります。より成長できることを期待していますよ」

「はい、お母様」


     *     *


 一方、その頃、鯵紋寺はまだ外をほっつき歩いていた。


「まっすぐ家に帰れよ」


 天沢に言われたことを無視して、彼女はいつも通り、遠回りをした。

 当然、光る怪物が現れるのではないかという恐怖はある。

 だが、それにも増して、


 ――あんな家に帰りたくない。


 という気持ちが強かった。

 商店街を冷やかし、公園で遊び、夜の街の怪しい空気を吸い込んだ。

 夜の闇が深くなる。

 鯵紋寺は場末のBarジャンジュンジョンの扉を開けた。


「いらっしゃ……あっ! あんたまた来て! クソガキは来ちゃダメって言ってんでしょ!」

「トマトちゃん、スコッチ水割りで」

「あいよ! じゃねーよ!」


 鯵紋寺は店の人の制止もなんのその、平気で椅子に座り、店を眺める。


「おらよ、水の水割り!」

「ありがと」

「なに? あんた、また家族と喧嘩してんの? あんね、家族と音信不通のあーしが言うのもなんだけど、仲良くしといた方がいいよ~? 無難に、普通に。これが人生のコツ。敷かれた線路を踏み外したら、トマトちゃんになっちゃうからね」

「あの人は?」

「は? え? まさかあの男目当て?」


 返事はない。

 鯵紋寺は両手でコップを持つ。

 トマトちゃんは頭を振って、


「はっ。あのさ、言っとくけど、あの人は……あーしも狙ってる」

「トマトちゃんって、店を出して長いんだよね」

「おい。そうだけど。話を逸らすな」

「お客さんもいっぱい……ちょっとは来るでしょ。光る人って聞いたことない?」

「はぁ?」


 ついでに情報収集をしようと思ったわけだが、


「何それ?」


 という結果に終わった。

 大人の味方がほしいものの、宗教絡みということもあり、打ち明けない方がいいと判断した。


「なんで急に押し黙るわけ!? ちょっと、光る人って何のことなのよ!!!」


 トマトちゃんが大声で叫ぶ。

 この店は暇だった。

 扉を開ける音と一緒に、渋い声が聞こえてきた。


「自分は知ってますよ」

「うおぉおおお!」


 トマトちゃんはカウンターを飛び越えて、男の元へ駆けつけた。

 目にも止まらぬ速さで、男の上着を脱がし、畳み、席に案内した。


「あーしの声、外まで響いてた?」

「ふふ……」

「やーだ。はずい☆ おい、クソガキ。空気を読んで今すぐ帰れ」


 鯵紋寺はタバコに火を着ける男を見つめながら、


「光る人を知ってるんですか」

「ええ、まあ」

「見たんですか!? それとも噂で聞いただけ!? お願いします、あたし、どうしても知りたくて――」

「お嬢さん」

「はい」

「たまにこの店でお見かけしますが、どうやら服装からして高校生のようで」

「……はい」

「親御さんがご心配なさってるでしょう。もう帰られた方がいい」


 トマトちゃんが小声でそーよそーよと言うのを聞き流し、鯵紋寺は席を立つ。

 男はすっと立ち上がり、扉を開ける。


「今度、別の場所でお会いしましょう」


 そう言って、鯵紋寺に名刺をそっと渡した。

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