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05話 白く光る人々

 唱にとって、毎日は何の変哲もなく、そしてそれは神様のおかげだった。


 土曜日の集会は、信者が愛の実践を語り、聞き、親睦を深める場。

 合唱団の一員である唱にとっては、大勢の前で歌を披露するところでもある。

 幼少の頃から慣れ親しんだ当たり前の行事。

 日々の祈りも含め、疑いを挟む余地のない、ありふれた人生であり、心掛け次第で、これからも続いていく。

 そう信じていた。


「私は支部長に昇格することになりましたよ」


 土曜日、久々に会った父から、唱は嬉しい報告を受けた。

 その上、合唱中に、この場にいるはずのない先輩と目が合った。


 ――どうして鯵紋寺先輩がここに?


 もしかしたら彼女も信者だったのかもしれない。

 そう考えると、またしても嬉しさがこみあがり、一層、声が艶やかになった。

 唱にとって、思いがけず素晴らしい一日になった。


 ――こんなに楽しいのは人生で初めてかもしれません。


 ところが、駐車場で鯵紋寺と出くわした時のことだった。


「あれ、何でしょうか?」


 白く発光する人が現れた。

 それが何者であるのか、何を目的としているのか、誰にもわからないが、しかしはっきり言えることは、それが極めて危険な存在だということ。

 そいつは信者を襲い始めたのだ。

 目の前で人が倒れて、血を流す。

 あまりの出来事に、唱の体が強張る。


「しょーちゃん、動け!」


 鯵紋寺の声が聞こえる。

 だが、動かせるのは手だけ。

 心の中で、唱は必死に祈った。


 ――神様、お救いください!


「世話の焼ける後輩だな!」


 走った勢いそのままに、鯵紋寺が光る人を蹴り飛ばした。


「唱、何してるの! 危ないでしょ! 早くこっちに来なさい!」


 鯵紋寺の両親が声を荒げる。

 だが、後輩を見捨てるような鯵紋寺ではない。


「気をつけろよ、しょーちゃん。あいつ、こっちを睨んでる」

「先輩、はしたないですよ」


 まくりあげられたドレスの裾から見えてはいけないものが見えてしまわないか、唱は心配した。


「今それどころじゃないだろ! ヤバイ!」


 光る人が唱と鯵紋寺の方に向かって走り出した。

 周囲の大人は何もできずに棒立ちしている。

 誰も頼れない状況。

 もうこれまでかと思われたが、


「おらよー!」


 自動車が猛スピードで突っ込んで来て、光る人を撥ね飛ばした。


「なっ……」


 唖然とする人々。

 こんな無茶をやってのけるのは、どこのどいつだと、鯵紋寺が車内を見ると、


「どう? 俺かっこよくね?」

「やるならやるって言ってよね!」


 へらへら笑う天沢と、いらいらする草ヶ部がいた。


「どうしてここに……」


 質問している暇はなかった。

 光る人は立ち上がった。


「まだ息があるみたいですね」

「それどころか全然ダメージないじゃん」


 唱も鯵紋寺も絶望した。

 が、


「乗れよ」


 天沢は気楽に提案する。


「戦って勝てる相手じゃねーわ、これ。逃げんぞ」

「でも……」


 鯵紋寺が躊躇したのは一瞬だけのこと。

 束縛が強いとは言え血の繋がった親。

 危険地帯に捨て去るわけにはいかないと思ったのだが、当の両親はすでに車を発進させていた。

 こちらを見てもいない。


 ――こんなもんか。


「行くよ、しょーちゃん!」

「は、はいっ!」


 鯵紋寺は唱とともに車に乗り込む。

 間一髪。

 発光人間が迫り来る寸前のところで、車は走り出した。


     *     *


「やっぱ俺ってかっこよすぎるよな」

「なんであんなタイミングよく来れたの?」

「でも俺に惚れんなよ?」

「こいつじゃ話にならんな」


 酔いしれる天沢に変わって、草ヶ部が鯵紋寺に説明する。


「お手伝いさんから聞いた」


 鯵紋寺の親との確執は今に始まったことではない。

 天沢も草ヶ部も鯵紋寺との付き合いはそれなりに長い。

 鯵紋寺家に勤めるお手伝いさんとは、こっそり連絡先を交換して、何かあると教えてもらうことになっていた。

 今回はなんと、


「愛四輝会議とかいう宗教の集会に行くって聞いて、まあ暇だし見に行こうとなったわけ。まさかこんなことになるとは思わなかったけどね」

「あたしのプライバシー、筒抜けなのか……?」


 鯵紋寺が身震いする一方、唱は溌剌としていた。

 いつもの彼女であれば、車の中で先輩三人と一緒という状況は、やや気まずいものであっただろう。

 だが、今は違う。


「すっぽかしたと言えば、昨日は誰も部室にいらっしゃいませんでしたよね」

「え? あたし、しょーちゃんのクラスメイトに伝えといたけど」

「えぇ!? 聞いてませんね……。何にせよ、とても残念です。私、流行りの曲をたくさん暗記したのに」


 天沢はこういう時に、平気で、


「じゃあ、ここで歌ってよ」


 という男だった。

 意外なことに、唱は快く引き受ける。

 次から次へと、持ち前の美声で流行歌を歌ってみせた。


「やっぱ声が綺麗だよな、神吹さん」

「お世辞抜きで歌手になれると思う」


 天沢と草ヶ部からも絶賛だった。

 しかし、鯵紋寺はどうも気になる。


「しょーちゃん、大丈夫? 結構つらいもの見ちゃったと思うけど」

「よくわからないのですが、私、なんだかテンションが上がってしまいまして!」

「ナチュラルハイかな」

「私は嬉しいです!」


 唱は隣に座る先輩の手を握り、


「鯵紋寺先輩も私と同じ信仰を持っていたんですね!」

「え? あー……。いや、そうじゃないんだよね……」


 苦笑いしつつ、鯵紋寺はここまでの経緯を説明した。

 その間、天沢と草ヶ部は黙っていたが、時折、目を合わせて無言のコミュニケーションをとった。

 さて、唱は腑に落ちない。


「じゃあ、どうして私を助けてくれたんですか? 愛の実践をしたわけではないってこと……ですよね?」

「んー……。なんつーかさ……あたし別にいいことしたつもりはないんだよね」

「え?」

「親が止めるの無視して、しょーちゃんのこと助けに行っちゃったし。ははっ。ただ親に反抗したいだけだったかも」

「……いえ、きっと愛です。世界は神様の愛で満ちていますから」


 なんだか重苦しくなった雰囲気。

 自動車は高台で停まる。

 見上げれば明るい月。

 見下ろせば、


「綺麗な夜景……」


 唱はうっとりする。


「初めて見ます、東京の夜景」

「いや、ここ横浜だから」

「え? 横浜って……私が住んでる、あの横浜?」

「そうね」

「横浜の夜って、こんなに綺麗なんですか」


 みんなで車を降り、それぞれ物思いに耽った。

 積もった感情が洗われるような感覚に包まれた。

 そんな時だった。


「おい、車に乗れ!」


 天沢が叫ぶ。

 景色を見るために、皆、車から少し離れた場所まで来ていた。

 鯵紋寺はすぐに察する。


「しょーちゃん! 唯も! 走って!」


 だが、間に合わない。

 ちょうど四人と車の間に、そいつは走ってきた。


「また!?」


 白く光る人だ。

 でたらめに走っているのではなく、明らかに唱たちを追いかけている。

 速度は凄まじい。

 どこに逃げても無駄だろう。

 だったら、


「私は神様の愛を信じます」


 唱は集会で披露した讃美歌を歌い始めた。


「バッ……。そんなんでどうにかなるわけ……」


 ない、と普通は思う。

 だが、光る人は動きを止めた。

 体をあらぬ方によじらせる様は、まるで苦しんでいるかのよう。

 やがて倒れて、


「こいつ動かなくなったぞ」


 死んだのか。

 はたまた気を失っているだけか。

 四人は乗車して、急いでその場を離れた。


「神様の愛ですよ!」


 唱は力説した。

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