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04話 宗教法人 愛四輝会議

 愛四輝会議公式HPより引用。


「各地に設置された支部では、毎週土曜日に集会が開かれています。信者の皆さんが親睦を深めるとともに、外部から見学者を招き、意見を交換することで、一般社会との調和を図っています」


     *     *


 それはそれは綺麗なドレスだった。


「よくお似合いですよ」


 洋服屋の言葉は嘘ではない。

 だが、鯵紋寺は眉をひそめる。


 ――この服もこのメイクも〝あたし〟じゃないな。


 鯵紋寺は昼過ぎから車に乗せられ、着替えさせられ、スタイリングされ、とにかく為されるがままだった。

 なるべく無心でいようとする。

 いちいち何かを感じていたら、心がもちそうにないから。

 それなのに母親から、


「お人形でいてね」


 と言われて、苛立ってしまう。

 せめて楽しいパーティーであってほしいと願ったものの、日が暮れて到着した会場は、愛四輝会議という胡散臭さで有名な宗教団体の施設だった。

 てっきり、


「政治資金パーティーかと思ってたのに」

「間違ってはないね」


 自動車から降りる鯵紋寺の手をとるのは、鯵紋寺の父であり、衆議院議員の鯵紋寺小次郎。

 実に数ヵ月ぶりの対面だった。


「宗教は金脈でもあり票田でもあるから」

「大変なんだね」

「ま~ね~」


 父は娘の言葉を素直に受け止めた。

 子供を挟んで歩く夫婦の間に会話はない。


 駐車場から会場内へ移動すると、大勢の信者らしき人々が次から次へと小次郎に駆け寄った。

 大人特有の表面的な会話。

 慣れたもので、鯵紋寺はスイッチを切り替え、にこやかに会話に参加した。

 出過ぎず、引き過ぎず、父を立てるように。


「大変よくできた娘さんですな。ご家庭での愛が輝いておられるんでしょうな」


 信者の言葉に、鯵紋寺は危うく噴き出しそうになった。


     *     *


 集会は退屈だった。

 ただひたすら信者が登壇し、


「私は会社で愛を実践しました」


 などと発表するだけの時間が続く。


「夫婦の愛、親子の愛、社会の愛、神様の愛。この四つの愛で輝こう」


 というのが、この教団の信仰だった。

 生活の中で愛を実践し、土曜日に発表する。

 それが彼らの生き甲斐なのだという。

 ただし、国会議員である小次郎にスピーチをさせた後で、


「日本中の有志で力を合わせ、愛の輝きを広げていこうではありませんか」


 と声高に叫ぶ信者がいるあたり、


 ――野心はあるんだな。


 と鯵紋寺は看破した。

 それから、神吹という信者が今日から支部長に昇格すると発表され、食事の時間も終わりを迎えると、


 ――これでようやく帰れるか。


 と思ったが、最後に合唱団による愛の合唱があるという。


「神様に捧げる愛の讃美歌です。どうぞご清聴ください」


 よっぽど抜け出そうかと悩んだ鯵紋寺だったが、次第に心が落ち着いてきた。

 心のモヤが晴れていく。

 合唱団の歌声の中に、ずば抜けた美声。


「綺麗……」


 神経質な鮎美でさえ、惚れ惚れしている。

 その声の主は、


 ――しょーちゃん!?


 軽音楽部の後輩がステージに立っていた。

 どうして?

 疑問に思って、はっとする。


 合唱部に入りたがっていたこと。

 流行曲を知らないこと。

 常に敬語で話すこと。

 土曜日には予定があること。

 遊びに厳しい家庭であること。


 すべての点と点が繋がった。


 ――ただの不思議ちゃんだと思ってたら、あいつ……。


 鯵紋寺は唱から目が離せない。

 どうやら唱も鯵紋寺の存在に気づいたようで、音を外してしまう。

 だがそれも一瞬だけのこと。

 すぐに調子を取り戻して、聴衆を虜にする。


 歌が終わると、盛大な拍手が送られた。

 内心では冷めていた鯵紋寺家の三人も、この時ばかりは、熱くなっていた。


 ――うちの部にはもったいない逸材じゃん。あとで褒めちぎってやろ。


     *     *


「しょーちゃん!」

「鯵紋寺先輩!」


 集会が終わる頃、すっかり外は暗くなっていた。

 駐車場で2人は顔を合わせて、意外な休日を喜んだ。


「ぼく、すっかり感動しちゃったよ!」


 小次郎もしれっと高校生の会話に混ざり、唱を絶賛した。


「上手いのは勿論だけど、声がいいよね~。天才だよ。え? 何? うちの娘と同じ学校なの? そりゃいいね。不二子ちゃんも歌を教えてもらいなよ」

「これはこれは、鯵紋寺さん。私の娘がどうかしましたか」


 唱の両親もやって来て、小次郎と同じように、娘同士が同じ学校に通っていることに驚く素振りを見せ、盛り上がった。

 せっかく唱と無邪気に語らえると思っていた鯵紋寺。

 仕方なく、大人に合わせる。


「……あれ?」


 最初に〝ソレ〟に気づいたのは鯵紋寺だった。


「何でしょうか?」

「ん……?」


 その場にいた全員が同じ方に顔を向ける。

 誰も鯵紋寺の質問に答えられなかった。

 深く悩みもしなかった。

 集会での催しの一部か何かだろう、くらいにしか。


「……こっちに来る……」


 それは、白く光る人。

 いや、それを人と断言していいかどうか。

 人にしては不自然な動き方。


「鯵紋寺さん、ちょっと……」

「ああ、はい……」


 唱の父と鯵紋寺の父が目で意思疎通した。

 敢えて言葉にして表現するなら、


「もしかすると暴漢かもしれませんので、ご注意を」

「了解です」


 といったところ。

 実際、その危惧は当たっていた。


「うわぁぁあ!」


 近くにいた信者男性が白い光の人に襲われたのだ。


「不二子、来なさい!」


 母親に腕を掴まれて、鯵紋寺は車内へと引っ張られていく。

 一方、後輩である唱は恐怖で固まっている。


「しょーちゃん、動け!」

「……う……」


 その間にも、容赦なく信者達が叩きのめされている。

 より正確に表現すれば、殺されている。

 殺人鬼が、今度は唱を標的にした。

 ぎくしゃくした、しかし、俊敏な動きで唱に接近する。


「神様……!」


 唱は祈った。


「世話の焼ける後輩だな!」


 鯵紋寺がドレスの裾をまくりあげ、白く光る人を蹴った。

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