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10話 校内放送

「ここに来たら会えると思いました」


 鯵紋寺はBarジャンジュンジョンで殿と再会した。


「連絡してくださればいいのに」


 殿が応じるのを、トマトちゃんが全力で邪魔しようとする。

 鯵紋寺は元よりここに長居するつもりはない。


「ここじゃなんなので、外を歩きませんか」

「……わかりました」


 トマトちゃんが鯵紋寺に塩を投げ散らかす。

 梅雨の季節。

 生暖かい空気がじっとりと二人を包む。

 殿の差す傘の下で、鯵紋寺は黙りこくる。


「お元気でしたか」


 殿の渋い声が優しい。


「元気じゃなかったです」


 鯵紋寺は雨より小さい声で話しだした。

 親友の天沢が亡くなったことから始まり、彼がなぜか白く光る人になってしまったこと、唱の讃美歌によって倒れて動かなくなり、光が消えたことまで。

 その後、遺体は火葬に付され、鯵紋寺と唱、草ヶ部は念のため学校を休み続けている。

 毎日部屋に閉じ籠っていては気が滅入る。

 ただでさえ謎と恐怖に苛まれている上、母親から口を浴びせられるのだから。


「あたし……」


 鯵紋寺は殿に体を寄せる。


「天沢さんという方が光ったことは」

「誰にも言ってません。殿さんが前に、こういうことにはなるべく関わらない方がいいって仰ってたから……」

「それでいいです」

「殿さん、あたし……」

「大丈夫。大丈夫です」


 女心がわからない殿ではなかった。

 鯵紋寺を夜の闇へと導いていく。


     *     *


「どこ行ってたの」


 明け方近くになって帰宅した鯵紋寺を、母・鮎美が待ち構えていた。


「……別に」

「待ちなさい!」


 とうとう夜遊びから帰宅する現場を押さえられてしまった。


「今がどれだけ大変な時かわかってるの!? 選挙期間中! うちの生活がかかってる。しかも、あなたは高校3年生で、受験を控えてるじゃない」

「大学なんて、どうでもいいだろ」

「よくない! 政治家の娘が高卒でいいわけないでしょ! いつもいつも、私の言うこと何にも聞かないで。高校も私立にしろって言ったのに、なんで公立なの。こういう時に融通がきかないんだから。おまけに、あなたの友達、殺されたんでしょ。危ないんだから、大人しくしなさい!」

「おまけって何だよ! それ以上に大切なことあるのかよ!」

「そう思うなら、夜に出歩くような真似はしないで! 今までも、こんなことしてたの? びっくりした。あなたの様子を見に行ったら、部屋がもぬけの殻なんだから。大方、お手伝いの誰かに協力してもらってたんでしょうけど」

「……」

「探し出してクビにしてやる」


 これには鯵紋寺も参った。

 自分のせいで人を路頭に迷わせるわけにはいかない。


「……もう夜に出歩かない」


 大学進学も生活態度も親の希望に沿うと誓った。

 幸い、鯵紋寺は成績の悪い方ではない。

 本気を出せば、母を満足させられる大学に合格できる。

 交換条件は誰も辞職させないこと。


「……わかった。約束は守ってね。じゃあ、寝なさい。明日から……と言うよりもう今日だけど、学校に行きなさい。いい?」


 頷くしかなかった。


     *     *


 鯵紋寺と事情は異なるが、偶然、同じ日に唱も登校を再開した。

 彼女の場合、夫の指示に従っただけである。

 普段、クラスでは浮きがちな唱だったが、この日ばかりは周囲の視線が冷たくなかった。

 連日の欠席は、部活の先輩が亡くなったことで傷心したためだろうと、好意的に解釈されたからだ。

 近頃、距離を置いていた花野も心配そうに話しかけてくれた。


「ありがとうございます、花野さん。でも私、大丈夫ですよ。きっちり予習復習しておきましたから!」

「いやぁ、勉強だけじゃなくってさ……精神的に?」

「心身ともに異常ありません」

「そっか……。うん。あんたって、そういうやつだった」


 最初はぎこちなかったが、次第にかつてのように自然な会話ができるようになった。

 自宅に籠って家事と勉強をするだけの日々が続いていた唱にとって、級友との触れあいは、自分でも驚くほど気分転換になった。


《全校生徒の皆さんに告発します》


 突然の校内放送がクラスをどよめかせる。


「草ヶ部先輩の声ですね」

「誰?」

「軽音楽部に所属しておられた先輩です」


 有葉高校の全生徒が放送に耳を傾ける。


《先日うちの学校の生徒が亡くなりました。犯人はまだ捕まってませんけど、私は犯人を知ってます。それは愛四輝会議です》


 クラス中から視線が唱に突き刺さった。

 放送は続く。


《この学校の3年生に鯵紋寺不二子という生徒がいて、愛四輝会議の男と付き合ってます。そして、その男は1年生の神吹唱と同棲してます。神吹は愛四輝会議の信者なので、つまり、その男も愛四輝会議の信者なわけです。亡くなった天沢はそのことを知ったから殺されました》


 草ヶ部の声に、教師の声が混じる。

 ここを開けろ、放送をやめろ、と叫んでいるようだった。

 声は次第に大きくなる。

 とうとう放送室に入ることができたようだ。

 それでも草ヶ部は発信することを諦めない。


《すべては裏で繋がってるんです! 鯵紋寺の親は政治家で、愛四輝会議とは癒着してて、それで、それで何の罪もない天沢がゾンビになったんです!》


 放送はそこで終了した。

 教師が教室に入ってきて、落ち着けと言うが、ざわめきは収まらない。

 ふと気づくと、隣にいた花野が唱から離れたところにいた。

 同じクラスの女子生徒たちから、


「花野って、神吹と仲いいんだっけ?」

「全然。かわいそうだから話し相手になってあげてただけ。友達じゃないよ」


     *     *


 唱はとぼとぼ歩く。

 学校では1時間目の途中だろう。

 教師から今日は早退するように指示され、唱は同意した。


 ――帰ってから何をしましょうか。家の中で特に念入りに掃除したいところはもうないですからね。


 呑気なことを考えていたら、


「しょーちゃん」


 鯵紋寺が待ち構えていた。

 彼女もまた早退させられたのだった。


「用件はわかるよな?」

「え……」

「早く言えよ」

「何をですか?」

「とぼけんなよ!」


 鯵紋寺はものすごい剣幕で唱に食って掛かる。


「草ヶ部が言ってただろ! お前が……同棲してるとか……」

「殿さんのこと……ですよね? 確かに同棲してます」

「そっそうだよ! 殿辰蔵さん……どういう関係なんだよ。なんか草ヶ部は殿さんも信者だとか言ってたけど……あ、もしかして、あれか? 親戚か? それか、家に泊めてあげてるだけとか――」

「夫婦です」


 怒りを見せたのは一瞬だけだった。

 拳をぐっと握った鯵紋寺だが、すぐに脱力して、へたりこんでしまった。


「なんでだよぉ……なんでぇ……」


 道行く人達の目も憚らず、泣いた。

 王子様ではない、ありのままの姿。

 そのざまを物陰から見つめ、こっそり撮影するのは、草ヶ部だ。

 教師に取り押さえられたが、隙を見て逃げ出したのだ。

 憎い女の無様な姿をたっぷり堪能すると、その場を去った。


 草ヶ部のスマホには様々なデータが記録されている。

 例えば、殿と鯵紋寺の密会の様子。

 鯵紋寺家のお手伝いさんが通話中にこっそり漏らした、父・小次郎の不倫。

 これらすべてを然るべき場所に持参するつもりだ。


 ――絶対、不幸にしてやる。

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