01話 神奈川県横浜市立有葉高等学校
ニュースサイトより引用。
「横浜市内で先月亡くなったAさん(享年33歳)の遺体の行方がわからなくなった。親族によると、遺体は棺に入った状態で葬儀場に安置されていたが、いつの間にか消えていたという。周囲に防犯カメラはなく、警察は不審な人物を目撃した人がいないか聞き込みを続けている」
* *
「私、合唱部に入ることになっていたんですけど……」
神吹唱は落胆した。
入学式から数日が経ち、あらゆる部活動が新入部員の獲得に精を出していた。
ところがどこにも合唱部が見当たらないので、唱が思いきって教師に質問してみたところ、
「廃部になったよ」
とのことであった。
原因は人数不足。
元々合唱部が強い高校でもなかった上に、文化部が充実していたこともあり、年々部員は減少。
とうとう昨年度をもって消滅したのだった。
これが他の部であれば話は別だろうが、合唱部の場合、無理に部を復活させてもらったところで、
「一人では合唱になりませんもんね……」
「大丈夫、神吹さん。歌いたいんだったら、軽音楽部があるよ」
「軽音楽部……というとバンドを組むんでしょうか? あいにく、私、楽器の方は……」
「軽音楽部も人気ないんで、部員も確か……3人だっけかな? みんな自分が好きな音楽やってるから、神吹さんが歌ってても誰も気にしないよ」
「はぁ」
よくわからないが、他に選択肢はない。
唱は軽音楽部の部室へと向かった。
「失礼します」
恐る恐る入った部屋は、しんと静まり返っている。
ただ一人、スマホを触る女子生徒。
風に吹かれて、髪が揺れる。
ゆっくりとスマホから唱へと視線を移して、
「誰?」
「見学です」
「……おー!」
スマホをポケットにしまって立ち上がった生徒。
名札の色からして、
――この人、3年生だ。
それより唱が気になったのは、先輩が薄くとはいえメイクをしていることや、ウェーブがかった髪の毛が目にかかっていること、シャツがズボンから出ていることなど。
まるで校則という存在を知らないかのよう。
「3分ぶり15人目の見学者さん、ようこそ」
恭しく右手を胸元に寄せてお辞儀をする先輩。
唱は部屋を見回して、
「他に人はいないんですか? ……まさかこの部も廃止されるなんてことは」
「ないない! ギリギリない! ってか、あたしがさせないって! ただ、他のやつらは気分屋だからね、たまにしか来ない。今日は来ない日。そんなんだから、見学者ちゃんたちにも逃げられちゃうんだよね」
「……」
「きみ、かわいいね。名前は?」
「神吹唱です」
「しょーちゃん、楽器は何やんの?」
「えっと……」
唱はここに来るまでの経緯を説明した。
話しながら、ふと先輩の臭いに気づいた。
これはおそらく、タバコ。
――私はここにいてはいけないようです。
「あの、言いにくいんですけど……」
「ん? ああ、私ちょっと背が高いでしょ」
「はい?」
「ずっと見上げて話してて首が痛くない? ごめんねー。つっても168cmしかないけど」
「私より13cm高いです」
「今年は170cm突破するのが目標なんだわ」
そう言いつつ、先輩はピアノまで移動して、
「私が弾くから、しょーちゃん歌ってよ」
「う、歌を?」
「これとか知ってるでしょ」
「知らないです」
「流行ってるやつだよ」
「知らないです」
「えー……。じゃあ、校歌でいいか。ほら。歌ってよ」
なんとなく逆らえなくて、唱は歌い始めた。
音が空気に満ちる。
立ち去りたい気持ちは、歌う心地よさに上書きされた。
「いい声だね」
先輩は唱をまっすぐに見つめる。
「ありがとうございます」
とお礼を述べたものの、唱はやはり入部する気にはなれない。
「私、そろそろ帰ります」
「しょーちゃんの歌声、毎日聴けたら嬉しいな」
「……そうですか」
「もしよかったら入部してね。もちろん今すぐ決めなくていいよ。でも、あたしはしょーちゃんと活動できたら嬉しいな」
「考えておきます」
そろそろと退出しようとする唱に向かって、先輩が、
「言い忘れてたけど、あたし鯵紋寺不二子。ふじちゃんって呼んで」
「ふ……失礼しました」
唱はそそくさと帰路についた。
軽音楽部に入ることが決まったわけではないが、もし入ることになっても不思議と悪い気はしなかった。
自分とは縁がなさそうな、だらしない先輩は、だけど、どこか憎めなかった。
生暖かい風に吹かれる。
軽音楽部に入った自分を想像していると、足取りが軽くなった。
* *
「祈りなさい」
その日の夜、暗い部屋で唱は目隠しをされていた。
服の着用は許されていない。
「合唱部がなくなっていたのは、普段の行ないが原因です。悔い改めなさい」
「はい、お母様」
「あなたは今夜、一睡もせずに祈り続けることになります」
「はい、お母様」