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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺の相棒

作者: 三羽高明

「お許しください、お許しください……! どうか命ばかりはお助けを……!」


 ひれ伏して懇願する旅人に向かって、男は刀を振り下ろした。断末魔の悲鳴を上げ、旅人は息絶える。


 男は盗賊だった。この辺りの街道を仕事場として、通りかかった者たちを殺して金品を奪い、生計を立てているのだ。


「お疲れ様です、お頭」


 背後でその仕事っぷりを見ていた別の男が恐れをなしたような声を上げる。彼は盗賊の相棒兼手下だった。


「しかしねえ……。いつも思うんですが、あんなに必死で命乞いをしてるんですよ? 何も殺すことはないんじゃないですかねえ……?」


「お前は甘いんだよ」


 盗賊は呆れ顔になる。


「こっちは顔を見られてるんだぜ。人相書きが出回ったりしたらどうする? 俺たちは盗人なんだ。相手に慈悲なんぞかけても仕方がねえ」


 相棒は人が好すぎて困る、と盗賊は心の中でぼやいた。「さて、今日の成果は……」と言いながら死体となった旅人の荷物を漁る。


「おお、見てみろよ」


 珍しいものを発見した盗賊の声が弾む。


「いいもんが出てきたぞ。これは……鏡か?」


 盗賊の両手のひらよりも大きな手鏡だった。縁には細かな細工が施され、一目で値打ちものと分かる。


「売ればいくらになるだろうなあ。……うん? 裏に何か書いてあるな。……おい、相棒」


 字が読めない盗賊は、相棒に鏡を手渡す。相棒は心得たとばかりに裏面に彫られた文章を読み上げ始めた。


『これはあなたの分身を作る鏡です。鏡面に姿を映した状態で、『写せ』と言うと、もう一人のあなたが出てきます。初めはあまり似ていないかもしれませんが、あなたの行動や考え方を学んでいくうちに、やがてはあなたそのものになるでしょう』


「つまり、自分のそっくりさんが作れるってことですかねえ」


 読み終わった相棒は首を傾げる。


「なんだか気味が悪いや。捨てちまいましょうよ」

「まあ待て」


 盗賊は鏡をしげしげと眺め回した。


「面白そうじゃねえか。ちょいと試してみようぜ」


 盗賊は鏡面に自分の姿を映した。そして、はっきりと命じる。


「写せ」


 途端に鏡が光りだした。眩しさに盗賊は一瞬目を伏せる。


 次にまぶたを開いたときには、驚くべき変化が起きていた。鏡が消え、目の前に人が立っていたのだ。


 それは背の高さから顔つきまで、盗賊と生き写しの男だった。


「す、すげえ……」


 相棒が感嘆の声を上げた。


「よく似てるな……」


 盗賊も感心していた。


「だけど、どうも不気味だな。無表情というか何というか……」


「これからもっと似てくるんでしょうよ。鏡にもそう書いてあったじゃねえですか」


 相棒が腕組みした。


「で、お頭。こいつ、どうするんで?」

「決まってらあ。俺の一味に入ってもらうんだよ」


 盗賊はニヤリと笑った。自分の分身なら、さぞかしいい働きをするだろうと思ったのである。


 その予感は的中した。共に仕事をするうちに分身はあっという間に盗賊稼業を覚え、一月もたたないうちに立派な戦力となったのだ。


「頼もしいったらありゃしねえな」


 その日も彼らは仕事に精を出していた。盗賊は地面に転がる商人の死体をつま先で突く。道を通りかかる獲物を最初に見つけたのは分身だった。


 本日の成果はかなりのものとなった。商人の荷物から大判小判がザクザク入った箱が見つかったのだ。


「相棒、分身、早く来いよ。山分けにしようぜ」


 だが、呼びかけてもやって来たのは分身だけ。相棒はどこへ行ったのかと思っていると、彼は姿勢を低くして商人の荷車の下を覗き込んでいた。


「ここにいちゃいけねえ。ほら、早く行きな」


 相棒の呼びかけに応えるように荷車の下から這い出してきたのは、怯えた顔の小さな男の子だった。きっと商人の子どもだろう。


「……分身」


 盗賊が声をかけると、分身がすぐさまやって来る。そして、子どもの体を刀で貫いた。


「ああ……そんな……」


 血だまりの中で動かなくなった子どもの死体を見て、相棒は真っ青になる。盗賊はため息を吐いた。


「いつも言ってるだろ、容赦はするなって」


「でも、まだ子どもじゃないですか」


「歳なんか関係ねえよ。俺たちは泥棒だ。金を持ってる奴から殺して奪う。それだけだ」


 盗賊は相棒に分け前の小判を放り投げた。渋々といった様子で、相棒はそれを懐へしまう。


 盗賊は満足げに笑った。


「さあ、今日はたんまり稼いだんだ! 街へ出て、派手に呑もうぜ!」



 ****



「はあ、遊んだ遊んだ」


 街を出た盗賊は思い切り伸びをした。


 綺麗所を並べながら豪勢な食事と美味い酒を酌み交わして、歌えや踊れやの大騒ぎ。気がつけば日付も変わり、空が白む時刻になっていた。


「毎日こうだといいんだけどなあ。またあんな獲物が通りかかってほしいもんだなあ?」


 ほろ酔い気分で盗賊がヘラヘラ笑うと、分身が重々しく頷いた。だが、相棒は浮かない顔だ。


「お前、まだあの子どものこと気にしてるのか?」

「……俺、ちょっと用を足してきます」


 相棒はそう言って肩を落としながら近くの茂みに入っていく。


 盗賊はやれやれと頭を振った。


「繊細な奴だぜ」


 盗賊は苦笑いした。分身は表情のない顔でじっとこちらを見ている。


「相棒は気のいい奴だけどよ、ああいうところだけはどうしようもないな。まあ、今日は俺のおごりだったし、相棒の懐はまだ温かいんだ。金さえありゃ、そのうちに考えも変わるか。そう思うだろう?」


「相棒の懐……」


 何の気なしに問いかけたところ、答えが返ってきたので、盗賊はぎょっとなった。


「お前、いつの間に喋れるようになったんだ!?」


 彼が声を出したのはこれが初めてだった。盗賊はてっきり、分身は喋れないものとばかり思っていたのだ。


「おい、相棒、来てみろよ!」


 興奮して呼びかけたものの、相棒が戻ってくる気配はなかった。ふと、分身も茂みの中へ入っていく。


「なんだ? お前も用足しか?」


 盗賊は肩を竦めてその場に腰を下ろし、二人が帰ってくるのを待とうとした。


「ぎゃああああっ!」


 不意に上がったのは相棒の悲鳴だった。何事かと思い、盗賊は慌てて茂みを掻き分ける。そこで見た光景に彼は息を呑んだ。


「ど……どういうことだ……?」


 血のついた刀を握る分身と、彼の足元に転がる相棒。急いで助け起こしたが、相棒はすでに事切れている。


 分身が近寄ってきた。まさか自分のことも切るつもりかと思い、盗賊は身構える。


 だが、分身は相棒の懐を探っただけだった。巾着を取り出し、中の小判を盗賊に差し出す。


「……どういうつもりだ?」

「俺たちは泥棒だ。金を持ってる奴から殺して奪う」


 どこかで聞いたセリフだと思ったら、つい昨日自分が発したものだった。


 その意図を汲み取った盗賊は戦慄した。


「お前さんよお……。確かに俺は殺して金を奪えと言ったが、何もこんな……」


 だが、分身が差し出す金を見ているうちに、盗賊は気が変わり始めた。


「……だよなあ。俺たちは泥棒だもんなあ」


 考えてみれば、味方が増えるだけ余分に分け前を渡さなければならないのだ。そうすると、自分の手元に入ってくる金が減ってしまう。


 だが、相棒がいなくなったことで、これまで三等分していた利益は二等分で済むようになった。つまり、収入が増えたのである。


「どうやらお前が正しかったようだぜ、分身」


 やっぱりこいつは自分の思考を模倣した存在だけはある。盗賊は分身の肩をポンポンと叩いた。


「たとえ相棒だろうと容赦しちゃあいけねえ。慈悲は無用だ。そのことをちゃんと理解できてるお前が、今日から俺の新しい相棒ってわけだ」


「お前は俺の相棒……」


「そうだ」


 相変わらず物覚えが早い奴だ、と盗賊は力強く頷く。


「相棒でも容赦はしない。慈悲はかけない……」


 分身が刀を握り直した。盗賊は「どうしたんだ?」と声をかけようとした。


 だが、気づいたときには肩に燃えるような痛みを感じている。分身が攻撃してきたのだ。


「お……お前……どうして……」


 傷口から血が溢れ出してくる。尻もちをついた盗賊は、信じられない思いで分身を見上げた。


「何で……こんなことするんだよ……。お前は俺の……相棒……じゃ、ないか……」


「相棒にも慈悲はかけない……」


 分身が刀を振りかぶる。盗賊は尻もちをついたまま後ずさりしたが、すぐに背後の木にぶつかって身動きが取れなくなってしまった。


 自分は大きな間違いを犯したのだと悟った盗賊は、絶望を覚えながら懇願した。


「許してくれ……」


 それが盗賊の最期の言葉となった。


 分身は、むくろとなった盗賊の懐からすっかり軽くなった巾着を取り出した。それを己の着物の中へとしまい込む。


 そうして彼は刀の血を拭い、横たわる二人の死体を置いてどこかへ去っていった。

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