燃え上が~れ~
「これが……もう一度燃え上がれる料理……」
なんて、火車さんはごくりと唾を飲みこんで激辛麻婆豆腐を見てますけどね?
燃え上がるというか、火が出るというか、火を噴くというか。
まぁ、誤差だよ、誤差。
一応水を用意しておくか。
……あれ? 水って逆効果なんだっけ?
――冷蔵庫探したら牛乳と飲むヨーグルトがあった。
確か激辛を緩和する飲み物だったよね?
どっち出そう……?
「昇、飲むヨーグルトはうちのや」
ダソウデス。
じゃあ牛乳を火車さんに出すか。
「う、むむむ」
何がむむむだ。
というか手を付けてないじゃん。
そんなんだから振られるんじゃないの? 全く。
「その……」
「? どうしました?」
「こ、米をくれんか?」
食べるかと思いきやご飯の注文かい。
ありますけども。
「どうぞ」
「ああ、スマン。――ってなんじゃこの奇麗な米は!?」
? ただの白米ですが?
「ああ、火車の頃は玄米が主流やったね」
「それにアワもヒエも混ぜられとらん! 純粋な白米……」
なんだろうな、白米がそんなに驚く事だとは思わないけど……。
けどまぁ、米の事はさっきのろくろ首さんも言及してたし。
違うんだろうなぁ、今の米って。
昔と、色々。
「スマン! まずは米だけで食わせてくれ!!」
との事で、まずはマジで白米だけを豪快にバクリ。
……結果。
「美味い……。儂の知るどんな米よりも美味い……」
米食って泣いちゃったよ。
そこまでなのか現代米。
「米を食えば百人力! 漢火車! いざ、面妖な料理に挑み申す!!!」
とかなんとか騒いだけど、箸で豆腐が掴めてない。
まぁ、今日の麻婆豆腐は喉越しを意識して絹ごし使ったし。
そんな勢いよく箸を動かしたらそりゃあ崩れる。
「……」
分かったから。分かったからそんな泣きそうな顔で俺の方を見るな。
漢なんだろ? 泣くんじゃねぇよ。
レンゲ渡すから。
「かたじけない」
いいのいいの。
ほら、玉藻さんも一口目のリアクションを楽しみにしてニヤニヤしてるし。
俺の心境も似たようなもんだしさ。
「では、気を取り直して……」
そして、恐れを知らずにレンゲにたっぷりと麻婆豆腐を掬った火車さんは、豪快に一口でバクリ。
あーあ。知らね。
「ふむ。強いうま味と豆腐の滑らかさが……」
そこまで行って咀嚼していた動きが止まる。
カウント始めます。3、2、1。
「辛~~~~~っ!!」
「これこれ、この反応が見たかったんよ」
もうね、玉藻さんニッコニコ。
いい性格してるよね。
「辛い! なんじゃこりゃ!? 辛!! の、飲み物を!!」
というわけでコップに注いだ牛乳を渡すと一気に飲み干して。
「か、辛いぞ!!」
「でも燃えるような料理でしょ?」
「う、うむ。それはそうなんだが……」
完全に注文通りですよ?
間違ってます?
「む、辛さが引いて思い出したように旨味が戻ってきおったな」
「ほなうちもいただくえ」
見たかった反応が見れたらしい玉藻さんは、ご機嫌に尻尾を揺らして辛さ控えめの麻婆豆腐を楽しみ始める。
……ちゃんとお箸で豆腐掴んでるの凄いな。
「ん~! 滑らかな豆腐の舌触りと口の中に広がる強いうま味が最高やね」
「う……。美味いのは分かっているんだがあの辛さが来ると思うと……」
「そんなウジウジしとるから振られるんやないの?」
あの……何と言うか、もう少し手心というものを……。
特にその……同性の俺が言うのはこう、ネタにもなるんだけどさ。
異性の玉藻さんが言うと、完全に死人に鞭打ちというか……。
妖怪だけども。
「ふ、ふん!! 食えばいいんだろ食えば!!」
と言って、またもやレンゲにたっぷり掬って顔の前へ。
「さ、さっきも食えたからな!!」
なんて言ってますけど?
目で俺に牛乳のお代わりを要求してる辺り、先の展開がもう見えてるわね。
……そして悲しい事に、辛いものって脳というか、身体が学習するんですよ。
だからね、
「あ、汗が噴き出る……」
食べてないのに汗かいちゃうわけ。
さて? そんな中で火車さん食べられます?
そーれそれ、火車さんのー、ちょっといいとこ見て見たいー。
「儂は漢じゃ!!」
お、行った。
さっきみたく一口で。
確かにこの瞬間だけ見たら漢らしいかもしれない。
間違っても場面を巻き戻したら駄目だけど。
「ぐぅぉぉおおおっ!! 辛い!!」
知ってる。
牛乳はもうちょっと後でもいいか。
「店主!! 店主!!」
呼ばれてる気がするけどきっと気のせい。
まだ注ぎ終わってないんですよねぇ。
「あ、頭が!! 頭が痒い!!」
分かる。
辛すぎるもの食べると頭のてっぺんが痒くなるよね。
あと、舌の側面が痺れてくる。
そろそろ出してやるか。
「牛にゅ――」
言い終わる前に受け取られたよ。
どんだけ緊急事態だったんだ。
「ごっごっごっ」
一気に飲み干しちゃってまぁ。
「まだ辛い!!」
そりゃあね。あくまで抑えるもので、完全に打ち消すものじゃないし。
「だが、二口目で気付いたぞ! この辛さに隠れたデカい旨味がある!!」
「そやよ? せやから、食べてすぐ牛乳飲まんと、ご飯を含むんやで」
「む、むう」
手に持った、先程まで牛乳が入ってたコップをじっと見つめて。
何やら覚悟を決めたらしい火車さんは。
「儂は漢、儂は漢……」
とブツブツ呟きながら。
レンゲで掬った麻婆豆腐を、白米の上に置き。
軽くかき混ぜ、麻婆混ぜご飯を作って、それをゆっくりと口へと運ぶのだった。