注文の料理()
「何があったん? 火車の火が消えるなんて一大事やで?」
「それがなぁ。聞くも涙、語るも涙って奴でよぉ」
あー、これ面倒くさいやつか?
玉藻さん、頼みました。
「どうせ女子に振られたとかやろ」
「おうおうおう! どうせとか言ってくれるなよチキショウ!」
流石。語らせる前に話の内容を潰した。
失恋ねぇ。さてさて、どんなお題が来るのやら。
心が晴れそうな料理とかか?
今のうちに冷蔵庫とか確認してメニューを想定しとくか。
「それで? あんさんはどんな料理を求めてここに来たん?」
「決まってらぁっ!! もう一度俺を燃え上がらせるような、そんな料理を食わせてくれぇ!!」
あー、はいはい。
把握、把握っと。
「燃えるような料理ですね。かしこまりました」
「出来んのかぃ?」
「もちろんです。少々お待ちください」
「あ、昇。うちのは控えめに頼むわ」
玉藻さんからの注文は控えめに、か。
てことは俺が何を作るか分かってるね、玉藻さんは。
まぁ、自分で材料を仕入れてるからそれもそうか。
というわけで早速取り掛かろう。
まずは豆腐っと。
袋に包丁で穴をあけ、水を抜いていくと。
いなり寿司作る時に全部使ってなくてよかった。
まぁ、全部使おうとしたら玉藻さんが止めてただろうし、その量の豆腐でお揚げを作ってたらいなり寿司が賄いの量じゃなくなってたし。
まぁ残るべくして残った感じか。
「そんな簡単に思い当たる料理があるのか!?」
「任せときって。あんたが知らんだけで料理はこの世にたーっくさんあるんやで?」
「む、ムウ……」
玉藻さんが火車さんを黙らせている間に、まずは豆鼓を刻んでいく。
刻んだ豆鼓をボウルに入れ、そこに紹興酒。
砂糖、塩、甜面醤、胡椒、醤油をよーくかき混ぜて。
「なるほど、ニンニクか!!」
あ、ニンニクは知ってるのか。
良かった良かった。説明は要らないみたいだ。
「強壮の薬だろう!?」
……必要みたいです。
「食材ですよ。滋養強壮に効果があるのはその通りですけどね」
「そうなのか」
そうか……昔は薬だったんだな。
というか、ニンニクとかの刺激が強いような食材、大体薬として用いられがち。
昔の日本とかだと。
まぁ気を取り直し、ニンニク、ネギ、生姜をみじん切りに刻みまして。
ネギはどれだけ多くてもいいって天井の染みに教えられたので、もうこんもりと刻みまして。
今日はフライパンを二丁拳銃体勢。
「二つ?」
「片方は玉藻さん用です」
その姿に火車さんから尋ねられるも、控えめとか注文を付けた玉藻さんのせいだとキッパリ宣言。
というわけでまずはフライパンにごま油。
そこに刻んだニンニクと生姜を入れて、そこに登場豆板醤。
火車さんの方にはたっぷりと。玉藻さんの方には控えめに。
そしたら油にニンニクやしょうがの風味が移るまでじっくりじっくり炒めまして。
「な、なにやら鼻の奥がムズムズするような……」
あー、何となく分かるかも。
くしゃみとかとは違うんだけど、辛い物の匂いを嗅ぐとこう、刺激されるというか。
鼻の付け根辺りがちょっともぞもぞするんだよな。
「ふふ、楽しみやねぇ。どないな反応するんやろか」
玉藻さん、悪い顔してるな。
恐らく今作ってる激辛料理を、火車さんが食べた時の反応でも想像してるんだろう。
……辛い物に耐性とかあるんかな? 聞いてみるか?
「やめとき」
声をかけようとしたら玉藻さんに止められてしまった。
当たり前に思考を読まんでもろて。
よし、炒め終わったかな。
そしたらネギを入れ、刻んだ唐辛子と花椒をたっぷりと火車さん用のフライパンへ。
豆板醤と同じくその二つも玉藻さんの方は控えめに。
入れる時に玉藻さんの顔を見て、これ位? とお伺いを立てる事を忘れずに。
許可が下りた量の二種をぶち込んだら……。
ん? なんか見たことない小瓶が。
「~~♪」
玉藻さんが目を逸らして口笛吹いてるし。
絶対玉藻さんからじゃん。
中身はっと……。
「んげほっ!? んごっほっ!!」
「どうした!!?」
な、な、なんじゃあこりゃあ。
匂い嗅いだだけで咳き込むほどの辛さなんだけど!?
どこの何!? この粉!!
「ほら、さっさと作り」
使って促してくるしよぉ。
そっちがその気なら……、
「……」
玉藻さんのフライパンの上で手を滑らそうとしたら、満面の笑みで見られてた。
怖ぇ……。下手に睨まれたりするより怖ぇ。
というわけで俺の右手の握力が0になることなく、火車さんのフライパンに到着しまして。
小瓶の中の粉を全部ぶちまける。
か、辛い!! 匂いだけで辛いよ!!
「な、なんじゃこの匂い!」
「ふふふふふふふ」
口元覆って不気味に笑い過ぎです玉藻さん。
見た目がまんま悪役のソレです。
「それで完成か?」
「まだでず」
ちなみに辛さのせいで涙も出てきた。
空気中の辛い成分が刺激しまくってる。
鼻水も出てきた。
気を取り直して、豚ひき肉を投入し、しっかりと炒めて……。
うグッ……。フライパン振ってかき混ぜるだけで辛い成分からの攻撃を受ける……。
も、もうちょっとで終わるから……、我慢。我慢。
「くしゅん!」
いや、見てる玉藻さんがくしゃみするんかい!!
俺は堪えてるのに!!
まぁいい。肉が炒め終わったらここに先程作った合わせ調味料を流し込み、さらに炒める。
日は弱火。甜面醤が焦げ付きやすいからね。
今のうちに中華スープも作っとかなきゃ。
ちょっと工程忘れてたわ。
もうフライパンの中で全部やっちゃうか。
水を入れて、粉末の中華スープの素を投入。
後は粉末が溶けたら、豆腐を入れて混ぜ合わせて水溶き片栗粉を入れてトロミをつけて完成!!
急ぎ足じゃないかって!?
早くこの激辛の料理をお出ししたいの!! 汗かいてきたんだけど!?
しっかりサウナに入ってるくらいの尋常じゃない量の汗を!!
「出来ました。お待たせしました」
というわけで出来た麻婆豆腐をお皿に移し、それぞれに提供。
ふぅ。やっと解放されるわ。
ハックション!! アックショイチキショウ!!