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「……からひ」

「全然甘いやろ……」


 出来上がったカレーライス。

 それを食べたさとりさんは、舌を口の外に出して辛いアピール。

 そんな様子を見て呆れる玉藻さん。

 なお、お水はちゃんと渡してるもよう。

 良かった、お姉ちゃんは出来てるみたいだ。


「後から乗せて甘くする食材って何があるんでしょう?」

「卵黄とかやろか?」

「ほひい」


 卵黄を所望されたので、卵を割って、卵黄と白身に分けて……。

 さとりさんのカレーのお皿にポトリと。

 ご飯の所に窪みを作ってくれたから、そこを卵ポケットにしてって感じ。


「あ、うちにもくれや」

「玉藻さんは別に辛みに弱く無いでしょ?」

「めっちゃ辛いわー。卵黄無いと食べられへんわー」


 ……凄くわざとらしい。

 というか、わざと棒読みで喋ってるなこの妖狐。

 仕方が無いから玉藻さんの方にも卵黄をポトリ。

 さて……さっきの蛇骨婆さんに作ったカルボナーラも含めて卵白がかなり出たな。

 ……卵焼きにでもするか。

 卵白を泡立てて、塩コショウ、レモン汁で味を付けまして。

 卵焼き器に流し入れ、ごく普通に焼いていく。

 まぁ、焼いてる時に膨張したりするけど誤差ですね。

 ――で、焼き上がったら、欲しがる目で見ている玉藻さんとさとりさんのカレーに乗せまして。

 包丁で切り開いてやれば、しっかり中まで火が通ってる卵焼きにカレーが覆われて。

 ……卵焼きって言っても、卵白しか使って無いから真っ白なんですけどね。


「白い卵焼きもおもろいもんやね」

「少し、辛くなくなった」


 見た目的にオムライスな感じになったな。

 おかしいな、土台はカレーライスなのにな。


「というかさとりさん、カレーライス食べた事あるんですね」


 今気づいたけど、そう言えばさとりさん、カレーライスを食べても特に反応してないな。

 それに、注文の時もこれまでの妖怪さんたちと違って具体的な料理名で注文してきたし。


「食べたことあるからね」

「あ、そうなんですか」


 なんだ。食べたことあるだけか。あれ? でも注文の時には食べてみたいって……。


「君のカレーライスが食べてみたいって事だよ」


 なるほどな。前に食べたカレーライスと俺の作るカレーライスを比較したかっただけか。

 ……どこで食べた?

 あと、どうやって?

 当たり前だけど、食べるためにはその料理を誰かが作らなくちゃいけなくて。

 誰かが作ったという事は、その誰かはカレーのレシピを知っているという事で。

 ……この辺りに、そんな人も、妖怪も、場所も無かったと思うのだが。


「普通に、人間のいる世界に行って、だよ」


 そう言われ、ギョッとしてしまう。

 だが、そうか。文字通り覚なんだよな……。

 俺の考えてることなんて、全部お見通しの。

 って、待った。


「行ったんですか!? 人間の世界に!?」


 そうさせないために。

 最後の門となるのがこの『せまきもん』だったはずで。

 そうして出て行った妖怪が居るという事は、この場所の意義が失われるのでは?


「かまへんよ。さとりは別に人間に悪さするために行ったんやないんやから」

「そういう問題です?」

「そういう問題や。ただ、さとりがここに来たっちゅう意味は、またあるけどな?」


 そう言って俺に意味深な笑みを見せた玉藻さんは。


「ふぅ、ご馳走様やで。さとりに合わせてえろう甘いカレーを食べてしもうた」

「たまにはいいんじゃないですか?」

「ふふ、せやね。たまにはええわな」


 先に食べ終わった玉藻さんは、軽く笑うと。

 カレーを食べ、水をチロリと舐めてを繰り返すさとりさんを、目を細めて愛おしそうに見つめている。

 そんなさとりさんも、


「ご、ご馳走様」


 辛みに我慢し、歯で舌を軽く噛みながら。

 やや舌ったらずな感じでそう呟いて手を合わせた。


「お粗末様でした」


 お皿を下げ、洗い物へと入ろうとすると、


「ほいで? あんたがここに来たいう事は準備終わったっちゅーことやろ?」

「そうだね。まず間違いなく皆が皆、姉さんの言う事を聞くと思う」

「カカカ。意外と時間掛からんかったな」

「やっぱり、食というのは凄いんだよ。皆の心を掴むことに関して」


 なんて話が聞こえてくる。

 まぁ、恋愛でも胃袋を掴めってよく言われるし。

 人間、生きてく上で切り離せないものだからね、食って。

 ――妖怪も同じかは分からないけど。


「よし、ほな出よか」

「? どこかに行くんです?」


 珍しいな。玉藻さんが店を開けてる時に店から出ようとするなんて。


「何言うとるん? 空坊も行くんやで?」

「??」


 いやあの、まだお店閉める時間じゃ……。


「違うよ。もうお店を続ける理由が無いんだ」

「……はい?」


 さとりさんから告げられるけど、マジで意味分からん。

 あの、もう少し説明を……。


「ボクたちはこれから――そうだね、人間たちのいる世界、現世へと向かう」

「この世界に居る妖怪総出の百鬼夜行。その船頭がうちら三人や」

「俺も頭数に入ってるんですか!?」


 突然何を言いだすかと思えば、マジで何も説明が無い……。


「まさか……姉さん、伝えてないの?」

「……え? ほんまに気付いてへんの?」


 玉藻さんがさとりさんにジト目で攻められ、その玉藻さんは俺を信じられないと言った様子で見てくる。

 マジで何が何だか……。


「空木崎なんて苗字、珍しいと思わへんか?」

「まぁ、同じ苗字の人にはあった事ありませんけど……」


 いきなり苗字の話をし始めて、一体何を?


「ま、ええわ。ほなよく聞きや」


 一度ため息をつき、そう切り出した玉藻さんの口から。


「あんたにはな、陰陽師の血が流れてるんよ」


 俺の家系にまつわる、俺の知らない話が出てきたのだった。

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