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クセが……

「ま、マグロは下魚で……」

「昔は保存方法も技術もありませんでしたからね。脂が多くて傷みやすいからそう言われてたんですけど、今では子供にまで人気のネタですよ?」

「本当ですか?」

「ほんまやで」

「……パクッ」


 なんというかこう、しょうがないんだろうけどさ。

 俺の言葉より、玉藻さんの言葉を信用されると、結構クるものがあるな。

 いや別に、玉藻さんの事を胡散臭いとかって言ってるわけじゃないんだけど。


「あ! 確かに旨味が濃厚で美味しいです!!」

「せやろ? マグロは美味いんや」


 ……何度も言うけど作ったの俺ですからね?


「材料調達しとるんはうちやで?」


 ぐぬぬ。


「お塩との相性も凄くいいです! お塩の旨味とマグロの旨味が混ざり合ってより濃く感じられます!」

「今まで下魚言うて忌避してたんが馬鹿みたいやろ?」

「はい!」

「……現代の冷蔵技術とかのおかげだってこと、忘れちゃいけませんからね?」


 冷蔵というか、冷凍というか。

 ともあれ、マグロも受け入れられたな。


「で、この串の最後のは……?」

「同じマグロですけど、より脂の乗った部位になります。ちなみに、そこよりもさらに脂の乗った部位もありますけど、今日は用意してません」


 玉藻さんがね。


「脂の……乗った……」


 口裂け女さん、そうとだけ呟いて中トロの手毬寿司をパクリ。

 お味の方は?


「ふわぁ……。口の中で溶けちゃいますぅ」


 美味しそうですね。


「やっぱり中トロが一番やわ。赤身の旨味と大トロの脂のいいとこどりやで」

「口に入れた瞬間にパッと溶けて、甘さを残した美味しい汁になります!!」

「そや。マグロの脂は甘いからなぁ。特に塩なんかと合わさってより強く思えるやろ?」

「はい! とても美味しかったです!!」


 中トロ、美味しいよね。

 ただ、俺はマグロの部位で言うなら中落ち派なんだ、すまない。

 回らないお寿司屋さんで、まぐたくとか頼むと使われてる場合がある。

 だから知らないで頼むと値段で驚くことになっちゃうんだよね。

 中落ちはいいぞ。一番マグロの味が濃いまである。

 中落ち丼とか一番マグロを楽しめると言えるね。俺の持論だけど。


「最後の串は……卵と胡瓜ですか」


 お寿司屋さんで言う玉と河童ね。

 いわゆる〆に入る串です。

 エビのすり身が入ってふっくら焼き上げただし巻き卵。

 を細く切った錦糸卵と、さっぱりする清涼感で締めにピッタリなキュウリでござい。


「これまでのお寿司とは違って、柔らかく、包み込むような味わいです」

「卵の仕上がり一つにも寿司屋の腕が出るからな。ま、ギリギリ合格っちゅうところやね」


 寿司屋じゃありませんけど? ……うち食堂なんです。

 なんでも作るというか、何でも作らされてますけど。


「胡瓜の食感が、今までの食事を洗い流していくよう……」

「〆はカイワレ派やったけど、カッパもええな」


 ちなみに俺は芽ネギ派。

 人によるよね、〆の一貫って。


「ふはぁ。美味しかったですぅ」


 お茶を啜り、ホッと一息ついた口裂け女さん。

 口元とか気にせず、にっこり笑ってますわね。


「そや。他人に何言われようと、気にせんでええんよ」

「ふぇ?」

「今は多様性の時代や。人の容姿にとやかく言う奴は、その内孤立してまうからな」


 ……まぁ、容姿弄りとかは悪しき風潮よな。

 あと、褒め言葉と思って言っても、相手はそれがコンプレックスになってるとかも全然ある。

 色んな意味で、デリケートになってきてるってことですわ。


「それでもまだ言われるならここに来ぃや? またいつでもご馳走するで?」

「作るの俺ですけどね?」

「あの……ありがとうございました!!」


 席を立ち、俺と玉藻さんに何度も頭を下げた口裂け女さんは。

 玉藻さんからべっこう飴をしっかり貰うと、それを口に放り込んで店を出て行く。

 その足取りは軽く、後ろ姿からご機嫌が伺えるもので。

 少し歩いて躓きそうになり、それを誰かに見られてないか周囲をキョロキョロするまでは、その足取りが続いた。

 ……なんだかなぁ。



「……また珍しいんが来たなぁ」


 そう呟いた玉藻さんに釣られて入口に目をやれば。

 そこに立っていたのは一人の女性。

 ただし、両腕に一匹ずつ蛇が巻き付いており、その蛇も右手の蛇が青色、左手の蛇が赤色という、一発で普通ではない事が分かるもの。

 蛇関連の妖怪? ……ちょっと思いつかないんだけど?


「座っていいかい? 座るよ? 座るね?」


 とか思っていたら、そうまくし立てて席に着席。


「しばらくじゃないか玉藻。元気かい? 元気だろう? 元気そうだね」

「見ての通り。そっちも変わらんね。あんたが急いだって周りが早くなるわけじゃああらへんのに」

「これが私の性分さね、治らないよ。治らない。治す気も無いしね」


 ……疲れそうだなぁ、この妖怪の相手。

 あと、マジで見当つかないんだけど。

 玉藻さん、解説。


「ほいで? 蛇骨婆は何の料理が食べたいんや?」


 蛇骨婆と言うのか。まぁ、両腕に蛇居るし、蛇関連なのは分かってたけど。

 聞いてもピンとこないな。


「決まってるだろ? 卵だよ。卵だね。たっぷりの卵を使った料理がいいね」

「ほい。昇、卵をたっぷり使った料理やそうや」


 蛇って言ったら、みたいな注文飛んできた。

 まぁでも、スズキのパイ包みに比べたら全然楽だし。

 作りますけれども。


「頼んだよ、楽しみだね。ああ楽しみだ」


 ……気が散らないようにしないとね。

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