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俺でも知ってる

「次のお客さんやで」


 玉藻さんの言葉にお店の入口へと目を向ければ。


「開いて……おりますでしょうか?」


 静かな、そして少しだけ湿ったような声が、店内に届く。


「開いていますよ。どうぞ」


 と言って皆が座るカウンターへと声の主を促せば。


「ありがとうございます」


 同じくジトっとした声でそう答えた。

 ……見た感じごく普通の女性のようだけど?

 身長がやや高くて、長くて綺麗な黒い髪……。

 はて? そんな妖怪、どこかで聞いたことある様な?


「ほいで? 注文は?」

「その前に……」


 いつものように注文を促す玉藻さんだけど、今日のお客さんはそこで注文を言わずに。

 着けていたマスクに手をかけながら、俺を見つめつつ、一言。


「私、綺麗?」


 この言葉で察したよね。

 でまぁ、この質問に対する返事は一つ。


「もちろん、とても綺麗だと思いますよ」


 その言葉に少しだけ頬を赤くしつつ、今度はマスクを下にずらし。

 耳まで裂けた口を露出して、再度一言。


「これでも、綺麗?」


 このお客さんは口裂け女。文字通り、そして見た通り耳まで裂けた口が特徴の妖怪で、ぶっちゃけそこ以外に目立った特徴はない。

 長身だったり、黒のロングヘア―だったりするくらいか。

 妖怪ってよりは、普通に実在したんじゃね? と思う存在だったりするんだよね。

 なんだっけ? 成形で失敗してしまった女性では? みたいな話もあったような……。


「もちろん、お変わりなく綺麗ですよ」


 そんな前情報さえ知っていれば、別に口が裂けていようが綺麗かどうかなんて変わらないわけで。

 というか、今の時代口裂け女さんの需要というか、萌化とか普通にあり得るからなぁ。

 昔ほど怖がられなくなったと思うよ? 多様性の時代だし。


「うちにはそんな歯が浮く台詞言うてくれへんのに」

「なんで玉藻さんが不満そうなんですか」


 んで、口裂け女さんにお決まりの言葉を言ったら、隣に座ってる玉藻さんがムスッとしてた。

 一体何がご不満でしょう? 唇までとがらせちゃってまぁ。


「ほいで? ご注文は?」

「その……口をあまり開けないで食べられる料理を……」


 気にしてるなぁ、口が裂けてること。

 まぁ、しょうがないっちゃあしょうがないか。


「いくらでもあるやろうけど、何作るん?」

「まぁ、手毬寿司かなぁと」


 玉藻さんが買って来た材料を見るに、真っ先に思いついたのはそれかな。

 ひょっとしたら口裂け女さんは手毬寿司を知ってるかもだけど。


「あの、手毬寿司というのは……?」


 知らないらしい。

 ふむ?


「ではお寿司はご存じですか?」

「あ、それは知っています。生の魚を酢飯と合わせたものですよね?」

「ですです」


 しっかり現代の握り寿司だなぁ……。

 あー、江戸時代とかの妖怪さんか?

 江戸前寿司、なんて言う位だし、江戸時代には握り寿司はあったはずだしね。

 手毬寿司は確か京都発祥なんだっけか。

 舞妓さんが化粧を崩さずに食べられるように、と開発されたとかなんとか聞いたことがある。


「それの小さい版ですよ」

「そうなんですね。楽しみです」


 そう言ってふふっと笑う口裂け女さん。

 さっきの綺麗と言われた時の微妙な照れといい、この微笑みといい。

 可愛いと思える要素はちょいちょい見えるんだよなぁ……。

 割とマジで最近になって口裂け女さんが出てきたら、ほぼアイドルみたいな扱い受けそう。

 ……もちろん、一部の限られた界隈に、だけど。


「昇、どうせなら団子みたいにしてや」

「了解です」

「??」


 玉藻さんが要望があったのでその通りに。

 口裂け女さんは分かってないみたいだけど、まぁ見てなって。

 ネタに使えそうなのは……マグロ、サーモン、エビ、イカ……あとはタイか。

 十分十分。ここにキュウリと、大葉と、後は錦糸卵も使いましょ。

 まずは酢飯作りから。

 ご飯をおひつに移し、そこに酢、砂糖、塩を混ぜて作ったすし酢を合わせ、団扇で扇ぎながらしゃもじで切る様に混ぜていく。

 ……一応だけど、酢飯を作る時に扇ぐのは冷ます為じゃないからね?

 水分を飛ばして、米に艶を出すためだよ?


「せや、べっこう飴いらんか?」


 俺が酢飯作ってる時に、玉藻さんが口裂け女さんへアプローチ。

 俺の記憶が正しければ、口裂け女の好きな物……だったはず。


「しょ、食後にいただきます」

「ほうけ」


 べっこう飴って渡したら口裂け女は退散するんじゃなかったかしら?

 もしかして玉藻さん、口裂け女さんを排除しようとしてらっしゃる?


「してへんよ」


 さいですか。思考読まないでもろて。

 さて、酢飯が出来たのでお次はネタの準備。

 普通の寿司の三分の一くらいの大きさに全部のネタを切っていく。

 キュウリは可能な限り薄く、大葉もネタのサイズに合わせた大きさに切りましてっと。

 続いて錦糸卵。卵を割り、白だしと塩を入れましてっと。

 ……実はさっき使ったエビのすり身が少量残っているんだよね。こいつも入れちゃお。

 そしたらそのまま卵焼きを作り、こちらも可能な限り細く切りまして。

 準備完了。まずはラップを用意し、そこに切ったネタを乗せる。イカの時だけ大葉を敷いて、その上にご飯をネタのサイズに合わせた量を置きまして。

 ラップを優しく絞りながら、形を整えてやれば。

 ほい、手毬寿司の完成。こいつを玉藻さんの要望に合わせて竹串に刺しまして、と。

 容器も拘り、綺麗な重箱なんかに入れてやれば。

 団子風手毬寿司の完成! お箸も使わないし、見た目も奇麗だし、子供とかにも喜ばれるかもね。


「お待たせしました、手毬寿司です」


 どうぞおあがりください。

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