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猫ゆえに

「ニ゜ャ゜~~~」


 どっから出てんだその声。

 聞いたことないくらい間の抜けた甘い声だぞ……。


「よう出来とるね」


 玉藻さんから褒められるけど、正直それどころじゃない。

 猫又さんの反応が面白すぎて。

 猫又さん、一口食べてあの奇声というか惚声? をあげたかと思えば、しっかり噛み締め始めてさ。

 飲み込んだと思ったら、早速次の一口に移行。

 また満面の笑みでスズキのパイ包みを頬張って、その間に次の一口を準備しているという……。

 食べながら次を用意するその動きよ。それだけ気に入ってくれたって事なんだろうけどね。


「外はサクサク、魚はフワフワ。汁は酸味と深みが凄いニャ~」

「白ワインが欲しなるわ。昇、ワインは?」

「ありませんよ。買って来てないでしょ」

「いけずやなぁ」


 俺、玉藻さんと違って無から有を生み出す事出来ないんですよ。

 なんで、飲みたかったら自分で買って来てもろて……。


「わいん?」

「ブドウから作られた酒やね」

「ブドウから酒を作るとニャ?」

「美味しいんよ? 料理と一緒に飲んで、口の中で料理と混ぜ合うんや」

「ニャは酒類一切駄目だから良さは分からんニャ」


 なんと言うか、意外だな。

 妖怪って、勝手にお酒飲むイメージだったんだけど。

 猫又さんダメなのか。


「にしても、ほんまよう出来とる。鱸の旨味をパイが吸って、サクサクとしながらも旨味があるし。何より、ペースト状になったエビとのハーモニーが最高やわ」

「ソースも褒めて貰えません? かなり大変なんですからね?」


 そりゃあメインのパイ包みも大変だけどさ。

 手間って意味では、ソースも負けてない。だからこそ美味しいんだろうし、だからこそ高級なイメージがあるんだろうけど。


「そやねぇ。ま、レシピ通り作ったとは言え、その通りに作れるのもまた料理の腕、か」

「ニャには分かるニャ。料理は持って生まれた才能が無いと作れないニャ」

「そないなことあらへんよ。何事も経験、慣れや。練習すれば、誰でも料理は出来るようになるで?」


 まぁ、そうですねとだけ。

 こちとら小さい時から玉藻さんに育てられ、玉藻さんに料理をみっちり仕込まれたからな。

 思い出したくないなぁ……学校から帰って来て、フランス料理のコースを作らされてた頃を。

 どこから仕入れて来た、みたいなレシピを当たり前に玉藻さんは作るんだもん。

 真似しぃや? とか言われても、ねぇ?

 まぁ、おかげで今の俺があるわけですけれども。


「な? 昇?」

「ノーコメントで」

「??」


 猫又さんは知らなくていい。俺の涙ぐましい努力なんて。


「本当に美味いニャ~」

「どうや? おっきい魚、堪能しとるか?」

「もちのろんニャ! こんなにおっきくて、美味しくて、食べた事無い魚は初めてニャ!」


 猫又さんの二股の尻尾もご機嫌に揺れとるわ。

 いやぁ、それにしても……。

 美味く作れて良かったぁ……。

 あんな料理、そう何度も作ってるはずが無いからね。

 かなりかなーり不安でしたとも。


「ふぅ、大満足ニャ! ご馳走様ニャ!」

「お粗末様やで」


 だから作ったのいず私。

 玉藻さんは見てただけ定期。


「魚だけでお腹一杯になるこの幸福感……たまんないニャァ」


 綺麗にパイ包みを平らげ、ん~と伸びをして。

 立ち上がった猫又さんは、


「それじゃ、また来るニャ!」


 と元気に店を出て行こうとするが。


「ちょい待ち」


 玉藻さんに引き留められ。


「ニャ?」


 立ち止まり、振り返った猫又さんに、玉藻さんから何かが投げられる。

 ……木の棒? しかも葉っぱ付き?

 何あれ?


「ニャ! ニャ! ニャー!!」


 なお、それを受け止めた猫又さんは急に騒ぎ始め、受け取った棒に顔をしきりに擦り付けている。

 あー……あれマタタビかぁ。

 猫に木天蓼(またたび)なんて言われるように、効き目抜群だね。


「そういや、研究では猫がマタタビに顔を擦り付けたりするんは、蚊に対する忌避行動やと分かったらしいで?」

「あ、そうなんです? 単純に好きだからだと思ってましたけど……」

「あっこまで異常に反応するんやもん、絶対それ以上に何かあるで」

「でしょうねぇ」


 なんて話す俺と玉藻さんの目の前には。

 もはやマタタビの枝を抱きしめ葉を噛んで。

 それはもう愛しい相手にするような熱い抱擁をし続ける猫又さんの姿が。

 これが蚊の忌避行動ってんならどんだけ蚊が嫌いなんだよと思う。

 あと、多分人間もこうなってないとおかしいと思う。


「あとこれもあげとこか」


 と、さらに玉藻さんは追い打ちを追加。

 そ、それは……。


「ほら、ちゅ~○やで」


 悪魔かよこの人。

 猫をダメにするアイテム勢ぞろいじゃん。


「?」


 目の前に差し出された〇ゅ~るに首を傾げ、匂いを嗅ぎ。

 魚だと分かって一口ペロリ。

 すると、


「っ!?」


 目をカッと開き、尻尾をピンと立て。

 夢中で玉藻さんが押し出すちゅ〇るを舐め始める。

 ……あ、この絵面、とてもいけない事をしているような……。

 椅子に座ったままの玉藻さんが、手を伸ばして。

 その手の先のち〇~るを、猫又さんが必死に舐め取ってる……。

 コレ、猫又さんの口元にモザイク加工とかしたら一発アウトだな。

 やめとこう……。


「ほい、終いや」

「ゴロゴロゴロゴロ」


 喉まで鳴らしちゃってまぁ。

 大丈夫? ちゅ~〇に上書きされてパイ包みの記憶消えてない?

 その後、今度こそ店を出た猫又さんだったけど、後日。

 玉藻さんに裏路地で〇ゅ~るを与えられる姿をたびたび目撃されるようになったとか。

 猫特効効き過ぎですよ、メーカーさん……。

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