本日初めてのお客様
「ぎょうさん具が入って、えらい贅沢やねぇ」
「玉藻さんが五目いなりをリクエストしたんでしょうが……」
開店までもう少し。
賄いにあたるかは分からないが、玉藻さんが食べているのを見て同じものを、とか注文されても困る。
作るのがまぁ面倒だし、あと、何故か玉藻さんの分の材料だけしか仕入れられてないからね。
「ふふ、いただきます」
「お茶置いときますね」
玉藻さんがいなりにかぶりつく横で、ほうじ茶の準備を致しまして。
キッチンの中にある小さな七輪に炭を入れ。
「玉藻さん」
玉藻さんに声をかければ、指パッチンで炭に火が入る。
後はその上でいい感じに茶葉を焙じましてっと。
静かに熱湯を入れて、茶葉が開くまでしばらく待機。
開いたら、俺と玉藻さんの湯呑に交互に注ぎ。
……葛藤の末、最後の一番濃い所は玉藻さんにくれてやることにした。
持ってけ泥棒。
「ふふ。五目煮の味がええ塩梅やね。酢飯と食べて薄すぎず、かといって油揚げの味付けと合わせて濃くはない」
「あ、本当だ。ちょどいい感じになってる」
五目いなり、一つ差し出されたから食べたけど、言われた通りだった。
尖った様な醤油のしょっぱさが無い。味も濃すぎない感じで、凄く優しい感じにまとまってた。
「五目煮のしいたけがええわぁ。うち、キノコ大好きなんよ」
「初耳ですね」
「言うてへんもん」
五目いなり一つを三口ほどで平らげ、ゆっくりとほうじ茶を傾けて。
「ゴマもええね。香ばしい風味が追加されて食欲そそるわ」
「たまに噛んでプチプチする食感も面白いですしね」
擦りゴマを使っても良かったんだけど、俺としてはいなり寿司には潰してないゴマがいいと思う。
あの噛んだ瞬間のプチッって感覚が好きだし。
「ゴボウからもええ味出とるし、断面から覗く人参の赤が美しいわ」
「本当は緑も入れたかったんですけどね。仕入れられた中に見当たらなかったので」
「緑か。……確かにあったらもっと映えたやろうな。――ちなみに入れるならなんや?」
「枝豆……ですかね。飾りだけなら三つ葉とかでも良さそうですけど」
「なるほどなぁ。……次買うてくるときの参考にさせてもらうわ」
と言いつつ二個目も完食。
そのまま美味しそうに三個、四個と箸を進め……。
「ふぅ。ご馳走様」
「お粗末様でした」
綺麗に、作った分の五目いなりを平らげて。
「まだまだやね」
だってさ。
あんだけ美味しそうに、しかも作った分を平らげたのに、だぜ?
「まだまだ満足させられませんか」
「まだまだ、やね。うちを満足させるには空坊は若すぎるわ」
カカカと笑い、ほうじ茶を飲み干した玉藻さんは。
胸元へと収納していたキセルを取り出し咥え……。
「店内禁煙ですけど?」
「せやったせやった」
俺のジト目とトーンの下がった声に、慌てて火をつけようとしていた手を引っ込める。
キセルだけは口から離さないんだよなぁ……。
まぁ、吸わないならいいんだけどさ。
「そろそろ時間やろ?」
「ですね、ちょっと暖簾上げてきます」
玉藻さんにそう告げて、お店の入口へ。
暖簾を広げ、『せまきもん』と書かれたソレを入口の上へと吊り下げまして。
時刻は丑三つ時、妖怪食堂『せまきもん』、開店也。
*
「まぁ、いつも通りに暇ですね」
「ええことやないの。ここが暇なんわ」
おおよそ食堂とは思えない言葉だが、実は全くその通り。
というのも、この食堂『せまきもん』は。
なんでも幽世と現世の狭間に一番近い場所にあるらしく。
現世へと渡ろうとする妖怪が、最後に立ち寄れるのがこの食堂なのだそう。
そこで、幽世に無い、現世でしか食べられない料理を出すことで、現世への思いが成就して、妖怪たちは幽世に戻るという。
つまるところ、この食堂とは。
妖怪たちが現世へ渡らないための最終防波堤。
そして、この辺りには各種アミューズメントや娯楽施設が充実してるらしいのだが、そのどれもが妖怪の現世欲を満たす為とのこと。
なお、全部玉藻さんから聞いた事である。
にしても、
「最後の堤防が食事とはね……」
「あら? そないにおかしい事でもあらへんよ?」
「遊びの方が心惹かれますけどね」
「それは空坊が満たされとるからや。でもな? 妖怪たちの跋扈しとった時代は食うに困り、皆が飢えてた時代もあるんよ?」
「なるほど……」
「せやから、食が最後の砦になるっちゅうんは、なーんもおかしなことやあらへんで?」
言われてみたら確かに、か。
娯楽をするためには、それ以外が十分じゃないと回らないもんな。
……課金は家賃までとか、推し活は食事代からとか言ってる奴らもいるけど。
なんて話をしていたら。
「あの~」
入口が開き、店内を覗き込んでくる女性の顔。
「いらっしゃいませ。空いてますよ」
「よかった~。混んでたらどうしようかと」
中の様子を確認し、俺に促されるように入ってきたその女性は。
顔から下が……伸びていた。
ろくろ首。首が長い、ただそれだけが特徴の妖怪だが……。
カウンターの俺の正面。そこに陣取った顔を追って、走って来ているであろう身体を待つこと、五分。
――十分。
――ニ十分。
ようやく店内に入ってきたその身体に、
(いや長すぎぃっ!!)
と心の中でツッコミを入れつつ。
「どんな料理をご所望で?」
ろくろ首さんに、オーダーを尋ねるのだった。