ズシンと来るね
……ん?
いつも通りに朝――夜起きて、歯磨いて、風呂入って。
食事をとって、『せまきもん』に行ってみたら、もう既にお客さんが?
「正真正銘の遅刻やな」
とか玉藻さんに言われちゃったけど……セーフ。
まだ開店十五分前……というか、既にお客さんいるのどういう事?
普段は暖簾上げてなおしばらくしないと来ないのに……。
「まだニャ?」
「もうちょい待ってな」
ちなみに今はちゃんと暖簾を上げ、開店している事を表明中。
既にお客さんは入っているけど、申し訳ないが軽い清掃はさせて貰おう。
……んで、本日最初のお客様だけど……。
猫又。確定。
判断材料は言葉の語尾。
今日日語尾に~ニャとか付けるのは猫又か、あるいは猫を擬人化したキャラ、そしてvtuber位なもんでしょ。
まぁ、頭の上には猫耳が生えてるし、尻尾も覗いてる。
しかも尻尾は二本とくれば、これは猫又な訳ですよ。
「ふぅ、待たせたなぁ」
「本当ニャ、早くするニャ」
「言われてますよ玉藻さん」
「怒るで?」
嘘ですごめんなさい。
だからそんな般若みたいな顔で見ないでください。
「ほんで? 開店前に並ぶくらいに食べたい物があるんやろ? 何がいいん?」
今日最初のお客さんだし、軽い料理がいいなぁ。
猫まんまとか。……あ、鰹節ご飯とかどうです?
ふりかけご飯とかも美味しいですよ?
「でー--っかい魚が食べたいニャ!」
「だそうやで?」
……え? マグロ?
いやいや、流石にマグロとかないよね?
買って来てないよね?
「一応確認なんですけど、マグロとか買って来てませんよね?」
「確かにデカいんやけど……そもそも保存する場所、あらへんしなぁ」
「ですよね」
違った。……てことは何?
俺の中でデカい魚と言えばマグロなんだけど……。
あー……クジラか? んでもあれ哺乳類だしなぁ。
魚と呼ぶのかどうか……。
「マグロ……? そんな下魚、出されても食べニャいニャ」
……? マグロを下魚? いつの時代だ……。
今日でマグロと言えば泣く子も黙って俺も笑顔になる美味しいお魚ですが!?
「ニャが食べたいのは白身! それも大きい魚ニャ!!」
白身魚で身体が大きい奴か……。
まぁ、ぶっちゃけ、冷蔵庫には入ってるんだけどね?
というわけで本日の食材とご対面……。
――あー……分かっちゃったぁ……。
鱸、しかも体高高くていい個体だぁ……。
この鱸一匹をそのまま焼けばいいってわけでもないだろうし、となると……。
鱸を使って、有名な料理と言えばパイ包み焼き。
作っていくか……。
朝から(夜)から重たい料理来たなぁ……。
「その魚はなんニャ?」
「鱸ですよ」
「鱸は知ってるニャ。出世魚ニャ」
お、ご存じでしたか。
まぁ、これからどんどんご存じない魚へと変わっていくんですけどね。
「鱸は洗いが美味いわな」
「お、分かってるニャ! あの洗いはニャが食べてきたものの中で一番美味だったニャ」
……違う料理作ってる横で、洗いが美味しいって話するのやめて貰えます?
俺も同意しますけど。
というわけでまずは鱗を取り、ついでに鋭くて邪魔なヒレをハサミで落とす。
そしたら頭を落とし、お腹を割いて内臓を抜き。
背骨の所にへばりついてる浮袋も取り除いたら、水で流しながら綺麗に血合いを落としていく。
「見事な手際ニャ」
「内臓は……食べへん方が無難やろね」
「ですね」
本来は内臓も余すことなく食べられるんだけどね、鱸って。
獲れたてって程の鮮度感では無いし、少しでも不安があるものをお客様に提供なんて出来ないからね。
……あと、玉藻さんがどこで仕入れてきたか分かってないし。
怪しさ満点過ぎる。
「失敬な。ちゃんとした所で仕入れて来たで?」
「じゃあどこで仕入れたか教えてくださいよ」
「それは秘密や」
ほら、怪しい。
とか言ってる間に血合いを取り終えたので、しっかりと水気を切りまして。
まずは三枚におろしていく。
そしたら、骨の部分は置いといてっと。
腹骨を取り除き、血合い骨も取り除いて。
半分はこれで良し。
な訳ないんだよなぁ。このままだとぶ厚過ぎるから三枚……いや、四枚になるよう薄くスライス。
この時、半身の形を保つようになるべく真横にスライスするよう努力……。
よし、スライスできた。多少曲がったのはご愛敬。こいつには塩を軽く振りかけて放置。
じゃあ、もう半分も同じように骨を抜いて、ついでに皮を引いていくぞ~。
「猫又さん、エビは大丈夫です?」
「大好物ニャ!」
良かった良かった。この後使うからね。
さてさて、皮を引いてぶつ切りにした鱸の身を、冷蔵庫にあった大量の剥きエビと共にフードプロセッサーに入れてミンチ状に。
「そ、そんな事をするのかニャ!?」
「必要な工程ですね」
驚いている猫又さんを余所に、ミンチ状になったエビと鱸の身に卵白、生クリーム、塩と入れてもう一度フードプロセッサー。
滑らかになるまで回しましたら、これを絞り袋に入れまして。
「お、ちゃんと冷やされてる」
「当たり前やろ」
しっかり冷えてたパイシートの上に、まずは骨だけ取った鱸の半身を、表面に浮き出てきた水分をしっかり拭いて乗せますと。
一番下は当然皮と一緒の部分ね。
そしたら、そこに先程作った鱸とエビのムースを絞り、薄く全体に伸ばしまして。
その上にまたスライスした鱸の身、んでまたムースとミルフィーユ状に組み上げまして。
最後に、卵黄と少量の水で作った卵液をパイ生地の端にはけで塗り、上からもう一枚パイシートを被せまして。
しっかり、密着させて空気が入らないように注意。
空気が入っちゃうと、焼いた時に破けちゃったりするからね。
最後にフォークの先を押し付けて接着し……ようやく完成。
あとはコイツをオーブンで焼くだけ!




