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セピア色の……

「ふぅむ、感じるのは柑橘系の香りか」

「ええ味やで?」


 以津真天さん、ポン酢をかける前に少量だけで味を見てるな。

 で、玉藻さんは味を知ってるからそんな事をせずにかけていると。


「合いはするだろう」


 味見を終えた以津真天さんはそのまま控えめな量をコロッケにかけまして。

 ガブリ、と。


「ほ~……中の具の味と非常に合う」

「せやろ?」


 一口食べ、ご飯を掻っ込む以津真天さんは、その後すまし汁をすすり。

 またコロッケをかじり、ご飯を掻っ込む。

 まぁ、ポン酢炒めとかあるし、ご飯には合うよね。

 なんだったら、ポン酢の照り焼きとかすら出来るし。


「この刻まれた野菜も実に美味い」

「揚げ物の後やと口の中がサッパリするやろ?」

「うむ。そのおかげで油の感じを消すことが出来る」


 とんかつとかにさ、キャベツの千切りが盛られてるじゃん? 大体。

 あれって結局、カツの油っぽさを打ち消してくれるからなんだけどさ。

 コロッケにだってあってしかるべきだと思うわけ。

 まぁ、そうじゃなくても見栄え的に盛り付けてた方が美味しそうに見えるって言うのもあるんだけど。


「ふぅ。満足満足。精進料理であるのに儂の食べたことのない料理、見事であった」

「隠居したら肉でも食いに来や」

「ほっほっほ。まだまだ隠居なんぞせんがな」


 で、元気にコロッケ二個と茶碗一杯のご飯。

 すまし汁を飲み干した以津真天さんは、ゆっくりと立ち上がり。

 満足そうに高笑いしながら店を出ていった。

 最初に店に来た時には隠居するとか言ってた癖に、食べ終わったらまだまだ隠居しないだってさ。

 言ってることが全然違うでやんの。


「昇?」

「なんでしょう?」

「……肉、焼いてくれへん?」

「どの肉を?」


 しっかりと以津真天さんの姿が見えなくなるのを待ってから、玉藻さんがおねだりをしてきた。

 やっぱこう、自分でそうだと決めてる人は大丈夫だけど、普段から肉食ってる人にとって精進料理って結構きついよね。

 日本料理とかなら全然精進料理も苦にはならないんだろうけど、俺が出したのコロッケだしな。

 ひき肉あってこそだとやっぱり俺も思うよ? 出しといて言うのもなんだけど。


「ソーセージあったやろ? ソレ焼いてや」


 で、玉藻さんのオーダーはソーセージっと。

 日本で一番有名な袋売りのソーセージっすね。


「ちなみに俺のおすすめはボイルですけど?」

「焼きや」

「あ、はい」


 美味しいのにね、茹でたソーセージ。

 正直焼くよりも茹でる方が好きなんだけど……。


「付け合わせはマヨネーズに一味唐辛子や」

「はいはい」


 ちなみに、お客さんが居ないのにこうして玉藻さんのオーダーを取るってのもどうかとは思うんだけどさ。

 以前にその事指摘したら、


「うちも客やで」


 とか言われた。

 で、逆らわない方がいいんだろうなって事で、こうして大人しく従うようになったってわけ。

 店のオーナーには逆らえない。これ、従業員の辛い所ね。


「はぁ……やっぱり肉食ってなんぼやな!」


 皮が破ける寸前まで焼いたソーセージに、たっぷりと一味マヨを付け。

 パリッ! といういい音を立ててソーセージを食べる玉藻さんは満面の笑み。

 ――美味そうに食べやがるなちくしょう……。

 今日の晩酌はソーセージにしてやる……。

 と、俺が固く決意を決めると、


「ごめんください……」


 小さな声で、遠慮気味に。

 お店の扉を開く存在が一つ。


「いらっしゃいませ」


 と俺が声をかけると、


「ひゃいっ!!」


 と言って扉から出ていってしまう。

 ……なにあれ?


「怖く無いから入って来ぃや」

「は……はひ……」


 玉藻さんの言葉にまた戻ってきたその存在は、物凄くおどおどというか、びくびくというか。

 身体を縮こまらせながら、ゆっくりゆっくりカウンターに寄って来て。


「ほい、座り」

「あ、ありがとうございます」

「ほいで? どんな料理を注文するんや?」


 促されるままに着席し、何度か深呼吸をした後。

 意を決したように、


「わ、私でも笑われずに食べられる料理をください!!」


 と、真っ黒な歯を見せながら注文するのだった。



 お歯黒べったり。

 綺麗な着物と、角隠し。

 顔に目や鼻は無く、口だけが存在し。

 その口からは、黒く塗られた歯が見え隠れする。

 日本の歴史において、お歯黒とは既婚者の証。

 であるのにもかかわらず、綺麗な着物や角隠しを身に着けている事から、結婚に憧れるも果たせなかった女の無念から出来る妖怪……とされているらしい。

 最初見た時はのっぺらぼうかと思ったけど、違ったか。


「笑われるって、笑う奴なんざおらへんやろ?」

「いえ、友達から歯に海苔が付いているとからかわれてて……」


 それは言う奴が悪いのでは?

 正直、感心するユーモアセンスではあると思うけど。


「ほんならその友達も呼んだらええやん」

「え? いや、でもまた笑われたら……」

「ええからええから、絶対に笑わせへんから呼んで来や」


 そう言って、やや強引にその友達を呼びに行かせる玉藻さん。

 ……そして、


「昇、分かっとるな?」

「何がです?」

「出す料理に決まっとるやろ」


 なんて声をかけてくる。

 当然でしょうに。

 お歯黒べったりさんが笑われず、知らないような料理。

 というか、冷蔵庫の中見たら答え合わせ簡単すぎますって。


「アロネルディセッピアを作ればいいんでしょう?」

「……なんて?」


 イタリア語が通じなかった。

 いや、俺の発音の問題かもしれない……。


「イカ墨パスタですよ」

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