坊や、よいこだ
ジャクッ!! という揚げ物の衣が水分を少し吸ったような、湿った音を立て。
唐笠お化けさんは、大きく油淋鶏にかぶりつき。
その隣で、玉藻さんが小さく油淋鶏を咀嚼。
「むほ~!! 確かに外側はそこまで固くなく、かといって柔らかいかと言われたらそうでもない! 肉の旨味と肉汁を逃がさんよう、最低限の固さの様だぞ!!」
という最初の一口の感想の後、白米を掻っ込み。
「この酸い汁が米にもよく合う!!」
口の中で起きる、タレと米のマリアージュに感動。
そのまま、二口目へ。
「汁に混ぜられた野菜たちの刺激が、肉の味も白米の美味さも一層引き出させとるわ!!」
「もも肉がジューシィやねぇ」
隣で唐笠お化けさんがガツガツと勢いよく食べてるけど、玉藻さんは相変わらずマイペースなんだよなぁ。
「飲み込んだ後に飲む水が美味い!」
「分かるわぁ」
と思いきや水を飲むためにコップを取るタイミングは一緒だし、飲む速度や飲み終わってコップを置くタイミングも一緒なんだよな。
妙なシンクロは何やねん。
「鶏肉がこんなに柔らかいものだとは……」
「若鳥やからなぁ。唐笠の頃は、若い頃に締めて食べるっちゅーことはほとんどせんかったやろ?」
「そりゃあ、若い内は卵を産ませたりするからな。肉にして食うのはもちろん老いてからだ」
「年を重ねると出汁はええのが取れるんやけどな。肉は固くなってまうんよ」
「そうなのか……」
まぁ、そう聞くね。
よく聞く若鳥ってのはそもそも飼育日数が五十日前後のブロイラーって言われてる。
んでまぁ、このブロイラーって品種も唐笠お化けさんの時代には居なかったでしょ。
品種と言っても雑種らしいけどね。
一般的な鶏が食用になるまでに八十日かかると言われているのに対し、ブロイラーは前述の通り五十日とかで食用になる。
だから、今の日本で食べられる鶏肉のほとんどはブロイラーなわけだけど……。
「それにしても、鶏肉がこんなに癖も無く、柔らかいとは……」
まぁ、雉とかと比べたら癖はないよ。
雉肉もそこまで癖が強い肉じゃあないらしいけど。
「噛むとしっかり歯を受け止める弾力と噛み心地。そこから溢れる肉汁。それらが野菜のたっぷり入った汁と合わさって口の中に美味いの洪水を発生させる」
「そこに掻っ込む白米よな。肉は白米に合うわ」
「まさしく! 白米を掻っ込み口の中の美味いとともに飲み込み、香の物とみそ汁で口の中を整える。そうすることで何度でも変わらぬ美味さを体験できる!!」
かなり気に入ったようだね。
カラッとした料理とか言われてちょっと考えたけど、油淋鶏、正解だったみたいだね。
「白米のお代わりを貰えるか?」
「あ、はい」
というわけで唐笠お化けさんからお茶碗を受け取り、ご飯をよそい……。
ん? まだ一切れしか食べてないよな?
あと四切れあるよね? 油淋鶏。
……まだお代わりしそうか?
「これくらいでいいです? もっと盛ります?」
「山盛りにしてくれ」
「分かりました」
そう言われたらこうするしかねぇべ、という事で漫画盛り。
もっと言うなら日本昔話盛り。流石に完全再現とまではいかなくても、かなり近いビジュアルになった。
ちなみに俺の元にこの盛りをしたご飯が運ばれてきたら諦める。
そして、そっと持ち帰り用の容器が貰えないか尋ねるね。
「どうぞ」
「ありがたい」
と、両手でお茶碗を受け取った唐笠お化けさんは、ここから凄い勢いで油淋鶏と白米を交互に食べ進め。
時には漬物、味噌汁で白米を減らし、ついには……。
「ふぅ。米も美味かったなぁ」
完食ですよ。
どこに入るんだよマジで。
人間だったらお腹が膨れるとか変化があるんだろうけど、妖怪さん達はほぼ見た目が変化しないんだよな。
唐笠お化けさんも……何と言うか、ちょっと太くなりました?
変化してるじゃん……。
「ごっそさん!」
「注文に沿う料理でしたか?」
「おう! 外は雨でも、俺の心はカラッと快晴よ!!」
ちょっと何言ってるか分からない。
まぁでも、揚げ物だし、タレは酸味強めで、ネギの風味や鷹の爪が効いてたし。
食べていてスッキリする料理ではある……はず。
「いい気分だ、また来らぁ!」
そう言って唐笠お化けさんが店の扉を開けば、外はすっかり雨も上がり。
「へへ、丁度いいや」
なんて言いながら、元気に行ってしまいましたとさ。
……ところで、玉藻さんはなんで油淋鶏を二切れ残して俺の方を見てるんです?
あ、お代わりですか?
「ちゃう。ハイボール作っておくんなし」
「……仕事中ですよ?」
「そらあんただけや。ええから、はよ作り」
……というわけでハイボールを作ることになりました。
ジョッキに氷をたっぷり入れ、ここにウイスキーを静かに注ぎ。
「ストップ」
玉藻さんの望む量注いだら、先にレモン。
皮を下にして絞り、絞ったレモンもグラスの中へ。
そして、炭酸強めのソーダを静かに注いで、下から上にゆっくり二回かき混ぜて完成。
……美味そうだなぁ。絶対に油淋鶏に合うじゃん。
「だから作らせたんやんか」
という玉藻さんの意地悪な言葉を聞き。
美味しそうに油淋鶏にかぶりつき、ハイボールを流し込む姿を眺めつつ。
「かー-っ!! やっぱこれやわ!!」
殺人的な光景を目の前で見せつけられながら。
早く次のお客さん来ないかなぁ、と静かに祈るのだった。