初っ端から……
ふぁ~あ。
すっかり昼夜逆転の生活にも慣れてしまったなぁ。
とはいえ、寝起きは眠いし働いている深夜ですら眠い。
――っ!?
もしかして……夜って眠い?
なんて事だ、世紀の大発見だぞ!!
……バカ言ってないで準備しよ。
歯磨いて、風呂入って、ゆっくり朝食。
なお、時刻は21時なもよう。
ちなみに朝ご飯はヨーグルトとシリアル。
あとコーヒー。
だって、玉藻さんがそれしか買って来てくれないからね。
生憎周囲にはスーパーとか無いし、そもそも人間界じゃあ無さそうだし。
じゃああの妖狐、どこで食材調達してるんだ?
……人間界か。そりゃあそうか。
「ん、時間か」
寝起きのぼんやりした頭を、風呂やら朝食やらでゆっくりと叩き起こしたあとは、まったりとコーヒーブレイク。
時間になったら食堂へと向かい、開店作業。
さてさて、今日はどんなお客さんが来るのやら。
*
「ちと遅刻やで」
「いつもどおりですけど?」
お店に向かうと既に待機済みの玉藻さん。
俺、玉藻さんより早く来たこと一回も無いんだよなぁ。
「三秒の遅刻や」
「誤差ですね」
なんてやり取りをしつつ、店内の清掃。
暖簾を上げ、最初のお客さんの入りを待つ――が。
「まぁ、基本暇なんですよね」
「ええ事やんか。妖怪は人間界に行かん方がええ」
「ですねー」
なんて会話をしていたら。
「ん、来たで」
最初のお客さんが登場……するらしい。
はてさて、どちら様でしょう……と待っていると。
「あかんっ!!」
瞬間、声を上げた玉藻さんの姿が掻き消え。
疾風と残像を残し、出入り口へ。
そして、
「なんぼあんたらでもそれはあかんわ」
と言って引き戸を開けてあげる玉藻さん。
……何があったので?
「はよ入りや」
玉藻さんに促され、入ってきたのは。
……背中に草刈り鎌を背負ったイタチ。
それも三匹。
ははーん、さてはかまいたちだな?
俺はそこまで詳しくないんだ。
「スイマセン、どうしていいか分からず……」
「だとしても斬って入ってくるのは違うと分かるやろ……」
「だから言ったじゃないのあなた。声をかけて中から開けてもらいましょうって」
「……まだー?」
このかまいたち、多分親子だな。
ちなみに草刈り鎌を背負ったイタチは一匹だけで、もう一匹はトラバサミみたいなもの背負ってるし、一番小さいイタチはツボを背負ってる。
……なんで? かまいたちって切るだけの妖怪では?
「かまいたちは三位一体。一匹がこかし、一匹が切って、一匹が出血を無くす。その連携で初めてかまいたちなんや」
「あ、そうなんですか」
「です! うちの主人は凄いんですよ! もう私が転ばせた相手をそれはもうズタボロにしてしまうんですから!!」
「よせやい! 大体、お前が上手く転ばせてくれなきゃ俺もあそこまで切り刻めねぇさ」
「もうあんたったら!」
なんかイチャ付き始めたんだけど……。
外でやって貰えます?
「ほんで? 今日ここに来たわけは?」
「忘れる所だった。実は息子がな」
玉藻さんナイス。
んで、お父さんかまいたちは一番小さなかまいたちの方を向くと……。
「物が切られるのを見飽きたから、中々切れないものが見たい、と言い出して……」
「色々試してみたんですけど、なにせ主人、なんでも切ってしまうので……」
「そりゃあ俺たちは鎌が命だからな!」
「ふふ、私の自慢の主人です」
あの、余所で。
「要するに、切れない食べ物が食べたいんやね?」
ほら、玉藻さん諦めて直接子供に聞き始めちゃったよ。
「うん! ここなら見つかるだろうって父ちゃんが!」
「だ、そうや、昇。もちろん、あるやろ?」
「……一応作っては見ますけど――」
正直自信ないぞ?
切れない料理ってなんだよ。
真っ先に思いついたのは蕎麦なんだけど。
ほら、年越しに蕎麦を食べるのは細く長く生きられるように、とか言うし。
でも材料が見当たらないんだよなぁ。
果たして玉藻さんは何を想定して……うん?
もしかして……これか?
「玉藻さん」
「なんや?」
「もし、窯焼きしたみたいに焼いてくれってお願いしたら、出来ます?」
「うちを誰やと思うとるん? お安い御用やわ」
「それ聞いて確信しました。ピザを作れ、と」
「ふふ、子供が喜ぶもんやろ? はよ作ったり」
と言われたので作りますか、ピザ。
まずは生地を作らなきゃ。
ボウルに小麦粉と水、そして少々の塩を入れたらよく捏ねて。
球状にして、ラップをかけて冷蔵庫で寝かす。
その間に材料の準備。
「食べられないものとかありますか?」
「好き嫌いしたら父ちゃんみたいになれないからしない」
なんてえらい子なんだ。
じゃあ遠慮なくピーマンも乗せちゃお。
へたを押し込み種を取り。
中をしっかり洗って輪切りにし。
玉ねぎは皮を剥いて可能な限りスライス。
……よりによってベーコンはブロックの買って来てるんだけど。
厚過ぎると火が通らないので、程よい熱さに切り出して。
サラミもあるな、薄切りして乗っけよう。
「あの包丁とあなたの鎌、どちらが切れるかしら」
「ばっきゃろい! 俺のに決まってるだろ!!」
勝手にイチャイチャしていろください。
ピザ生地はもうそろそろいいかな。
冷蔵庫から取り出して、打ち子をして綿棒で伸ばす。
……生地はあまり薄くし過ぎないもっちりタイプにしよう。
伸ばし終えたらピザソースを薄く塗り、先程切った材料を乗せまして、最後にチーズ!
中々切れないようにとの事なので、もうたぁー--っぷり乗せましたわ。
後は香りつけにパセリを軽くふりかけ、焼いてもらうだけ。
「じゃあ玉藻さん、窯焼きお願いします」
「あいよ、任せとき」
さてさて、どれだけ伸びてくれますかね。