よりにもよって……
「俺たちは地獄で獄卒の頭を張らせてもらってるんだけどよ」
「獄卒をしていると亡者共とも会話をする機会がたまにあるんだが……」
「亡者の話で、牛を食ったって話と」
「馬を食ったって話が出て来てな」
「どっちが美味いかって話になったんだが……」
「俺たちは両方を食ってねぇから結論が出ねぇ」
「もちろん、同族を食いたいとは思わねぇが、せめて相手の味くらいは知っときたいと思ってよ」
「この店に来たわけだ」
……うん。
とりあえず一つだけツッコんでいい?
獄卒って妖怪の括りに入れていいの?
玉藻さん? そこんところどう?
「はぁ……男がそんな細かい事気にしなさんなや」
細かいかなぁ?
獄卒と妖怪の違い、化け物って大枠では同じでも、結構違うと思うんだけど。
こう、ビールと発泡酒的な?
「ほんで? 注文は?」
あ、無視ですかそうですか。
まぁ、ここに来てるって事は妖怪の括りに入ってるって事なんだろうけども。
「もちろん、牛と馬とを素材にした料理だ」
「ただ、出来る限り同じように調理してもらいたい」
「でも、食べ比べ出来るんはうちだけやろ? 同種は食わへんのやし」
「別の調理法で作られて、その調理法の差で負けたくねぇ」
「勝負は出来るだけ公平に、だ」
と、牛頭さんも馬頭さんも鼻息荒くまくしたてられておりまして。
冷蔵庫を見たら……というか、ずっと気になっていたんだよ。
今日料理するために冷蔵庫開ける度にさ。
滅茶苦茶綺麗な赤身肉が二塊、冷蔵庫に転がってるの。
「熟成は完璧。生でもいけるんはうちが保証したるわ」
「もしかして綺麗な赤身なのって……」
「食えへんところはちゃんと処分したわ」
なんて玉藻さんが口にした瞬間、牛頭さんも馬頭さんもギロリと玉藻さんを睨んだけども。
本人、どこ吹く風でお茶すすってるんだよなぁ。
まぁいいや。生でいける熟成肉、調理していきますか。
「おお!」
「それが俺たちの肉か!?」
あの、覗き込んで俺たちの肉とか言うのやめてもろて。
笑えんて、全然。
気を取り直し、肉を切り出し、包丁二本でまずは粗く叩いていく。
で、粗くみじん切りに出来たら、ここからは香辛料のターン。
まず肉に塩とブラックペッパー。ここで僕はオリーブオイル。
そしたら、この肉に合わす薬味を刻んでいく。
まずは玉ねぎ、そしてネギ。ニンニクに……ピクルス。
これらを肉以上に細かくなるようにみじん切りっと。
「ちなみに、なんて料理を作ってるんだ?」
「タルタルステーキって料理です」
「たるたる――」
「すてぇき?」
聞いても分からないなら聞かないでもろて。
んでも俺だって海外料理とかは料理名聞いちゃうかも。
名前聞いても分からないとしても、ね。
「まぁ、本来のステーキと違うて、火は通さへんけどな」
「しかも生!?」
「大丈夫なのか!?」
「ダメなものは出しませんよ」
そりゃあ心配されるか、生肉。
でも、玉藻さんからのお墨付きは貰ってるし、気にせず進行。
薬味をみじん切りにし終わったら、先程粗くみじん切りにした肉と合わせていく。
……ちょっと薬味足すか。
牛肉の方にはケッパーを、馬肉の方には生姜をそれぞれ刻んで投入。
丁寧に混ぜ合わせ、終わったらお皿に盛りつけていく。
盛り付け終わったら中央を窪ませまして。
そこに卵黄を一個、カラザを取って落として完成。
……な訳ないじゃん。
タルタルステーキなんてそれ単品でほとんど食べないでしょ。
というわけでライ麦パンをスライス。これに乗せて食べてねっと。
「あ、昇」
「はい?」
「マスタードを皿の縁に乗せといてや」
「はいはい」
玉藻さんから要望があったので、粒マスタードをお皿の縁に乗せてっと。
完成、牛肉と馬肉のタルタルステーキ!
牛頭さんには馬肉のを、馬頭さんには牛肉のを。
玉藻さんには両方を提供し。
「玉藻さん、冷蔵庫にあったアレも出します?」
「当たり前やろ。この料理に合わすために買うて来たんやから」
玉藻さんに確認を取り、取り出したるは……瓶ビール。
あと、もちろんキンッキンに冷えたビールグラスね。
「二人も、仕事は終わったんやろ?」
「ん? ああ、もう後は帰るだけだが」
「それがなんだ?」
「酒が無理っちゅーことは無いやろ? ホレ」
と、俺が差し出したグラスを持てと玉藻さんがビール瓶を振り。
「お、おう」
気圧されるように、玉藻さんにグラスを突き出して。
「今日もご苦労さん」
労いながら、グラスにビールを注いでいく。
綺麗な2:8の泡との比率を作り出し、
「ほな、まずは乾杯やね」
と、グラスを三つ乾杯させ。
「んぐっ! ぐっ! ぐっ!!」
豪快にグラスを傾け、コップを空に。
それを真似した牛頭さんと馬頭さんは……。
「んぐっ……んぶ!?」
「な、な、なんだ!? この刺激は!!?」
初めてらしい炭酸の刺激に戸惑っていたが。
「驚いてちょっとしか飲めなかったが、この酒うめぇな」
「喉を通る感じがいい」
本の一口の喉越しで、ビールを美味いものだと認識したらしく。
二回目に口を付けた時には、炭酸も気にせずに今度こそグラスを空にしていた。
「ちと苦ぇが、料理に合わせるにゃあ丁度いいかもな」
「普段飲んでる酒もうめぇんだけどな。どうしても甘さが邪魔する時があらぁ」
お気に召したようだ。
ビールのあの苦みが無理って人もいるから、玉藻さんが勧めた時はどうなるかと思ったけど。
玉藻さんにまた注いでもらい、今度は目の前のタルタルステーキを真っすぐ見つめ。
「牛頭、せーので行くぞ」
「馬頭、分かった、せーの、だな」
「「せーの!」」
と、仲良し丸出しのやり取りをしつつ。
二人は、タルタルステーキをちょびっとだけ掴み、口へと運んだ。
お箸で、器用に。