表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拾い物は王子さま  作者: 藤咲慈雨
出会い編
7/52

6.変態注意


 聞こえた声に背後を振り返れば、さっきまで街角に立っていた男の人が目を見開いてこっちを見ていた。意外に近い距離に、レティシアは驚く。

 男の人の視線はアッシュに向けられている。それがあまりにも間抜け面だったので、レティシアはつい笑ってしまった。


「レティシア?」

「や、ちょっと…」


 急に笑い出したレティシアにアッシュが怪訝そうな顔をする。レティシアは首を振ってなんでもない、と言った。

 だってあまりにも馬鹿面だったんだもの。信じられないって顔をしてた。


「……ん?」


 待てよ。なんかおかしくないか?

 レティシアはもう一度男の人を見た。その視線は相変わらずアッシュに向けられたままで。食い入るようにアッシュを見ている。


 これは、つまり。


「アッシュの知り合い?」


 レティシアの呟きが聞こえたらしいアッシュは、目を見開いて目の前の男を見る。だけどその顔はすぐにしかめられた。どうやら覚えはないらしい。

 それもそうか。記憶ないんだし。

 男の人はアッシュを食い入るように見た後、力を失ったようにがっくりと膝をついた。その様子にレティシアもアッシュもぎょっとなる。


「こんなことがあるのか……!」


 まるでこの世の終わりとでも言うような雰囲気。あまりの落ち込みように、レティシアはどうしたらいいのか分からず、おろおろとアッシュの顔を見た。

 アッシュは男を凝視していた。何か引っかかっているのに、それが分からない。そんな顔で。

 男の人は嘆きの底から帰ってくると、いきなりアッシュの手を掴んだ。その勢いにアッシュが思わず一歩下がる。


「とにかく俺と来てください!」


 そう言って有無を言わさずアッシュを抱えようとした。当然アッシュは抵抗するが、体格の違いからか、まったく歯が立たなかった。

 なんで軍人がアッシュを連れて行こうとするのだろう。どう考えても関わりがなさそうなのに。

 レティシアは目の前の珍しい光景を呆然と見ていた。というか、どうすれば分からなかったのだ。

 アッシュは必死に抵抗している。男の人はなんとかアッシュを連れて行こうとしている。

 レティシアが悩んだのは数秒だった。

 目測で三歩。奴はあたしの存在に気がついていない。レティシアは決意を固めると、一気に地面を蹴った。三歩でアッシュを捕まえる男に近づくと、思いっきり右足を振り上げた。


「ぐっ…!?」


 右足は左のひざ裏に入った。膝を崩した男の首筋に手刀を打つ。うずくまる男の人からアッシュの手を奪取すると、レティシアは走り出した。


「急いで! 追いかけてくると思うから!」


 必死に足を動かしながら、レティシアは背後を何度も確認する。幸い、男の人は追いかけてこなかった。二人はひとしきり走った後、物陰に身を隠す。レティシアは思ったよりうまくいった事に、ホッとした。

 アッシュは息を整えながら、目を丸くしてレティシアを見上げる。その理由が手に取るように分かるレティシアは、小さく苦笑した。


「護身術をちょっと習ってたのよ」

「護身術…」


 それにしては攻撃力があったような…。アッシュは何か言いたげにレティシアを見たが、レティシアは気づかないふりをした。

 背後の様子を確認するレティシアの後ろで、アッシュは自分の手を見下ろす。朝よりも節くれだった自分の手。明らかに子供の手とは違うそれに、アッシュはわずかに顔をしかめた。

 レティシアには分からないと言ったが、アッシュには少なからず心当たりがある。レティシアが居なかったあの日。勝手に蝋燭に火がついた日から、アッシュの中で何かが変わったのだ。

 ――夢を見る。自分も覚えていない、過去の思い出を。

 情景はばらばらで、統一性がないそれは、アッシュにはひどく奇妙なものに思えた。それでも確実なのは、それらが自分の失った記憶のかけらであること。

 そして少しずつ、アッシュは自分の過去を思い出し始めていた。


「アッシュ?」


 自分の手を見たまま固まるアッシュに、レティシアは不思議そうな顔をする。アッシュは小さく首を振っただけで、何も言わなかった。――言えなかった。

 やがて複数の足音が聞こえてくる。思わずレティシアの顔が歪んだ。


(しつこいな…)


 軍人のくせにこんなところで油を売っているんじゃない、と文句を言いたくなる。レティシアは近づく足音を聞いて、呼吸を整えた。

 亡き母は「先手必勝。迷ったら負けよ。一撃必殺を心がけなさい」と言っていた。レティシアは覚悟を決める。アッシュは目の据わったレティシアを見て、慌てて彼女の肩を掴んで引き止めた。


「何するつもりだ?」

「何って…ちょっとあいつらをりに?」


 ……何をするつもりなんだ。

 さわやかに笑うレティシアに、アッシュは肩を掴んだ手に力を込めた。そのままレティシアの体を壁に押し付ける。いきなりの事態にレティシアは文字通り固まった。


「ちょっ…!」

「黙って」


 アッシュが覆いかぶさるように、レティシアに体を寄せてくる。あまりの密着度に、レティシアの鼓動が速くなった。

 だんだんと近づいてくる足音。アッシュはよりいっそう、レティシアに体を近づけた。

 アッシュの吐息がレティシアの耳をくすぐる。ちょっと前まで子供だったアッシュの体は、今では青年と少年の間くらいまで成長していた。レティシアは今までにない異性との近い距離に、頭の中が爆発しそうだった。相手はアッシュなのに。

 足音は二人のすぐそばで止まった。アッシュの肩がわずかに跳ねる。


「どこに行った?」

「分かりません。見失いました…」

「まだ遠くには行ってないはずだ。必ず探し出せ」


 男の言葉に、応じる気配が複数。それらはすぐに路地のあちこちに散らばった。やがてレティシアたちが隠れていた物陰から、気配が遠ざかっていく。アッシュは十分に気配が遠くなるのを感じて、レティシアの前から退いた。

 アッシュが離れた瞬間、レティシアはアッシュの体を突き飛ばす。いきなりの衝撃に、アッシュは尻もちをついた。アッシュが半眼でレティシアをにらむ。


「……おい、」

「ご、ごめん!」


 謝りながらも、レティシアの視線はアッシュと交わらない。そのことにアッシュは渋面になったが、何も言わずに立ち上がった。

 びっくりした。アッシュがまるで知らない人みたいで。……いや、知らない人なんだけど。

 昨日までそばに居たアッシュとは違うように感じた。

 

 まるで大人の男の人のような――…。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ