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拾い物は王子さま  作者: 藤咲慈雨
王都編
48/52

47.舞踏会のお姫様


 レティシアは居心地が非常に悪く、早くお城に着かないかな、とすら思っていた。


「あの……エルバート?」

「なに?」

「えっと……」


 レティシアは困っていた。なぜなら向かいに座るエルバートがレティシアのことを凝視しているからである。しかもその視線は変なものを見るようなものではなく、何かを含んだような熱っぽい視線で、それだけでレティシアはどうしたらいいのか分からなくなった。

 エルバートは唐突に自覚した想いそのままにレティシアを見ていた。恥じらったような座っている姿すら可愛らしくて仕方がないのだから、恋とは不思議なものである。


「舞踏会ではそばから離れるなよ」

「え? そのつもりだけど……」

「今日のレティシアは綺麗だからな。変なのに掴まったら何をするか分からない」


 真剣に言葉を重ねるエルバートにレティシアは口をあんぐりと開けた。

 この男は誰だろうか。今から会場に現れるであろう男性に注意しろ、と口を酸っぱくして言うエルバートをぼんやりと見る。

 ……エルバートも舞踏会に緊張しているのかな。うん。そういうことにしておこう。考えるのがいやになったレティシアは自分にそう言い聞かせ、納得することにした。

 馬車はゆっくりと石畳を走っていく。道の奥にそびえ立つのは大きな王城。これからあそこに入っていくのだ。


「うぅ……。緊張してきた」


 窓枠にしがみつき、泣きそうな声で弱音を吐くレティシアを見て、エルバートは目元を和ませる。安心させるように優しく手を掴んだ。


「大丈夫。そばにいる」


 エルバートの体温がレティシアをホッとさせた。こうして見ると、エルバートはどこからどう見ても貴公子だった。

 輝く金髪に灰がかった紫の瞳。笑った顔は冗談ではなく輝いて見えた。今日は舞踏会のために正装している。その姿はまさに王子様で、レティシアはついついその姿に目を奪われてしまった。

 きっとこんな人たちがたくさんいるのだろうなぁ。その中に王子様みたいなエルバートに伴われて一緒に入るのだ。

 その様子を考えた時、レティシアは口の中が酸っぱくなるような気がした。またもや帰りたくなる。


「今日は祝賀会だ。堅苦しいこともないし、そんなに緊張することない」

「そんなこと言われてもね……。想像もできないような場所に行くんだもの」

「行ってもつまんないだけだと思うけどな……」


 エルバートは舞踏会で起こるであろう数々のことを思い出して苦い顔をする。

 かつてまだ王族だったころ。正式な婚約者が存在しなかったエルバートは、貴族のご令嬢にとって結婚相手の最優良物件だった。

 セルヴィン国は他国でも珍しく、恋愛結婚を推奨している国であった。特に現国王は舞踏会で王妃を見染め、猛烈なアピールで口説き落としている。したがって子供たちにも好きな相手と結婚するように話して聞かせていた。

 それを知っている貴族のご令嬢やその親たちは積極的にエルバートにアピールした。舞踏会やお茶会、観劇鑑賞会、それこそありとあらゆる場面で。

 当時のエルバートは失礼にならない程度に彼女たちの相手をした。舞踏会のパートナーを務めたこともあったし、社交の場でエスコートもした。

しかし、決して期待を持たせるようなことはしなかった。親しく出かけることはあっても、それ以上のことは生まれなかった。親しくする相手もエルバートの持つ地位に目をくらませている相手は選ばなかった。

 友人として付き合える人を選び、変に期待せず、お互いに冷めた意識の中でのやり取り。当時のエルバートはそれを相手に望んでいた。それに応えてくれる人だけを選び、そして彼女たちにも決して心を許したりはしなかった。

 当時のエルバートは王太子に近い地位にいた。そのことが常に頭の中にあり、付き合う女性は慎重に選んでいた。


「エルバート?」


 黙り込んだエルバートをレティシアが不思議そうに見つめる。その姿を見てエルバートは首を振ってほほ笑んだ。

 王族の地位を返上しても、貴族の女性たちは未だにエルバートを結婚相手として見ている。だから華やかな場に出ればエルバートはすぐに女性に囲まれてしまっていた。

 エルバートは王族の地位を返上してからは特定の女性と親しくするのを避けていた。それが今回は女性を伴って参加する。


「……これはもめるかな?」

「え? 何が? どういうこと?」


 不思議そうに見上げるレティシアに笑いかけ、エルバートは小さく息をもらすのだった。




*   *   *




 二人の乗った馬車が王城の正面に着いた時、すでに招待客のほとんどが到着していた。

 馬車は順番に王城の大扉の前で招待客を降ろしている。やがてレティシアたちの乗った馬車が大扉の前に到着した。

 外側から御者が扉を開ける。最初にエルバートが降りた。エルバートが馬車の外に姿を現した瞬間、周りの空気が張り詰める。

 いつもならばそのまま王城の中へと姿を消すのに、今日に限ってはその場に留まり、馬車に向かって手を伸ばす。まるで誰かの手が差し出されるのを待つように。

 やがてほっそりとした腕が馬車の奥から現れる。その腕をエルバートがしっかりと支えた。


「足元に気をつけて。裾を踏まないように」

「……そんなに鈍臭くないわ」


 からかうようなエルバートの言葉に、咎めるような声が響く。そして馬車の中からレティシアが姿を表した瞬間、その場の全員が息を呑んだ。

 エルバートはレティシアの腕を支え、しっかりとエスコートする。それを受けるレティシアも全幅の信頼を彼に寄せていることが伺えた。

 深紫のドレスが風になびく。繊細でどことなく儚い雰囲気の姿に、その場にいる誰もがレティシアに注目した。

 少女のような女性のような。あどけなさと妖艶さがレティシアの雰囲気を近寄りがたいものにさせていた。


「優越感と焦燥感を同時に感じるとはな……」

「え? なに?」


 エスコートしながらも感じる視線の多さに、エルバートは渋い顔をする。招待客が二人に注目

する理由。それはエルバートが珍しく女性を同伴しているからだろう。

 しかし最大の理由は、エルバートの隣を歩いているレティシアにあるだろう。

 突如現れた少女。しかも見知らぬ少女である。それを連れているのがあのエルバートだということが、この場をより一層、混乱に陥れていた。

 無数の視線を体に感じながら、二人は招待客リストを確認する役人に近づいた。


「ようこそ、閣下。今日の舞踏会は盛大ですよ」

「王妃が張り切ったんだろう。今日のこと、楽しみにしてたからな」

「そうですね。それで、そちらのお嬢さまは?」

「レティシアだ。私のところに名前が一緒に載ってないか?」


 エルバートの言葉に、役人が手元の招待客リストを見る。やがてレティシアの名前を見つけたらしく、笑顔で彼女を見つめた。


「ありました。ようこそ、レディ・レティシア様」


 満面の笑みで「レディ」の照合をつけて呼ばれ、レティシアは顔を赤くさせた。

 役人にお礼を言って、二人はお城の中に入る。入った途端に、レティシアは周りの空気が変わった気がした。

 無意識にエルバートの腕に添えた自分の腕に力がこもる。エルバートも安心させるように、そっとその身体を抱き寄せた。






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