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拾い物は王子さま  作者: 藤咲慈雨
王都編
39/52

38.気付いたこと


 レティシアの目の前でオーウェンの肩が小刻みに震えているのが分かる。これは間違いなく笑いをこらえているのだ。

 エルバートは顔を思いっきりしかめて元帥を睨み、元帥はふんっと思いっきり鼻息を漏らした。


「元帥……報告はあとでしますから」

「ここでせい。書面で細かい文字を追うのが面倒じゃ」


 元帥はソファーにふんぞり返ってエルバートを見る。エルバートのこめかみが細かく震えるのが見えたが、彼は賢明にも口答えすることはしなかった。

 作成中だった書類を引っ張り出し、渋々それを読み上げる。そこには簡潔に今回の戦いのことが書かれていた。元帥はそれを口をはさまず聞いている。

 レティシアはそろそろとオーウェンの後ろから顔を出し、その様子を窺う。オーウェンは子ウサギのようにあちこちに視線を彷徨わせるレティシアを見て、ちょっと笑いながら背中を押しだした。


「大丈夫だよ。元帥は熊みたいだけど人は食べないから。たぶん」

「なんじゃと?」


 オーウェンの上司を上司と思っていないような発言に、元帥が眉を寄せて喉から低い声を出す。その声にレティシアは震えあがった。

 元帥の目がレティシアをまっすぐ見つめる。どうしてだろう。心の奥底まで見透かされるような、そんな奇妙は心もとなさがレティシアを襲った。

 獣のような鋭い視線。その目はレティシアを数秒見つめると、それは大きく見開かれた。


「…………アマーリア?」

「え?」


 元帥の口から小さな呟きが漏れる。その言葉を聞いてレティシアが目を開いた。

 今、アマーリアって言った……?

 驚愕! と顔に書いてある元帥に、レティシアは小首を傾げる。ちなみにオーウェンとエルバートもそんな二人の様子を怪訝そうに見た。

 穴が開きそうなほどジッと凝視され、レティシアは居心地の悪さを感じる。そろそろこの状況をどうにかしたい、と思い始めたところで、目の前の熊が動いた。

 その巨体からは想像できないほどの機敏な動きで、二人の間の距離を埋めてくる。


「ひぃっ!」


 肩をがしっと掴まれ、レティシアは思わずのけぞって距離を取ろうとした。元帥はその距離すら埋めてこようとしたが。


「アマーリア!!! こんなところに居たのかぁぁぁぁ!!!」

「えぇぇぇぇっ!?」


 急に目の前で滝のように泣かれてレティシアはびっくりした。慌ててエルバートに助けを求めるように視線を送れば、エルバートが恐い顔をして椅子から立ち上がる。

 それから無言で二人に歩み寄るとレティシアの背後に回る。レティシアの脇の下に手を差し込み、問答無用で引っ張り上げた。そのまま抱っこするように抱え上げられる。

 エルバートが無言で元帥を見た。元帥は不満そうにエルバートを見上げる。


「何するんじゃい」

「ジジィこそ何してんだ。アマーリアって誰だ。触んな」


 レティシアを抱き締める腕に力が籠る。守るように両腕で抱え上げれば、なぜか元帥が顔を真っ赤にさせてソファーから立ちあがった。


「小僧こそ触るな! けしからん! 表へ出ろぃ!」

「なんでだ! こいつはアマーリアじゃない。レティシアだ!」

「今日こそわしが世の中のルールってものを……なんじゃって?」


 拳を握り締め、腕をぶんぶん振り回していた元帥が振り返る。それを見て、エルバートがこめかみを押さえながら疲れたように溜め息をこぼす。


「こいつの名前はレティシア。元帥の言っているアマーリアとは別人だ」

「なんと……こんなにそっくりなのに……」


 エルバートの言葉に、元帥はしょんぼりと項垂れた。筋肉隆々の熊みたいな男だったのに、今は吹けば飛んでいってしまいそうなほど小さくなってしまった。真実を言った本人が慌てるほどに。

 ソファーに背中を丸めて座る元帥を見て、エルバートは手を伸ばす。その手は肩を優しく叩き、慰める言葉を言う。


「あー、その……アマーリアっていうのは……」

「わしの娘じゃ。もう何年も前に家を飛び出していったきり、一度も会えておらん」


 意気消沈、という言葉が似合うその様子に、さすがのエルバートとオーウェンも言葉をかけられないでいた。

 元帥の娘が居なくなったことは、少なからず有名な話だった。社交界でも美女として知られていたが、ある日突然姿を見せなくなった。噂では駆け落ちした、とのことだったが。

 レティシアはそんな元帥の様子を呆然と見下ろした。さっき聞いた話が耳に残っている。


「…………アマーリア」


 元帥はなんて言っていた? 家出したって。元帥の娘さんが……。

 信じられない思いでレティシアは元帥を見る。そんなまさか。いや、でも……。


「レティシア?」


 エルバートは腕の中で大人しくしているレティシアを見上げる。レティシアは元帥をまっすぐに見た。

 一つの信じられない可能性を胸に抱えながら。






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