36.優雅なお茶会
エルバートは自分でも動揺していることを自覚していた。
馬車から降りて来たレティシアは自分が想像していた以上の可愛さで、そんなことを思った自分自身にも驚いた。レティシアは外に立っていたエルバートに驚いた顔をしたが、その後はにかんだような笑みを浮かべてくれる。
「来てくれたんだ」
「あぁ……」
レティシアがエルバートの前に立つ。いつもと違う装いにエルバートの視線が宙を彷徨った。そんなエルバートを見てオーウェンが面白い、という風に笑っているのが見える。それを見てようやくエルバートも冷静になった。
戸惑ったようなレティシアの視線を受けて、意識的に笑みを浮かべる。レティシアはそれを見て、ホッとしたような表情になった。
「緊張してるのか?」
「そりゃあ……」
「別に取って食われたりはしないぞ」
質問攻めにされて解放してくれないかもしれないが。そう思ったが、エルバートは懸命にも言うことはしなかった。
緊張した面持ちのレティシアを出来るだけ励まし、その肩を叩く。王妃の元にエルバートは顔を出すことはできないので、もどかしいがレティシアを見送ることしかできないのだ。
「終わったら軍舎に送る様に手配しておく。一緒に帰ろう」
「うん。分かった」
ここまで来たらレティシアも腹を括ったのか、決意に満ちた表情で頷いた。侍従に促されるまま、王妃の居る庭園の方へと向かう。その姿はさながら戦場に向かう戦士のようだった。
エルバートはその背中を見送り、なんとも言いようのない溜め息をこぼす。
「心配か?」
「あぁ」
からかうようなオーウェンの言葉を、軽くあしらうことなどできなかった。どうか無事に乗り切ってほしい。願いはそれだけだ。
* * *
果たしてレティシアは、緊張した面持ちで王妃とのお茶会に臨んでいた。
王妃は今日もご機嫌で、口元に笑みを受けベながら優雅に紅茶を楽しんでいる。レティシアにそんな余裕はないが。
「さぁ、気にせずに召しあがってね。今日は料理長にとびっきりの物を用意するように言ったから」
王妃がそう言ってしきりに勧めてくるので、レティシアも遠慮がちにお菓子に手を伸ばした。一口食べて、その甘さに頬が緩む。ついつい無心で食べていると、その様子を王妃がつぶさに観察していた。
ドレスアップしたレティシアは、下町出身とは思えないほど貴賓を漂わせていた。マナーに関してはおぼつかないものの、その手つきはまったく知らないとは思えないものである。
貴族の女性にはなかなか見られない感受性と、意外に度胸もある。磨けば光る逸材かもしれない、と王妃は心の中でほくそ笑んだ。
「今日は急に呼び立ててごめんなさいね。楽しくおしゃべりがしたくて、つい強引になってしまったわ」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
ふむ。気遣いができるわね。王妃の中でレティシアの評価が上がる。しかし一番気になっていることは聞けないでいた。
ずばりレティシアはエルバートのことをどう思っているのか。ちなみにエルバートの気持ちは本人以上に理解しているつもりだ。結婚する気などなく、必要以上に関係を持とうとしなかったエルバートが自分の屋敷に置いているくらいである。感情が追い付いているかはともかく、特別視しているには間違いないだろう。
だが問題はレティシアだ。正直、まったく読めない。まぁ王妃がレティシアを知ってからあまり時間が経っていないので、それも仕方のないことではあるのだが。
「エルバートとの暮らしはどう? 不自由などはないかしら」
「よく、してもらってます。もったいないくらいです」
「本当に? あの子はどうにも女の子への配慮が欠けていると思うのよね」
遠慮のない物言いに、レティシアは何と答えたら良いのか困った。安易には頷けない気がする。
王妃の言葉は本当の自分の息子に対する愚痴そのもので、それがレティシアに現実を突き付けた。やっぱりエルバートは王子様だったんだ。……庶民慣れしている気もするけど。
「留学先から戻ってすぐに王宮を出て行ってしまったから、今、どんな暮らしをしているのか分からないのよね。おまけに王位継承権もあっさりと放り出したしね」
「そうなんですか?」
「そうよ。それからは王立魔導軍を創立したから忙しいらしくて。ますます王宮には寄りつかなくなったわ」
そう言って顔をしかめる王妃を、ひっそりと笑った。どこでも親が子を想う気持ちは一緒なのだと思って。
口では怒っているような口ぶりだが、その目は心配している親の目だった。
「エルバート、閣下はみんなに慕われている気がします。閣下の下で働く人たちはみんな、いきいきとしていました」
野営地にいたとき、レティシアは部下たちの信頼をあつめるエルバートを見た。あれはエルバートが良い上司である証拠だろう。そうでなければ、あんな無条件の信頼をあつめることはできない。
王妃はレティシアの言葉に少し目を丸くした後、穏やかに笑った。
「……そう。それならいいの。今回も無事な姿を見ることができたからね」
王妃は何気なく言ったのだろう。しかし、レティシアはその言葉にヒヤッとする。
無事、と言えば無事だったのだろう。記憶を失くして行方不明になったことを除くのならば。
レティシアは恐る恐る王妃を見たが、王妃の笑顔からは何も読み取ることはできなかった。
わざわざ藪を突いて蛇を出すこともないだろう、と思ってレティシアも余計なことを言わなかった。側に控えていた侍女が新しい紅茶を淹れてくれる。それを待って、王妃がまた口を開いた。
「それでね、レティシアさん」
「はい?」
「今度エルバートの無事の帰還を祝って舞踏会を開こうと思うの」
「……はぁ」
レティシアはつい気のない返事をしてしまった。話の先が読めず、ついつい顔をしかめてしまう。
そんなレティシアの心境に気付かないのか、それとも気付かないフリをしているのか、ことさら王妃は楽しそうに話を続けた。
「ぜひレティシアさんも参加なさって」
「…………はい?」
「ドレスやなんかは心配しなくて大丈夫よ。こっちでなんとかするしかかる費用はあの子に出させるから」
「いや、えっと?」
「パートナーはもちろんあの子で大丈夫よね。まぁパーティーの最中は忙しくても、オーウェンやユーリにやらせてもいいし」
レティシアの理解が追い付いていないのに、話はどんどん進んでいく。
王妃の楽しそうなその姿に、レティシアは何も言えず、ただ呆然とその様子を見守るのだった。