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拾い物は王子さま  作者: 藤咲慈雨
王都編
36/52

35.変身


 レティシアは今、危機的状況に面していた。レティシアの恰好は肌触りの良い絹のアンダードレスだけ。目の前には豪華、とまでは行かなくても十分素敵なドレスを持った侍女二人。ちなみに場所はレストン邸の客間だ。


「さぁ、観念なさってください」

「そうです。いつまでもそんな格好ではいられないですよ」

「服は着たいです。でもそれはちょっと……」


 レティシアが朝から繰り返している言葉を再度言ったとき、侍女たちが分かりやすく嘆いた。


「いけません! レティシアさまは王妃さまのお茶会にご出席なさるのでしょう?」

「公式ではないのといえ、失礼のないようにしなくては!」

「うぅ……」


 昂然と放たれたその一言に、レティシアが怯む。そうなのだ。今日はこれから、王宮で王妃とお茶会をすることになっている。

 レティシアは正直、昨日の王妃の言葉は冗談だと思っていた。気まぐれで言ったことで、次の日には忘れているだろうと。

 しかしレティシアの希望はあっさりと崩れる。朝早く、一通の手紙が王宮からレティシアに届いた。そこにははっきりとお茶会のお誘いが書かれている。

 固まる少女の頭を見て、エルバートはなんだか申し訳ない気持ちになった。何といっても王妃は母親だし。豪快なのはもはや王宮に出入りするすべての人間が知っていることだ。


『行かなきゃだめですか……?』

『…………』


 正直に言おう。エルバートは泣きそうなレティシアのその表情に、ちょっとぐらついた。しかし脳裏に微笑む王妃の顔が瞬時に浮かび、行かなくてよい、という言葉をかろうじて呑み込む。

 そして断腸の思いで目を逸らして『……すまない』とそれだけ言った。

 非情にもエルバートはレティシアを残して仕事に行ってしまう。後には逃げ腰のレティシアと鼻息の荒い侍女たちが残されたのだった。

 レティシアは侍女を見つめる。侍女は笑顔でじりじりにじり寄ってきた。もはや逃げ場はない。


「レティシアさま、すぐですわ」

「そうです。ドレスを着て、ちょっとお化粧と髪を直すくらいですわ」

「うぅ……」


 それが嫌なんです、とは言っても無駄なのだろう。レティシアも覚悟を決めた。

 大人しく鏡台の元に向かうと、すぐに侍女たちの顔が喜びに輝く。まるで少女のように歓声を上げ、嬉々としてレティシアを着飾り始める。

 その様子を見ながら、レティシアは苦笑した。それと同時に、胸のうちにじんわりと喜びが広がった。

 まるでお母さんといるときみたいだ。そう思ったから。こんな風に髪型を決めたり服装を決めたりするのが、レティシアは小さい頃好きだった。


「レティシアさま、とてもお似合いですわ」

「本当に。素敵ですわ……!」


 侍女が口ぐちに褒めるのを、苦笑しながら聞く。鏡に映ったのは、見たこともない自分の姿だった。

 何度も梳られた髪は艶を持ち、一部を編み上げて花の髪飾りを付けられている。ドレスは絹で淡いグリーン色。派手な装飾品を嫌ったレティシアのために、侍女たちはベルベット生地のチョーカーを付けてくれた。


「……変じゃない?」

「「そんなことないです!!」」


 二人から力いっぱい否定され、とりあえず納得することにした。もう一度鏡で自分の姿を確認していたら、執事が迎えが来たことを教えてくれる。

 少し気後れしながらも玄関ホールに降りて行けば、そこにはオーウェンが居た。見知った顔にレティシアはホッとするが、オーウェンはレティシアの変貌ぶりにただただ驚いていた。


「おっどろいたなぁ……」

「え?」


 ドレスの裾に気を使いながら、目の前に立ったレティシアをオーウェンがまじまじと見た。とても下町で働いていた少女とは思えない。どこかの貴族の令嬢と名乗っても通じそうだ。


「閣下が驚く顔が目に浮かぶな」

「はい?」


 レティシアはオーウェンが顎に手をやりながらぶつぶつ呟いているのを、不思議そうに見る。そんな少女の視線を受けながら、オーウェンはにっこり笑った。


「されお嬢様、お手をどうぞ?」

「…………」


 恭しく手を差し出すオーウェンをレティシアが胡散臭いものを見るような目で見る。だがいつまでもオーウェンがその体勢で立っているのを見て、ついレティシアも噴き出した。

 まるで貴婦人がするように、レティシアはオーウェンの腕に自分の手を添える。外では馬車が待っていた。


「王妃さまが首をながーくして待ってるよ」

「……言わないで」


 今さらながら緊張してきたレティシアに、オーウェンは微笑みかける。首を長くして待っているのは、閣下も同じだろうな。そう思ったがそのことは口には出さなかった。

 馬車がゆっくりと動き出す。レティシアはなんとも言えない気まずさを感じながら、流れる景色を眺めるのだった。





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