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拾い物は王子さま  作者: 藤咲慈雨
王都編
29/52

28.きっかけ


 ユリアンは不機嫌だった。エルバートには相手にされず、見知らぬ女に構いっぱなし。オーウェンは勝手に王宮に連れ戻し、待っていた侍従長にはこっぴどく叱られた上に王族としての心得を説かれた。

 何もかもが面白くなかった。久々に会えた兄と色々なことを話したかったのに、それも叶わなかった。あわよくば、王宮に戻るように説得したかったのだが。


「まぁ、ユーリったら。何をそんなに拗ねているのかしら」

「母上」


 窓辺で膝を抱える息子の姿に、王妃であるベルティーナは苦笑した。侍従長に叱られたと聞いているが、これはどうやらそれだけではないようだ。

 向かいの席に座れば、ユリアンは憮然とした表情を深くした。


「勝手に軍舎に行ったんですって? 誰にも言わないで」

「説教ならもう十分聞いたよ。お腹いっぱいってくらいにね」


 その本当にうんざりした様子にベルティーナは楽しそうに笑う。ユリアンはますます面白くない、という表情になった。

 正直なところがこの息子の長所でもあり、短所でもある。まっすぐな気性は好ましいが、もう少し腹芸と表情を隠すことを身に付けないといずれ苦労するかもしれない、とベルティーナは思った。


「兄上は僕よりもあの女の方が大事なんだ」

「あら、あなた例の子にあったの?」


 ベルティーナの言葉に、ユリアンの顔が分かりやすく不機嫌になった。その反応がまた素直で、ベルティーナは笑ってしまった。


「その顔は会ったのね。ねぇ、どんな子だったの? 可愛い子だった?」

「どんなって……」


 黒髪に鮮やかな藍色の瞳が印象的だった。あとはどこにでも居そうな普通の娘。取り立てて美人というわけでもなく。かといって特別ブサイクというわけでもなく……。


「田舎者の芋娘です」


 その言い方が本当に不愉快そうだったので、ベルティーナは声を上げて笑った。

 ますますその女の子に興味が沸いた。エルバートだけでなく、ユリアンまでもがその子に常にない態度を取るとは。

 楽しそうなベルティーナとは打って変わってユリアンの表情は渋いままだ。脳裏にはあの少女のことが思い出される。

 普通の娘。失礼なくらい飄々としていたが、礼儀態度はそれなりに整っていた。それに不満そうな顔が誰かに似ていたような気もする。


「……誰だっけ」

「え?」

「あの女、誰かに似ていたような気がするんだよなぁ」


 誰かはさっぱり思い出せないが。それを聞いたベルティーナは不思議そうにユリアンを見つめた。

 エルバートが手放そうとしない少女。それが誰かに似ていると言う。ユリアンが関わるのは主に貴族や国政に関わる人間だけだ。その人間たちと似ているとなると――。


「……なんだか面白いことになってきたわね」


 ベルティーナの形の良い唇が妖しく弧を描いた。




*  *  *




 エルバートは書斎でグラスに度数の高い酒を入れ、飲んでいた。向かいに座るのは副官のオーウェン。ぐったりと疲れた様子のエルバートにオーウェンは苦笑を漏らした。


「お疲れだな」

「誰のせいだ。余計なことをしておいて」


 恨みがましく睨めば、オーウェは焦ったように視線を逸らす。口の中でごにょごにょ言っているのは言い訳だろうか。

 その様子にエルバートは再び溜め息をついた。オーウェンに言っても仕方がないことはエルバートにも分かっている。


「どうせあの人がまた無理を言ったんだろう」

「あの人って……。まぁ当たってるけど」

「お前も捕まらないように逃げれば良かったんだ」

「無理なのはお前が一番分かっているだろうに」


 疲れたように溜め息をこぼすオーウェンに、エルバートは内心で大きく頷いた。

 セルヴィン国王妃、ベルティーナ・ジブラルド=セルヴィン。四男・一女の母にして、未だに王宮内の大輪であり続ける美貌の持ち主だ。セルヴィン国王がベルティーナに惚れ込み、熱心に口説いていたことは周知の事実である。

 艶やかな美貌とは裏腹に、その性格は剛胆で大胆。面白いことがあると率先して参加するような女性だ。「そこがまた彼女の魅力なんだ!」と熱く語るのは国王その人だったりするのだが。

 彼女がひとたび興味を持つとそれをとことんまで追求する人間である。さらに誰もその魔手から逃れることはできない。場合によっては権力だって堂々と使うのだった。国王だって味方なのだから怖いものなしである。

 その情報網は時に軍を凌ぎ、あるとあらゆる噂が彼女の耳へと届く。……はっきり言って恐怖以外の何ものでもなかったりするのだが。


「俺が戦場から戻ってそんなに経っていないのに、どうしてあの人はレティシアが一緒だって知ってるんだ……」

「軍に情報提供者が居そうだよな……」


 オーウェンの呟きに2人は悪寒が走るのを感じた。笑えない。ベルティーナならやりそうだからだ。

 あの自由奔放な母を持ったにしては、エルバートは真面目な人間である。型に嵌ったとは言いすぎかもしれないが、真面目であることは間違いない。ベルティーナの闊達さを一番受け継いだのは末の弟妹かもしれないな、とエルバートは埒もなく考えた。


「それにしても良かったのか? ベルティーナさまに会わせなくて」

「構わない。それにあれに王妃に会って欲しい、なんて言ってみろ。間違いなく失神するぞ」


 自分が王族であると知ったときだってしばらくは変な態度を取っていたレティシアだ。王妃と対面することなど、間違いなく取り乱すに決まっている。

 そう断言するエルバートの姿に、オーウェンはグラスを傾けながらにやにやと笑った。


「…………なんだ?」

「いや、ずいぶん分かってるんだなぁと思って」

「一か月は一緒に暮らしたからな」

「親密なことで」


 オーウェンが何を言いたいのか分からず、エルバートは不機嫌に顔をしかめた。

 ……いや、本当は分かっていた。だが、エルバート自身、いまいち分からないのだ。レティシアに対して、自分がどんな想いを抱いているのか。

 無理やりという形で引き留めたのは治療が目的だったが、それが言い訳であることはエルバート自身が気づいている。あの時はまだ、レティシアと離れたくなかった。それがどうしてなのか、と聞かれてもエルバートにだって分からない。

 でもいずれは帰るレティシアだ。あの下町の定食屋で今まで通りに暮らしていくのだろう。そしてエルバートは王都で暮らす。戦争が始まれば戦地へと飛ぶ日常の中で。


「いずれレティシアは帰るんだ。母上に紹介する必要もないだろう」

「ふーん。お前、あの子を帰せるんだ?」 


 帰せる? もちろん帰せるとも。だがそう思う一方で、頭の中で誰かが囁くのだ。『ならなぜここに連れて来た?』と。『あの時、すぐにでも帰せばよかったじゃないか』とも。

 手放すのなら、最初から距離を保つべきだった。それなのにこんな所にまで連れてきている。


「珍しいな。誰も側に寄せ付けなかったのに」

「……そんなんじゃない」

「いいと思うけどね。あの子、いい子だし」


 そこは否定しない。確かにいい子だ。お人好しでもある。

 思えばレティシアだけだったのだ。エルバート自身を見たのは。

 今までエルバートの周りに集まるのは、エルバートが持つ肩書きや権力、財産などが目当てでエルバートのことなんか二の次だ。もちろん容姿や立ち振る舞いも注意深く観察されているが。

 レティシアだけがエルバートの「中身」を見た。意外に頑固で融通が利かないところを知っている。最初にエルバートが記憶を失くして子供だったことも大いに関係していると思うが。


「お前もまんざらでもないと思ってたんだけどなぁ」


 少し不服そうなオーウェンにエルバートは虚空を見つめる。

 レティシアに対して自分はどう思ってるんだろう。気に入っていることは間違いない。好意も持っているだろう。だがそれはどんな感情なのだろうか。


「……お前、まだ引きずってるのか?」

「引きずっている?」

「自分は幸せになっちゃいけない、とか思ってないだろうな?」


 言われて脳裏に浮かんだのは身に迫る燃え盛る炎。そしてその向こうに浮かぶ苦悶に満ちたあの人(、、、)表情。知らず、エルバートの握った拳に力が入った。


「あれはお前のせいじゃあ――」

「止めてくれ」


 エルバートはオーウェンの言葉を遮った。無表情に暖炉の火を見つめるエルバートに、オーウェンもそれ以上何も言わない。

 思えばあれから自分は軍に身を投じ、戦いに明け暮れた。平和を作るためだ、と自分に何度も言い聞かせて。エルバートは自嘲気味に笑った。あれ以来、浮ついた噂などは無縁になったな、とも思いながら。

 幸せになる資格はない、とは思っていない。だが自戒の念はいつだってエルバートの心を縛り付ける。それが踏み込めない大きな理由かもしれなかった。


「いいんだ。今も一人と言うことは縁がないということだろう」

「縁を作らないってことかもしれないけどな……」


 減らず口のオーウェンにエルバートは答えない。2人は静かにグラスを傾けた。

 その時、奥の扉が遠慮がちに開かれた。奥からレティシアが顔を出した。そのちょっと困り顔にエルバートの心臓が不自然に早くなる。


「どうしたの? 眠れない?」


 オーウェンはレティシアをからかうが、レティシアの顔は晴れない。その様子にオーウェンも首を傾げる。


「悩み事かな?」

「あの……」

「どうした? 何かあったのか?」


 エルバートが先を促すと、レティシアが意を決したように2人のことを見た。


「……明日、帰ろうと思うの」

「っ!」

「だから悪いんだけど、送ってもらえないかな……?」


 その言葉に、エルバートは自分でも意外なほど驚いてしまった。





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