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拾い物は王子さま  作者: 藤咲慈雨
王都編
28/52

27.弟王子の暴走


 目の前で偉そうに胸を反らせているのは、突然部屋に飛び込んできた闖入者――もとい、セルヴィン王国の第二王子であるユリアン殿下。

 第一王子であるエルバートが王位継承権を放棄した今、彼が王太子の位置にあるという。

 そんなユリアンはレティシアとそんなに年が変わらないように見えた。兄を慕うその姿は、彼をいっそう幼く見せる。


「それで? お前は兄上とはどんな関係なんだ?」

「は?」

「名前を呼ぶのを許しているとは。……まさか兄上にとって特別な女性だとか?」


 一人で勝手に考え込むユリアンは自分の結論に歯噛みし、レティシアを睨んだ。身に覚えがないレティシアは困惑する。

 エルバートとの関係。それは一言で表すのは難しい。子供姿のエルバートを拾ったと言ったら怒られるような気がした。ユリアンからも、エルバートからも。

 レティシアは悩んだ結果、無難な答えを返すことにする。


「友達です!」


 力いっぱいの友達宣言にユリアンは目を丸くし、エルバートは顔を強張らせる。そしてオーウェンは噴き出した。

 レティシアとしては的を射た的確な言葉だと思ったのだが、エルバートはなぜ強い顔をするのだろうか。

 一方、友達宣言をはっきりされたエルバートは言いようのない苛立ちを感じていた。レティシアの言葉は間違っていない。間違っていないが――かなり気に障った。

 思い返せば、身体が元に戻ってからずっとこんな調子だ。レティシアの何気ない一言に苛立ち、不愉快だと思う時もある。それでもレティシアと距離を置こうとは思わないのだから、エルバートは自分でも自分のことを謎に思うのだった。

 拾って貰った恩義がある。助けてくれた。それも二度も。そのせいで怪我を負わせた。だからせめて、その怪我が治るまでは面倒を見たい。そう思ったのだ。……それだけのはずだ。


「お前が兄上の友達? おこがましいにもほどがあるぞ」

「でもそれが一番しっくりくる言葉だもの」

「どう見ても庶民のお前と、兄上がどこで知り合うと言うんだ?」


 だから水たまりに落ちていたのを拾ったんです。

 そうは言えないので、ただレティシアは黙り込む。何も言わないレティシアに、ユリアンはますます不信感を顕わにした。

 怪しい。エルバートは一度だって軍舎の執務室に他人を入れたことはなかった。ましてや女など持っての他である。しかし、現に女が執務室に居る。

 ユリアンは自覚は薄いが重度のお兄ちゃん子である。年の離れた兄は敬愛に値すべき功績を戦地で残し、王族として知性と教養に長けているだけでなく、弟妹たちを甘やかし時に厳しく躾ける愛すべき存在だ。

 ユリアンにとってエルバートはあらゆる意味で理想の存在である。それだけに兄が王位継承権を放棄し、臣下に下ったことは衝撃的な事件であった。それだけでなく王宮まで飛び出してしまうとは。

 何を隠そう、このユリアンが一番エルバートを王宮に戻そうと奔走している張本人である。何かと兄を連れ戻そうと画策しているが、今のところ成功はしていない。

 そんな兄も20を過ぎた男だ。世間でいえば、結婚適齢期であることはもちろんユリアンも承知している。敬愛する兄の奥さんなのだから、きっと気品と教養に溢れ、夫を蔭ながら支える淑女の鏡のような人が将来の義姉だろうと考えていた。実際のところ、エルバートに結婚の意思はまったくないのだが、ユリアンの頭の中には微塵も考えられていない。

 女の影が乏しかった兄に、いきなり現れた親しげな女性。混乱したユリアンの脳裏に嫌な妄想が駆け巡る。


「まさか……兄上はこの女と結婚するつもりじゃあ!?」

「殿下、それはぶっ飛んだ解釈というもんですよ?」


 自分の妄想に一人で青くなるユリアンに苦笑し、オーウェンが軽く否定する。エルバートは二人の掛け合いに顔をしかめるも、何も言わなかった。

 レティシアは仲良さそうにじゃれ合う三人を無言で眺めた。ちょっぴり羨ましかったのだ。一人っ子のレティシアには当然、兄弟なんていない。両親を亡くしてからはずっと一人暮らしだ。

 大人になるしかなかった。それを不幸とは思っていない。下町では似たような境遇の子がいっぱいいたから。でもユリアンを見ていると思うのだ。庇護者とも呼ぶべき存在に、無邪気に甘え守られているところを見ると。

 不安も悩みも寂しさも。感じることはないのかもしれない、と。


「――レティシア?」


 ぼんやりと三人を眺めるレティシアを、エルバートが不思議そうに顔を覗き込んだ。指先が頬に触れてその感覚に意識が戻ってくる。

 レティシアに顔を近づけるエルバートに、背後でユリアンが暴れる。それをオーウェンが片手で押さえていた。

 不思議な感覚だった。ずっと一人だった。親切にしてくれる人はたくさんいたけど「家族」ではなかった。そう言った意味では一人だった。

 そんなレティシアの元に来たのがアッシュ――エルバートだった。自分の生活の中にするりと入ってきた。まるで昔からの「家族」のように。

 失うのが寂しいのかもしれない。そう思うのは、思いがけず一緒に過ごすのが楽しかった。帰ったらまた一人の生活が待っているのだ。あの小さな家で。


「どうした? 具合でも悪いのか?」

「ううん、大丈夫。なんでもないの」


 安心させるように微笑みを浮かべてレティシアは返事をしたが、エルバートはまだ不満そうだった。そんなエルバートの態度にユリアンが噛みつく。


「兄上! 騙されては駄目です! それがその女の手なんだ!」

「……オーウェン、」

「りょーかい」


 怒り続けるユリアンの姿に顔をしかめつつ、エルバートはオーウェンに指示を出す。優秀な部下であるオーウェンは的確にその指示に従い、ユリアンを担ぎ上げた。

 抵抗するが、オーウェンの体格は易々とユリアンを抑え込んだ。そのままドアを開けて廊下に出ようとする。


「離せ! おい、オーウェン! 聞いてるのか!」

「はいはい。そろそろ戻らないと本気で侍従長殿が殿下捜索隊を結成しちゃうよ」

「あにうえー!!」


 ドアがパタリと閉まる。途端に執務室が静かになる。そのことになんだかホッとした。ソファーに身を沈める。脱力したのは慣れない気持ちに疲れたからかもしれなかった。


「兄弟多かったんだっけ」

「弟が三人と妹が一人」

「妹が居るんだ?」

「一回り以上離れているから、なんだか娘みたいな感覚だな……」


 エルバートが苦笑しながら言う言葉に、レティシアは曖昧に笑った。兄弟が居ないからレティシアには分からない感覚だ。

 羨ましいとは違う感覚。ただ寂しかった。あの暗い部屋はもうずっとレティシアの心の憩いの場だったのに、ひどく寂しい場所のように感じてしまった。


「なんで悲しそうな顔をする?」

「そんな顔してる?」

「してる」


 むぅ。そうなのか?

 頬を手のひらでグリグリしたらエルバートが笑って頭を撫でた。

 うーん、なんだかこの状況に流されているような気がしないでもないような……。

 不思議と心地よい雰囲気に流されてこの場に残ることを決めてしまったが、いずれはレティシアはあの下町へと帰る。別れが寂しくなることは必至だろう。だからこれ以上は仲良くなるのはやめておこうと思った。

 いずれあるお別れなら、笑顔で別れたい。そう思うことは間違いなのだろうか。


「帰ろうか」


 エルバートが椅子から立ち上がり、執務机に散らばっていた書類を仕舞った。促されるままレティシアも立ち上がった。

 帰ろうと言われて思い浮かぶのが、エルバートの屋敷なのが不思議だった。知らないうちに感化されているのだろうか。


「……それはまずいような……」

「なんか言ったか?」

「ううん。お腹空いた」


 お腹をさするレティシアにちょっと笑って、エルバートはレティシアをエスコートしながら迎えの馬車が待つ入口まで降りて行くのだった。





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