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拾い物は王子さま  作者: 藤咲慈雨
出会い編
21/52

20.力を振りかざして


 エルバートは森を焦土と化す勢いで魔術を繰り出していく。敵は防戦一方で、ひたすらにエルバートの攻撃を凌いでいた。

 エルバートは攻撃の手を緩めず、怒涛の勢いで魔術を繰り出す。やがてオーウェンがエルバートに追いつく。


「閣下!」

「遅いぞ」


 落ち着いた声でそんなことを言うエルバートに苦笑し、その姿にしばし固まった。

 いまやエルバートは本来の姿を取り戻していた。しなやかな体躯は無駄のない筋肉に包まれ、オーウェンよりは低いながらも、平均男性よりは伸びた身長。何より、身を包む気配に鋭さが増した。――以前と同じように。

 にわかに騒がしくなった森の中。エルバートは厳しい顔で闇の奥を睨んだ。


「何を考えてる?」

「……分かっているだろ」


 不機嫌な顔をするエルバートに苦笑を漏らし、オーウェンはエルバートを馬上に引き上げた。オーウェンはそのまま馬首を巡らせて、森の奥へと早駆けする。

 すでに森の中はセルヴィン国とオーランド国の人間が入り乱れて戦闘を繰り広げていた。あちこちで魔術や剣戟が行われている。にわかに騒がしくなった森に、エルバートは頬を持ち上げた。


「軍は?」

「伝令は飛ばしてある。本隊が来るまでは主力部隊との戦闘は回避だからな」


 さっそく釘を指したオーウェンに憮然としながらも、それに頷く。さすがに部下を無駄に死なせるような無茶はできない。

 オーウェンに手綱を任せ、自分は魔術を放っていく。エルバートが切り開いた路を部下たちが後に続いた。


「この機を逃すわけにはいかない。一気に防衛線を突破したい」

「分かってる。いい加減、奴らにこの国の土を踏まれるのは我慢ならないからな」


 オーウェンの小さな呟きに、エルバートが頷く。脳裏に浮かぶのは戦闘地域になってしまった街のこと。死臭が街を包み、躯が街中に平然と転がっている。

 いたずらにこの戦争が長引けば、あの街のような惨劇が他の場所でも起こることになる。それは避けねばならなった。

 不機嫌そうに術を繰り出すエルバートを、オーウェンはこっそり盗み見る。さっきほどではないが、エルバートの魔術は荒れていた。というか雑だった。

 かろうじて仲間には当たらないように配慮しているようだが、基本的に適当に放っている。


「……閣下、」

「なんだ?」

「レティシアのことなんだが……」


 言った瞬間、エルバートがものすごい勢いでオーウェンを見た。その目が真剣であることに、少し意外な気がした。


「何かあったのか?」

「いや……。治療はしっかりやってきた。ただ怪我の影響か、少し熱が出てる」


 オーウェンの言葉に最初は安堵していたが、付けたされた一言に痛ましそうに顔を歪める。それを見てオーウェンは愉快な気がした。

 こんな状況ではあるが、エルバートがこんな態度を取ることが少し意外だったのだ。今まで驚くほど他人に興味がなかったから。


「こんなの、早く終わらせて戻るか」

「……あぁ」


 短く応じるエルバートに頬を持ち上げ、オーウェンは漆黒の闇の中を駆け抜けた。




 戦闘は一日で激化した。

 

 結果として先発部隊の役目を果たした王立魔導軍は、敵の奇襲に成功する。後から本隊も合流し、まさに破竹の勢いでオーランド国軍の激突した。

 防衛線を突破し、セルヴィン国軍は一気に攻め上る。大陸でも随一と名高いセルヴィン国の軍は、この突発的な事態でも見事な統率を見せた。一方、オーランド国は予想外だったこの戦いに兵士たちは泡を食ったように慌てて、まともな戦闘もできない。

 戦場は完全にセルヴィン国が握っていた。

 エルバートは逃げ惑う奴らに容赦なく攻撃を浴びせる。辺りには肉の焼けるような臭いが立ち込めた。戦場でもエルバートの戦闘力は抜きんでている。しかし、エルバートの顔は険しいままだった。


「閣下! 敵軍は敗走を始めました!」

「街から追い出せ。それを確認したら追わなくていい。すぐに防衛線を張れ」


 命令を受けた兵士がすぐに戦闘集団の中へと戻っていく。近くで敵兵と交戦していたオーウェンは、背後の背中に問いかける。


「いいのか? この勢いならもう少し攻め上っても勝てるぞ」

「主力部隊が居ない。俺たちが森の中を駆けずり回っている間に撤退したようだ」


 不機嫌そうに返ってきた言葉に、オーウェンは内心で舌を巻いた。この状況でそこまで見ているとは。

 混乱に陥った戦場において、冷静に判断できることは優秀な指揮官の証だ。エルバートは今の状況に流されて無茶な戦闘を指示しなかった。それだけで彼が指揮官として優秀な人間だとわかる。


「下手に攻め上ったら何があるか分からない。それよりも今はこいつらをここから追い出す方が先決だ」


 そう言ってエルバートは銀の槍を敵兵に放った。その頼りになる背中に、オーウェンは忍び笑いを漏らす。


「……御意」


 その日セルヴィン国は、オーランド国軍を国内から撤退させた。




*  *  *




 鈍い痛みでレティシアは目を覚ました。目を開ければ鈍かった痛みが鋭くなって、思わず顔を歪めた。

 ここはどこだろう。記憶が曖昧で、頭が混乱している。そもそもなんで背中が痛いんだっけ。


「目が覚めたのか」


 穏やかな、かすかに安堵したような声が聞こえた。無意識にそちらを見ようと視線を巡らし――思わず固まった。


「…………だれ?」


 そこに居たのは誰かに似た、男の人。レティシアはまじまじとその人を見た。男の人は不思議そうな顔をするレティシアを、不満そうに見下ろす。

 誰だっけ。この不機嫌そうな顔、どこかで見たことがある。ほら、最近まで一緒に居た……。


「あぁ! アッシュにそっくりなんだ!」


 叫んだら男の人の顔が嫌そうに歪んだ。それから思いっきり溜め息を付かれる。見知らぬ男の人に溜め息をつかれたレティシアは顔をしかめた。


「あなた、誰ですか? そういえばアッシュも居ないし……」


 痛む身体に顔を歪めがらも、レティシアはテントの中を見回す。しかしアッシュの姿はそこにはなかった。どこ行ったのかな、なんて思っていたら。


「俺だ」

「は? 何が?」

「アッシュ。俺だから」


 レティシアは何を言われたのか分からなかった。というか分かりたくなかった。


「……アッシュ?」

「そう、アッシュ。お前に拾われたあの子供」


 嘘だ。だってアッシュは私よりも小さかったもん。そんな自己逃避をしてみたが、気づいてしまった。目の前に居る男がアッシュにそっくりだったことに。

 恐る恐る男を見上げる。そこに居るのはアッシュにそっくりな男。男の言うとおり、目の前に居る男がアッシュだとして。どうして年を取っているのだろう。あぁ、そう言えばアッシュは元々大人で。


「……エルバート殿下?」

「やっと分かったか……」


 呆れたようなその声にレティシアの思考が停止。そして思いっきり顔を引きつらせた。


「う、そだぁぁ!」


 その心の叫びは野営地中に響いた。





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