表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拾い物は王子さま  作者: 藤咲慈雨
出会い編
20/52

19.動乱


 オーウェンの言葉を聞いてから、すっかり考え込んでいたアッシュの元に外から部下がやってきた。アッシュを呼ぶ声に、思考の渦から浮上する。


「……なんだ?」


 部下たちは全員、言いにくそうな顔をする。なんだ? また魔術で燃やしたりでもしたのか?

 彼らはお互いに突き合い、一向に話し出そうとしない。その様子に痺れを切らしたアッシュは、軽く机を叩いた。その音に部下たちの身体が跳ねる。


「用件はなんだ」

「あ……」

「はっきり言え」


 凄むアッシュの迫力に呑まれた一人が、姿勢を正して衝撃の一言を言い放った。


「レティシアちゃんの姿がありません!!」

「……なに?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。アッシュは問うように部下たちを見回す。彼らは一様にアッシュから目を逸らした。


 居なくなった。誰が。――レティシアが?


 事態がようやく呑みこめたとき、アッシュは立ち上がってテントを飛び出した。それを慌ててオーウェンが追いかける。

 レティシアが料理をしていた場所にその姿はない。火はすっかり消えていた。周りを見回すがレティシアの姿を見つけることはできない。それがアッシュをさらに焦らせた。

 この野営地からは出ないように言ってある。だからどこかに居るはずだ。


「どこ行った……」


 辺りを見回すがその姿を見つけられない。舌打ちをして探査の魔術を発動させようとしたとき


 それは来た。


 唐突な地響きと鼓膜を震わせるような不快な耳鳴り。それを感じると同時に背後の森の中で火炎が吹きあがった。

 唐突なそれに野営地に居た全員が動きを止める。しかし、魔術を(たしな)んだことがある人間ならば分かっただろう。それが魔術によって作られたものであると。

 例に漏れず、アッシュはすぐにそれに気づいた。その瞬間、一目散に森の中へと駆け出す。


「閣下!」


 森の中へと脇目も振らずに走って行ったアッシュを、オーウェンは慌てて追いかけた。その際、何人かの部下に着いてくるように命じ、残りには武装の準備を言い渡しておく。

 アッシュは森の中を疾走する。本能が命じるままに、レティシアの姿を探した。そうしているうちに二度目の爆音。木の隙間から赤い灰塵が舞い上がった。


「どこだ……!?」


 嫌な予感がしていた。姿の見えないレティシア。それと前後して起こった爆発。もしかしたら、と考えたらアッシュは足を動かさずには居られなかった。

 それと同時に、脳裏に蘇る記憶がある。

 あの時(、、、)も同じように走っていた。奇しくも場所は同じ。森の中で起こった混乱と乱闘。状況の読めない中でも、必死に馬を駆って――


「俺は……」

「危ない、閣下!」


 その声がアッシュの意識を覚醒させる。目の前に迫るのは赤い閃光。それは暗闇に沈む森の中を不気味に照らした。

 そうだ。あの時も同じように。赤い閃光が俺を貫こうとして。


 ――砕け散っていた記憶のカケラは、元の形を取り戻した。




*  *  *




 今、レティシアは人生で一番走っていた。自分の命を守るために。

 背後で続く爆音。時々目の前を駆け巡る赤い閃光。当たったら死ぬ。本能がそう告げていた。

 自分を追いかける足音は止む気配はない。それどころか確実に近づいてきていた。大きくなる足音に冷や汗が噴き出す。

 (もつ)れそうになる足を必死に前に動かした。だが走り続けて疲労が溜まった足は思うように動いてくれない。息も切れ始めた。

 どれくらい走ったのだろうか。目が霞んできた。レティシアは木々の隙間を縫うように走り、そして視界に見慣れた姿を見つけた。

 焦った顔で森を駆け抜ける姿に、レティシアは訳もなく安堵した。そして戦慄する。

 彼の前に赤い閃光が迫っているのを見つける。迷ったのは一瞬。レティシアは両足で思いっきり地面を蹴った。


「アッシュ!!」


 驚いた顔をしたアッシュがこちらを向く。レティシアはそんなアッシュの前に身を乗り出した。直後、赤い閃光がレティシアの身を貫く。


「レティシア!」


 肉を焼く独特の臭いが辺りに立ち込める。レティシアは「痛い」よりも「熱い」と感じた。背後を振り返り、無事なアッシュの姿を見て安堵した。


「良かった。無事で……」


 その心から安心した声にアッシュは唇を噛む。レティシアは苦痛に顔を歪め、目を閉じた。

 アッシュは気を失ったレティシアを抱え上げ、その身体をオーウェンに預ける。オーウェンは目を丸くして己の主を見つめ返した。


「閣下、」

「頼む。……記憶は戻った」


 小さく言われた言葉にオーウェンはハッと息を呑む。それから柔らかく笑って「仰せのままに」と頷いた。記憶が戻ったのなら、何も心配することはない。

 去っていくオーウェンの姿を視界の端に捉えながら、アッシュ――エルバートは森の奥深くを睨み据える。やがてアッシュの側近くを赤い閃光が駆け抜けた。

 アッシュは呼気を整えると一気に魔力を解放する。それは深紅の槍となって森の奥深くへと飛翔した。


「……当たらなかったか」


 手ごたえを感じず、唇を噛む。そんなエルバートの元に赤い閃光が猛襲した。エルバートはそれを防護術を展開することで凌ぐ。

 赤い閃光の襲撃が止んだ時、術者が森の中から姿を現した。そいつは森の中に一人佇むエルバートを見て、はっきりと分かるように顔を歪める。


「これは……レストン卿ではありませんか」

「俺を知っているのか」

「もちろんですよ。こんなところで会うとは思っていませんでしたが」


 暗に記憶を失っていたのでは、と問われてエルバートは顔をしかめた。やはり情報は漏れていたらしい。ここに敵陣の奴らが居るのことがおかしいのだ。大方、エルバートが記憶を失っている間にことを起こすつもりだったのだろう。


――その前にエルバートは記憶を取り戻したが。


 男を見据えて、エルバートは薄く笑う。その微笑みに男の背筋が凍った。


「……行くぞ」


 男が防護術を展開できたのは本能と訓練の賜物だった。エルバートは不可視の刃を無尽に創造し、男を襲った。

 その威力に男が驚愕する。考えていたのよりも遥かに力を有している。これではまるで在りし日の姿ではないか。


「……まさか」


 男が一つの可能性に辿りついたとき、唐突に攻撃が止んだ。エルバートの攻撃によって周りの木々はなぎ倒され、辺りは広場のように拓けている。

 悠然と佇むエルバートを見たとき、男は戦慄する。そんな男の脅えを感じたのか、エルバートは楽しそうに笑った。


「手加減はしないぞ。……跡、残ったら八つ裂きにしてやる」


 最後の言葉は小さすぎて男には聞こえなかった。直後、爆音が響き猛烈な爆風が男を襲う。それから青白い雷光が天から森の中に落ちる。


 王立魔導軍の軍帥「エルバート・レストン」は完全に復活した。





*  *  *




 遠くで轟いた轟音にオーウェンは眉を跳ね上げた。それから愉快そうに唇を歪める。


「派手にやってるなぁ」


 離れた時、エルバートは記憶を取り戻していた。おまけにレティシアを攻撃されたことのより、理性は振り切れる寸前。今ごろ溜まった鬱憤を思う存分晴らしているところだろう。

 目の前には横になって眠るレティシアの姿。治癒魔術を施したが、怪我のせいで熱を出してしまった。今は鎮痛剤を打って寝かせている。


「跡にならないといいんだがな……」


 きっと跡になったらエルバートは気に病むだろうから。なにより女の子の体に傷があるのはよくない。

 オーウェンはレティシアの肩まで上掛けを上げると、テントから出る。そこには武装を整えた部下たちの姿があった。

 誰もが真剣な顔でオーウェンを見ている。その静かなる闘志を感じ、オーウェンは自分の気持ちがどんどん高揚していくのを感じた。


「準備はいいな。防衛線を守り、敵陣を攻めるぞ」

「「おぅ!!」」


 応える兵士たちの声が大地を震わせる。その瞬間、空から光の柱が森を貫き、轟音を轟かせた。このままではエルバートが単身、敵陣に乗り込んでしまうだろう。

 オーウェンは馬を引き、それに軽々と乗る。そして漆黒の森の中へと飛び込んだ。




 ここに、何度目かになるセルヴィン王国とオーランド国の戦いが始まった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ