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拾い物は王子さま  作者: 藤咲慈雨
出会い編
19/52

18.嵐の前の静けさ


 レティシアは目の前にある大鍋をかき回しながら、物憂げな溜め息をこぼした。思い出すのは昨夜のアッシュの様子。

 昨日のアッシュはまるで小さい子供みたいだった。何かに脅え、救いを求めるように必死にレティシアにしがみついてきた。レティシアはそんなアッシュに、背中を撫でてやることしかできなかった。


「何か夢でも見てるみたいだったけど……」


 洗濯を終え、簡単な食事の用意を済ませた後、アッシュを呼びにテントに行った。そこで椅子に座りながらうなされているアッシュを見つけたのだ。

 宙を掻くその姿が少し不安そうで、レティシアは思わずそばに駆け寄る。そこで飛び起きたアッシュに抱きつかれたのだ。

 茫然と目の前の光景を見つめ、レティシアの存在を確かめるように抱きしめる腕に力を込めてきた。そこに艶っぽい雰囲気はなく、ただ安心したいがための抱擁だった。


「大丈夫かな……」


 抱きしめた時の震えた肩。少し青ざめた顔が脳裏にちらつく。

 今のアッシュはレティシアよりも少し上に見えるくらいまで成長した。実際の年齢は分からないが、周りの反応を見る限り、本来の彼はもう少し年上なのだろう。

 それでも拾ったときのアッシュは幼い子供の姿だった。だからだろうか。レティシアはアッシュがこの国の王子だと知ってもあまり実感が沸かなかった。それどころか、今でも幼い弟を相手にしているような気がするのだ。


「さすがに失礼だよね。一国の王子様相手に……」


 アッシュ自身も自分が王子とか軍帥という立場に居る党自覚が薄いせいか、妙に気安い。それがレティシアに親しみを持たせる原因かもしれなかった。

 レティシアは大鍋のかき混ぜながら、火力をチェックする。どうも火が弱い気がした。さっき部下の人が持ってきた薪用の枝は全て使ってしまっていた。


「…………よしっ」


 レティシアが悩んだのは一瞬。鍋を火から下ろすとそのまま森の方へと足を向ける。薪を拾って集めるくらい、自分でもできるだろう。そう思ったレティシアは森の中へと入っていくのだった。




*  *  *




 アッシュは不機嫌だった。というか、不可解だった。

 自分の記憶を取り戻すことに専念し、あらかたの記憶は取り戻してきていると思う。しかし、どうもここ最近の記憶が散漫なのだ。特に「王立魔導軍」を設立する前後の記憶はいまだに曖昧である。


「その仏頂面、閣下らしくなってきましたね」

「やかましい」


 からかうオーウェンに、アッシュの顔が嫌そうに歪む。この男との出会いもアッシュは思い出していた。今思えば、なんでこの男を拾ったのだろうと思ったりする。


「まぁまぁ。どこまで思い出したんだ?」


 いまだににやにやしてるオーウェンに少し顔をしかめながらも、アッシュは問われたことにしっかり答えた。


「……だいたいは。名乗ってる『レストン』の姓が師匠のものだったことも思い出した。ただこの軍の行軍してた時期からレティシアに拾われるまではさっぱりだ」

「ふむ。閣下が怪我をした原因とかはいまだに闇の中か……」


 治療した魔術師いわく、怪我などで曖昧になっているのだろうと言っていた。時間が経てば記憶が戻るとも言われているので、特に不安には思っていない。

 不安と言えば、今のこの状態での行軍だった。今のアッシュは自分が戦場の最前線に居る理由を正確に理解している。

 だからこそこの危険もしっかり理解している。


「俺が記憶を失っているということが敵に知れたら確実に攻め込まれるぞ。この軍の存在が敵にとっては厄介な存在だから無用な手出しはしてこないんだからな」


 一枚岩に見える王立魔導軍だが、実際はそうではない。

 所詮は急ごしらえで創った新設の軍だ。トップに立つエルバートの存在が戦場での彼らの道しるべだ。それを失ったままで今まで以上の働きは期待できない。

 そう指摘するアッシュに、オーウェンは微妙な顔をした。


「あー……それなんだが」

「どうした?」

「たぶん、知られたと思う」


 思わず固まる。アッシュはオーウェンを振り返った。オーウェンは困った顔のままへらりと笑う。


「……知られた?」

「前に路地裏で襲われたことがあっただろ? あれはたぶんオーランド国の人間だ」


 言われてアッシュの脳裏にこの間の夜の出来事が蘇った。それから舌打ちを漏らす。


「なるほど。だから俺をここに連れ帰ったのか」

「記憶を失って事情を知らない閣下は、戦闘力はあっても反撃にためらうと思ったから」


 そしてそれは正しい判断だった。アッシュはあの場で絶対的力を見せつけたが、そのどれも致命傷を負うものではなかった。まぁ、オーウェンにも誤算があったのだが。

 まさか奴らがレティシアを排斥しようとした瞬間、閣下がその力を解放するとは思わなかった。その姿に頼もしさを感じるとともに、ちょっとした好奇心も湧き上がる。


「それよりもさ、あの嬢ちゃんとはどうなんだよ?」

「は?」

「恍けちゃって~。ずいぶんと構うじゃねぇか?」


 先ほどよりもにやにやし出した男に、アッシュはうんざりする。その様子にオーウェンはますます盛り上がる。

 今までエルバートとともに行動して、エルバートがあんな風に構う女性をオーウェンは始めて見た。エルバートの立場上、いろいろな噂が飛び交っているがそれは全て噂の域を出ない。

 そんなエルバートが構い倒す女性。はっきり言って気になって仕方がない。


「お前が何を考えているかは知らないが、彼女は俺が行き倒れているところを拾って看病してくれたんだ」

「ふーん?」


 事実を話しているに、オーウェンはなぜか楽しそう。今の話に面白がる場所などあっただろうか。

 仏頂面で黙り込むアッシュに、オーウェンはひとまずからかうのを止めた。自覚前から可能性の目を摘む必要はないだろう。


「まぁ、閣下がそう言うんならそうだろう」

「あぁ」

「じゃあ無事に記憶が戻ったら、あの子は下町に返すんだな?」


 その言葉に、アッシュは文字通り動きを止めた。オーウェンを振り返った顔は、驚きに満ちている。

 アッシュは今まで、そのことについて考えたことがなかった。というか思いつかなかった。しかし、言われてみればそれは当り前の措置だった。

 レティシアはアッシュに巻き込まれてここに連れてこられたのだ。アッシュの記憶が戻れば、彼女がここに居る理由はなくなる。となればアッシュがすることは彼女の安全を確保し、元の町へ返すことだろう。

 それはつまり、レティシアがアッシュのそばから居なくなるということ。


「閣下?」


 固まるアッシュに、オーウェンは首を傾げる。そんなオーウェンから見えないように、アッシュは顔を背けた。


「そんなこと、考えたこともなかった……」




*  *  *




 適度な量の薪を集めるため、レティシアは森の中へと分け入っていく。

 あまり遠くには行かないようにアッシュに厳命されているため、レティシアも入口付近で薪を集めていた。しかしいつの間にか、だいぶ奥まで来てしまっていた。かすかに聞こえていた野営地の喧騒も、今は聞こえない。


「いつのまにか奥に来ちゃったみたい」


 さすがにまずいと思ったレティシアはすぐに戻ろうと踵を返し、小さな話し声を聞いた。あたりを見回すが誰の姿もない。

 レティシアはなんとなく声が聞こえる方へと足を踏み出した。近づくにつれ、不明瞭だった声もだんだんと内容が聞こえるまでになってくる。


「…………のか。エルバートが戻ってきてるというのは?」

「っ、」


 聞こえてきた単語に、レティシアは咄嗟に足を止めた。そのまま草陰に身をひそめる。

 声の主はレティシアの接近には気づいていないようで、そのまま話を続けた。


「えぇ。ですが記憶を失っているようです」

「なに? 何も知らないのか? 魔術は?」

「本能的に扱えているようですが、それでどうにかなるほど魔術は簡単なものではありません」


 魔術とは一般的に魔力と呼ばれるものを備えていればできるものではない。故に、魔力を持っていても魔術師になれるかはわからない。つまり本人の資質と努力次第なのだ。

 その点、エルバートは大変な努力家だった。自ら他国へ留学し、教えられる技の全てを吸収して己のものとし、さらに才能を開花させた。その経験は彼の能力を飛躍的に底上げしている。

 だからこそ、記憶がないというのは相当の痛手であった。彼が今まで積み上げてきた経験の全てを無にしたということなのだから。


「防護術は使えるかもしれませんが、それだって初級レベルがやっとでしょう」

「なるほど。王立魔導軍はまだ新設したばかり……。トップを失えば自然消滅もありえるか……」


 ここでレティシアにもようやく話している奴らが誰なのかを知った。

 敵国、オーランドの人間だろう。話しぶりからして、アッシュの記憶喪失はすでに知っているようだった。

 レティシアは息をひそめて彼らの様子を窺う。幸い、まだレティシアの存在には気づいていないようだった。


「ならば時機を逃す愚を犯すことはないな。敵軍に潜入し、エルバートの首を取るのも簡単だろう」

「っ!?」


 咄嗟に出そうになった悲鳴を、レティシアは必死に抑えた。両手は自分の口を塞いでいる。

 今、エルバートの首を取るという話をしていた。それはつまり「殺す」ということで。


(大変……!)


 なんとかしなくちゃ。とにかく戻ってアッシュに知らせないと。

 レティシアはそろそろと足を引き、野営地へと戻ろうとする。


 ――ポキッ


「誰だ!」


 鋭い誰何の声にレティシアの足が止まる。さがったとき、背後にあった枝に気付かなかったレティシアは、それを踏んでしまった。その音を、彼らは聞き逃さなかった。


「盗み聞きされていたようですね」

「構わん。殺せ」


 無機質ともいえる声が響いたとき、レティシアは戦慄した。殺される。このままでは間違いなく。

 息をひそめて後退する。その横を赤い閃光が駆け抜けた。


「――見つけた」

 

 2度目の閃光を避けることができたのは、ひとえにレティシアの反射力の賜物だろう。森の中を縦横無尽に駆け巡る閃光を紙一重で避けていく。

 恐怖で足が鈍る。しかし追いかけてくる足音が止まることを許さなかった。止まったら殺される。それが分かっているから、レティシアは必死に走った。 

 脳裏に浮かぶのはアッシュの姿。

 助けなくちゃ。レティシアの頭に浮かぶのはそのことだけ。

 やがてレティシアの息が切れるころ、背後で巨大な火柱が上がった。






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