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拾い物は王子さま  作者: 藤咲慈雨
出会い編
15/52

14.彼の正体


 普通の子ではないだろうと思っていた。

 身のこなしは洗練されていて、手は働いたことのない手だった。その手にだって、普通なら出来るはずのない剣ダコがあったりして。

 見た目の年齢より大人びていた。一日に恐ろしい勢いで成長したりもした。

 はっきり言ってアッシュは不思議少年だった。

 それでもどこかの貴族の子息かな、なんて思っていたのだ。それだってだいぶ驚くことだけれども。


 ――それがまさか。


「レティシア? 顔が真っ青だぞ?」


 固まるレティシアを不審に思ったアッシュが、レティシアの頬に手を伸ばす。レティシアは思わずそれを避けた。

 手を振り払われたアッシュは驚いた顔でレティシアを見る。「レティシア?」その顔に困惑が広がるのを見て、レティシアはますます混乱した。

 エルバート・レストン。

 その名前を知らない人間など、この国には居ないだろう。それほど彼は有名な人間だった。

 それが目の前に居る。はっきり言って異常事態だった。


「オーウェン、どういうことだ? レティシアがおかしい」

「これが正しい反応なんだって。閣下には分からないかもしれないが」


 さっぱり分からん。アッシュは言いようのない苛立ちを抱えたまま、オーウェンを睨む。睨まれたオーウェンは小さく肩を竦めた。

 オーウェンは疑うような目をアッシュに向ける。そんな風に見られたアッシュは顔をしかめた。


「本当に記憶ないんですか?」

「そう言ってるだろう」

「……厄介だな……」


 明らかに落胆した顔をするオーウェンに、アッシュが苛立つ。そんなアッシュの服の袖を、レティシアが引っ張った。アッシュがレティシアの顔を覗き込む。


「なんだ?」

「……本当に分からないの?」

「分からん」


 その顔は嘘をついているように見えない。本当にアッシュは何も知らないのだ。記憶も、まだ十分ではないのだ。

 問うような視線を向けてくるアッシュに、レティシアは困ったように口を開いた。


「あのね、王立魔導軍っていうのはその名の通り、多くの魔導師たちで組織された軍なの」

「魔導師……」

「それを組織したのがこの国の第一王子であるエルバート殿下。彼はそのまま王立魔導軍の軍帥の地位に就いてる」


 アッシュはしばらくレティシアの言葉を考えていた後、驚きに目を見張った。




*  *  *




 大陸でも古い歴史と高い軍事力を持つセルヴィン王国。その中で「魔術」の存在は、長い間おとぎ話と同列の扱いを受けていた。

 セルヴィン王国では、魔術師の存在はほとんど確認されていない。魔術師という人間がいることは、誰もが知っていることである。しかしその存在を目で見た人間が極端に少ないので、誰もが遠い異国の話のように考えていた。


 それがひっくり返ったのが、オーランド国との戦争である。


 高い軍事力を持つセルヴィン王国は、陸地において大陸屈指の軍を有していた。それは他国を威圧するのに十分な威力を持ち、長い間その威光によってセルヴィン王国は戦争を回避してきた。

 その不文律が破られたのが、オーランド国との戦いである。

 諸国はその戦いを見守った。セルヴィン王国の勝利という形で終結するだろう、と踏んで。

 しかし結果は違った。セルヴィン王国のまったく予想していなかった存在の登場で。


 ――『魔導騎士軍』の存在である。


 それはセルヴィン王国では物語の中の存在となっていた「魔術を使う者たち」で組織されたものであった。

 魔術が何であるか。それを正しく理解していなかったセルヴィン王国軍は、魔導騎士軍の前に太刀打ちすることができなかった。

 その話はすぐに王国中に広まった。誰もが勝つと信じて疑わなかっただけに、その事実を国民の誰もが疑った。

 そして戦慄した。魔術という存在に。

 セルヴィン王国の人間は魔術を知らない者が多い。それは王国の中枢を担う者も同じで、魔術を正しく理解しているものは居なかった。

 結果、セルヴィン王国はじわじわとオーランド国の侵攻を許すこととなった。打開策が見えないために、戦争の終結も見えなかった。

 誰もが疲弊していた。この戦争に。


 だが、戦局は思わぬ所から好転した。




*  *  *



「グラシアス国に遊学に出ていたエルバート殿下が帰還したことによって、戦局はひっくり返ったの」

「グラシアス国?」

「魔術大国と諸国で呼ばれるほど、魔術が発展した国よ。エルバート殿下はそこに留学してたの。そして帰国後、すぐに王立魔導軍を創立した」


 それはセルヴィン王国初の、魔導師を含んだ軍だった。エルバート殿下を軍帥に据えたそれは、戦場でその実力を発揮した。元々大陸でも屈指の軍である。魔術対策さえできれば、オーランド国など目でもなかったのだ。


「エルバート殿下……。それが俺?」

「そうだ。エルバート・レストンは俺たち王立魔導軍の旗頭であり、付き従うべき大将なんだよ」


 駄目押しのようなオーウェンの言葉。アッシュは頭が痛い、とでも言うように額を押さえ、側に置いてあった簡易椅子に座り込んだ。

 アッシュからしてみれば、まさに寝耳に水といったことだろう。まさか自分が国軍の軍帥だとは誰も考えないだろうし。それはレティシアにも言えることなのだが。

 親切心で拾った怪我をした子供。それがまさか一国の王子だったとは。

 厄介ごとの予感はしていた。しかし、これは予想以上の面倒ごとだ。

 レティシアは頭を抱えたくなった。そんなレティシアの様子に気づかず、二人は難しい顔をしている。

 オーウェンは持っていたマグをテーブルに置くと、近くにあった簡易椅子に座り込む。


「一応確認しとくけど、どこまで思い出したんだ?」


 オーウェンの言葉に、アッシュは思案するように視線を宙にめぐらせた。その顔は難しいものを考えているかのように歪んでいる。

 記憶は全てが曖昧で、だけどそれらは確かにアッシュの何かを刺激する。


「断片的にしか。どこか豪華な部屋とか……お師匠のこととか」

「あぁ…お師匠さんね」


 どこか含むような言葉に、アッシュが眉を寄せるがオーウェンは何も言わなかった。

 レティシアはオーウェンのことを睨むアッシュの顔を睨む。分かってはいたけど。


「やっぱり思い出してたのね……」


 なんとなくそんな気はしていた。思い出しているような気はしていたが、アッシュは話してくれなかった。もちろん話すのはアッシュの自由だけど。

 ちょっとくらい言ってくれてもいいんじゃないかな、って思うのは甘えなのだろうか。

 オーウェンはアッシュの視線を綺麗に無視しながら今後の事を考える。せっかく閣下を取り戻したとしても、今のままでは赤子同然だ。役立たずにもほどがある。


「まずは記憶を取り戻すところからだな……」

「戻せるのか?」

「原因が分かればなんとかなるだろう。幸い、専門家はいっぱい居る」


 そう言ってオーウェンはアッシュの背後を見てニヤリと笑った。振り返ると、入り口に集まる部下の皆さんがそこに居た。

 みんな、一様にアッシュの姿を見ている。ちょっと怖い。


「やる気もあるみたいだしな」

「…………」


 爽やかな笑顔がアッシュを貫く。

 ちょっとどころではなく、かなり怖かった。



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