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拾い物は王子さま  作者: 藤咲慈雨
出会い編
12/52

11.闇夜の攻防 前編


 レティシアとオーウェンは無言で歩いていく。オーウェンは職業柄、この空気を気まずく思うこともないが、レティシアは何とも言えないこの雰囲気にげんなりしていた。

 アッシュのためになれば、と思って連れて行こうと思ったが、早くも後悔し始めているレティシアである。


(やっぱり胡散臭いし…)


 一緒に歩いているだけでも、レティシアにはオーウェンが一般人と違うことに気がついた。

 オーウェンは常にレティシアの半歩後ろを歩く。しかも少し左寄りに。これは身体に染み付いた剣士の特性だろう。神経は研ぎ澄まされ、油断なく周りを探っている。


 それは訓練された人間の姿。


「ずいぶん複雑だな」

「下町は整理されませんから。どこもこんな感じですよ」


 そっけなく言ったらオーウェンが苦笑した。どうやら嫌味と受け取ったらしい。レティシアからしてみれば当たり前のことなのだが。

 どんなに政権が安定し、法が国中に張り巡らされようとも、どこかで貧富の差は生まれる。格差は広がってしまうものだ。まして今は戦時中。シワ寄せが一番下に来るのは当たり前のことである。


「これが当たり前ですから。特別苦しいと思ったことはありません」

「……そうか?」

「はい。それよりも戦争地区に巻き込まれた街の方が悲惨です」


 付け足された一言に、オーウェンはやっぱり肩を竦めて苦笑を漏らした。


 歳のわりに大人びた印象を受けるのは、レティシアの育った環境も影響を与えているのかもしれない。オーウェンはそう思った。

 この場所で生きていくには、背伸びしてでも大人になるしかないのだ。しかもレティシアは両親を失っている。甘やかしてくれる存在がいないということは、甘え方を忘れるということなのかもしれなかった。

 レティシアは大人だ。だけどオーウェンはそれが精一杯の背伸びに見えて、微笑ましく思う。レティシアが子供だと思うからこそ、余計に。


「ここ曲がってすぐです」


 レティシアの言葉に、オーウェンが曲がり角の方を見る。それから急いで少し前を歩くレティシアの腰元を掴んで引き寄せた。


「っ!」


 いきなりのことに踏ん張れず、レティシアはオーウェンの胸元に倒れこむ。しかし、オーウェンは倒れることはなかった。レティシアの身体を抱えながら、油断なくあたりの気配を探る。

 レティシアは驚いたが、オーウェンが怖い顔で路地の奥を見ているので、何もいえなくなった。


「立てるか?」

「え…」

「立てるなら俺の後ろに」


 言うと同時に、オーウェンがレティシアの腰元から手を離す。少しふらついたが、レティシアは自力で立つことができた。そのままオーウェンの後ろに回る。

 オーウェンはレティシアが背後に回るのを確認すると、腰元の剣に右手を這わす。視線は相変わらず路地の奥に固定されたままだ。


(三人…いや、四人か…? くそっ。気配が読みにくいな)


 路地の奥から感じる強い殺気。自分たちが――この場合は確実にオーウェンだろうが――狙われているのが分かった。しかし、敵は闇の中から姿を現そうとはしない。

 オーウェンは時分の不利を感じ、唇を軽く噛む。

 オーウェンにとって、ここは知らない土地。地の利はないと言っても過言ではないだろう。なにより狭い路地で、後ろにはレティシアがいる。彼女を守りながら、オーウェンは戦わなくてはならないのだ。


 痛いほどの静寂の後、空気が微かに変わった。


「――来たっ!」


 オーウェンは咄嗟に路地に積まれた物陰にレティシアを突き飛ばす。「ちょっ…!」尻餅をついて倒れたレティシアの上にオーウェンは覆い被さった。

 オーウェンの背後で赤い閃光が飛ぶ。見たことのないそれに、レティシアが目を見開いた。

 路地の奥で小さな爆発音と、微かに焦げた臭いが漂ってくる。それを確認したオーウェンは舌打ちをしてレティシアの身体を引っ張り上げた。


「あの時と同じか…厄介だな」

「あの時?」


 呟きを聞いたレティシアが怪訝な顔をするが、それにオーウェンは答えなかった。路地の奥を確認しながら、レティシアを横に広がる袋小路に押し込む。そのまま頭を押さえつけるようにしながら、身体を縮めておくように命じる。


「動くなよ。俺が来るまで絶対に」

「絶対に?」

「絶対だ」


 レティシアは目の前に立つオーウェンを見上げ、ゆっくり頷いた。それを見てオーウェンが満足そうに笑う。それからすぐに腰の剣を握りながら、路地を振り返った。

 路地には黒装束の人間が四人、立っていた。三人が前方に立ち、一人が後方に控える。見たことのあるその陣形にオーウェンは眉を寄せた。


(魔術師が一人居るのか…。厄介だな)


 魔術師を後方に配置するのは、戦場においての定石だ。基本的に呪文の詠唱を必要とする魔術師はどうしても無防備になる。そのため、前方に即撃可能な者が立つのだ。もちろん例外もあるにはあるが。

 オーウェンはセルヴィン国王子が設立した「王立魔導軍」に籍を置いているが、はっきりいって魔術は何一つできない。攻撃系も防御系もだ。

 魔術師相手の戦い方は心得ているが、地の利と人数の利を取られている今、戦いははっきり言って劣勢である。


「これは少しキツイな」


 閣下と知り合って、閣下と共に行動するようになってから厄介ごとに巻き込まれてばかりだ。

 そんなことを考えてオーウェンは笑った。それを悪くないない、と思っている自分に気づいているから。

 オーウェンが腰元の剣を抜く。銀色の刀身が月光に鈍く輝いた。


「――行くぞっ」


 剣を下段に構え、オーウェンが走る。それを見た敵も懐からナイフや剣を取り出して応戦の構えを取った。

 刃と刃がぶつかる、鈍い音が路地に響いた。



*  *  *



 鈍い剣戟と怒号。それに微かな爆発音が聞こえる。レティシアは路地の奥で膝を抱えてじっと息を潜めていた。

 何が起こっているのか、レティシアには分からない。それでもオーウェンの顔を見て、何かが起こっていることは分かった。良くない何かが。

 オーウェンが軍人であることは知っている。きっと強いであろう事も。この状況でも慌てていなかったことを考えると、彼もこの状況を乗り切る自信があるのだろう。

 でも不安だった。

 見たことのない赤い閃光。あれを見た時のオーウェンは焦っていた。路地の奥に吸い込まれていったそれらは、軽い爆発音と共に爆ぜていた。


「なに、あれ…」


 本能的な恐怖がレティシアの身にまとわり付く。あれをレティシアは知っている。言葉だけなら、国中の誰もが知っているだろう。


――魔術。


 長く続くオーランド国との戦いで、唯一セルヴィン国が劣っていたもの。戦場において、重要な局面を左右するもの。普通の人には持ち得ないものだ。

 この国での魔術需要は低い。はっきりいって無いにも等しいものだ。魔術が息づいた国と呼ばれる「グラシアス国」なら珍しいものでもないだろうが、セルヴィン国内において一般人が魔術を目にする機会はまず無い。

 つまり、あり得ない現実がレティシアの目の前で起こっているのだ。


 レティシアは両手を握り、必死に祈る。

 決して豊かとは言えない暮らしだけど、そこには幸せもあって。なによりまだ生きたいと思っているんです。だから神様。どうかあたしを守って――っ!

 レティシアが全霊で祈りを捧げていたとき、路地の前方で「待てっ!」という焦ったようなオーウェンの声が聞こえた。

 その声に驚いてレティシアが目を開けたとき、それはすでに目の前に居た。


「あ……」


 全身黒ずくめの男。唯一見える目は血走っていた。右手には鉤爪のようなナイフ。その切っ先はレティシアの方へと向けられていた。


 ――られる


 本能的にそう思ったが、足に根が生えてしまったように動けない。レティシアはバカみたいに黒ずくめの男を見上げていた。


「逃げろ!!!」


 鋭い声がレティシアに飛ぶ。怒ったオーウェンの声に、レティシアはようやく身体の自由を取り戻した。

 震える足を叱咤し、なんとか立ち上がる。しかし男の放つ気に圧されてしまったのか、そこから動くことができなかった。――否。本能的に、背を向けることを恐れたのだ。目を逸らしたら殺される、と。

 動かないレティシアを見て、オーウェンはなんとかそちらへ行こうとするも、二人の男に阻まれていくことができない。おまけに後方からは容赦なく魔術も放たれているので、はっきり言って防ぐことで精一杯だった。


「逃げろ! 走れ!」


 声の限りに叫んでも、レティシアに反応は無い。完全にこの空気に呑まれてしまっているのだ。

 レティシアの前に立っていた男が動く。レティシアは動くことができない。男は手に持っていた鉤爪を振りかぶった。


「っ!」


 思わずレティシアはぎゅっと目を瞑る。

 死ぬ。レティシアはそう思った。あの鉤爪は容赦なく自分の身体を引き裂いて、あたしの命を絶つんだ。

 男が鉤爪をレティシアに向かって振り下ろそうとした瞬間、一陣の風がレティシアの背後で巻き起こる。


『吹き飛べ』


 耳に心地よい声が、まるでレティシアを守るように路地裏に響いた――…。


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