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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十三章:風太と美晴と菊水安樹
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南極から来た女


 小学生たちの下校時刻。教科書やノートが詰まった黒いランドセルを背負いながら、風太は帰り道を歩いていた。

 赤から黒へと戻ったランドセルは、以前に感じていたそれより、はるかに肩への負担が少なかった。やはりこれも、美晴と風太の体力や筋力の差によるものだろう。


 「軽いっ! 身体が軽いぞっ! あははっ、放課後なのに、全然疲れてないっ!」


 邪魔だった胸や尻の脂肪も、視界をさえぎるうっとうしい長髪も、今はない。風太はバカみたいにぴょんぴょんと飛び跳ね、改めて自分の身体の良さを実感していた。

 一方、隣にいる雪乃は、その事情を知らないので、「なんだこいつ」と言いたげな視線を風太に向けていた。


 「何やってるの風太くん」

 「雪乃っ! ほら見てみろよ、おれをっ! 身軽みがるだろ?」

 「ほんとだね。脳みそをどこかに置いてきたの?」

 「ひどいこと言うなぁ。でも、まぁいいや。気分がいいから、許してやる!」

 「どうして気分がいいの? 何かいいことあった?」

 「いやあ、この喜びは分からないだろうな。一生女のお前には。ほんと、よわっちい身体で毎日ご苦労さん」

 「一生、女……? むぅー! よくわかんないけど、バカにされてる気がする! 女の子の何がいけないの? 風太くんだって、乙女おとめけい男子だんしのくせに……!」

 「もう乙女系の風太は死んだよ。これからは、しっかり男として生きて……あ、そうだ。ランドセル持ってやろうか? 女のお前には持てないだろ、そんな重い荷物は」

 「な、なんか言い方がムカつくーっ!!!」


 死ぬまで女として生きる運命の雪乃は、ほっぺたをぷぅーっとふくらませて怒った。

 良くか悪くか、美晴との入れ替わりの経験は、風太の男女観に大きく影響を与えていた。


 「女子は力がなくて弱いんだよな? だから、重い物は持てないんだ。そうだろ?」

 「『弱い』んじゃないの、『か弱い』の! そこ、間違えないでね!」

 「でも、おれやっと分かったんだ。女子は大変だって。雪乃がいつもワガママばっかり言ってたのは、それだけつらいことがたくさんあるからなんだって。これからは、もっとお前に優しくしてやろうと思う!」

 「そ、それは別にっ! 嬉しいけど……」

 「だろ? 雪乃は偉いな。いつも笑顔でいてくれて」

 「えへへ。そうかなぁ?」


 雪乃の顔から「」が消え、新たに「らく」が表れた。さらに、膨らんでいたほっぺたはしぼみ、今度はポッとピンク色に染まった。

 しかし、風太の余計な一言により、またすぐに「楽」から「怒」に戻ってしまう。


 「セイリとか、大変なんだよな? 痛くて血が出て、それが毎月あるなんてさ」

 「えっ……。え?」

 「地獄のような日々が続くって話だろ? 雪乃もセイリで苦しんでるってこと、今まで知らなかったんだ。おれ」

 「なぁっ!? な、なな、なぁーっ!!? ふ、風太くんのっ、バカーーーっ!!!」


 雪乃は顔を真っ赤にしながら、ネコのように爪でバリ、バリ、バリと、風太の顔を3かいいた。


 「ぐぅあっ……!? 雪乃っ!? な、なんで……???」

 「最悪さいあくっ!! 変態へんたいっ!! 猥褻わいせつーっ!!」

 「えぇっ!? おれ、別にそういうつもりじゃ……!」

 「いきなり何!? 苦労とかって、そんな話!? 最低だよ風太くんっ!! 信じられないっ!!」

 「でも、女子はみんな毎月セイリで……」

 「また言った!! もう二度と、わたしの前でその話はしないでっ!!! じゃないと絶交ぜっこうだからね!!? わかった!!?」

 「おっ、落ち着けよ。そんなに怒鳴どならなくても……」

 「絶対禁句なのっ!! 約束してっ!!!」

 「わ、わかった! 約束します……!」

 

 風太は、ヒリヒリするほっぺたをさすりながら、首をたてに振った。豹変ひょうへんした雪乃の態度を見て、なんとなく、安樹が「生理の話はあまりしない方がいいよ」と言った理由が分かった気がした。

 雪乃は、はぁはぁと息を切らし、一旦呼吸を整えた後、もう一度風太にズイッとった。


 「それと、もう一つ! 風太くんっ!」

 「いてて……。うわぁ、ほっぺたから血が出てきた」

 「質問に答えてっ! じゃないと絶交!」

 「いぃっ……!? まだ何かあるのか!?」

 「えっと、その……今の話、誰に聞いたの?」

 「へ?」

 「だから、今の話! 誰かに聞いたんでしょ? 風太くんに、ろくでもないこと教えた人がいるんでしょ!?」

 

 雪乃は、風太に性教育をした犯人を突き止めようとした。

 今まで、風太の頭にそういう知識が入らないように、雪乃は努力してきたのだ。風太が「エロ男子」に育ってしまわないように、健也や勘太などの風太の男友達に目を光らせ、風太がそういう知識を覚えそうになった時は、その発信はっしんもとを全力で排除はいじょしてきた。小6にもなってたいした性の知識を持たない風太という男子を作ったのは、いつもその隣にいる雪乃なのである。


 「誰なの? 名前を言って! 風太くんに、今必要ない知識をけたのは、誰!?」

 「だ、誰って言われても……。雪乃が知らないヤツだよ」

 「隠してもダメッ!」

 「だって本当に、雪乃は知らないと思うし……」

 「いいから言って! 覚えておくからっ!」

 「さ、3組の……菊水きくみず安樹アンジュってヤツ」

 「えっ……!?」


 その小さな驚きの声と共に、雪乃の動きが止まった。


 「菊水安樹だ。って、言っても知らないよな」

 「安樹ちゃんが……?」

 「ん? もしかして、雪乃は知ってるのか? 安樹のこと」

 「え? う、うん。まぁ……少しは」

 「本当か!? 本当なのか!? 雪乃、安樹を知ってるのかぁ!」


 風太は興奮した。風太にとって、雪乃と安樹は、どちらも大切な存在だからだ。

 風太はにっこりと笑い、またぴょんぴょんと飛び跳ねて、喜びを全身で表現した。


 「あはは、そうか! お前ら、知り合いだったのか! すごく、すごく良いな、それ! いつ、どこで知り合ったんだ!?」

 「えっ? それは、少し前の夜に……6年1組の教室で、二人きりでおしゃべりして……」

 「そうか、ガールズトークってやつだな! 女子同士だと、話が合うんだろうな! 二人きりでしゃべって、仲良くなれたか?」

 「う、うん。一応……友達にはなれたけど」

 「マジかよっ! 雪乃と安樹が友達? あははっ、最高だ。くそっ……安樹のやつ、雪乃と友達になったんなら、まずおれに言えよな」

 「……」


 どうすれば安樹がさびしい思いをしなくて済むかを考えていた時に、これは思わぬ朗報ろうほうだった。

 雪乃なら信頼できるし、安樹を傷つけるようなことは絶対に言わないだろう。そう思って、風太はテンションが跳ね上がり、激しくガッツポーズを繰り返した。

 

 しかし、喜ぶバカの横で、雪乃は複雑ふくざつな気持ちを抱えていた。


 (風太くんは、知らないんだ……。安樹ちゃんが風太くんにこいをしてるってこと)


 雪乃と安樹が出会った、あの日の夜。

 二人は確かに友達になったが、同時に宣戦せんせん布告ふこくもした。安樹は雪乃の前で正直な気持ちを言い、雪乃も安樹に正直な気持ちを言ったのだ。「風太くん」に対しての……。


 「風太くんが好きなのは、どっち……?」

 「えっ? ごめん、雪乃。今何か言ったか?」

 「ううん。なんでもない」

 「そっか。いやー、それにしても二人が友達だったなんてなぁ! 安樹はいいやつだろ? ちょっぴり変わってるけど」

 「うん。わたしもそう思う……」

 「ははは、そうだろそうだろ! いつかみんなで、どこかに遊びに行こうぜ! なっ!」

 「……」


 「」の感情をあらわにする風太には見えないところで、雪乃の表情は静かに「あい」へと変わっていた。

 

 *


 そして、翌日の昼休み。

 興奮こうふんめやらぬ風太は、ウキウキのテンションのまま保健室へと訪れ、昨日の出来事を安樹に話した。


 「へぇ、ボクと雪乃が友達……ねぇ」

 「ああ! そうなんだろ、安樹っ!」

 「確かにそうだね。ボクと雪乃は、本音ほんねで語り合った仲だ。あの夜のことは、今でも鮮明に覚えてる」

 「やっぱりそうか! まったく、なんで今まで黙ってたんだよ! おれに一番に知らせるべきだろ、こういう嬉しいニュースは!」

 「うーん、それはねぇ……。なんというか、雪乃は『100年ちゃん』だからね。うん……」

 「ひゃ、『100年ちゃん』? どういう意味だ?」

 「フフッ、それはヒミツ。正直、ボクは雪乃をナメてたんだ……。ただの風太のおさななじみだと、ね。でも、本当の彼女はとても……」

 「とても?」

 「手のひらにおさまるような小さい女じゃない、ってね。とにかく、雪乃はこれから大きな存在になると思う。ボクにとっても、キミにとってもね」

 「よ、よく分からない……けど、褒めてるんだよな? 雪乃のこと、好きか?」

 「うん。ああいう子は好きだよ、ボクは」

 「あははっ、だよな! 雪乃はワガママで口うるさいけど、一緒にいるとすごく楽しいんだ! 他人が辛い時は優しくして、自分が辛い時はガマンしたりなんかしてさ……!」

 「……」


 風太は安樹の前で、雪乃の魅力をたくさん語った。安樹に雪乃のことをもっと好きになってもらおうという、風太なりの考えがあっての言葉だった。

 しかし、嬉しそうに雪乃のことを語る風太は、安樹にとっては“痛み”だった。風太の笑顔は、安樹の心にチクチクとした“痛み”を与えていた。


 (雪乃の話をしてる時が一番楽しいんだね、風太。ボクだけの物には、まだなってくれそうもないな……)


 目を伏せながら、安樹は風太の言葉にうなずいていた。

 

 ────

 

 ドスン、ドスン、ドスン。


 ────

 

 突如とつじょ、保健室に響いた謎の足音。

 風太は話すのをやめ、ベッドのカーテンの外から聞こえてくるその音に、耳をかたむけた。

 

 「ん? なんか聞こえてこないか? 安樹」

 「おいおい、まさか……」

 

 ────

 

 ドスン、ドスン、ドスン。


 ────


 何か大きな生き物が、一歩ずつゆっくりと前に進んでいる。

 徐々に足音は大きくなり、カーテンには巨大なシルエットまで浮かび上がってきた。その生き物の目的地は、どうやらこの保健室の、このベッド。


 「こ、ここに来るっ!? 何かが来るぞ、安樹っ!」

 「きっとアイツだ……! ボクのことをさがしに、ここまでやって来たんだ!」

 「アイツ? 誰だ? 何か知ってるのか?」

 「いいかい? ボクは布団の中に隠れるから、風太は『ここには誰もいない』とだけ言うんだ。OK?」

 「はあ? おい、少しは説明を……」

 「昨日、6年3組の教室で、アイツに出会ったんだ……! ごめん、もう時間がないっ! 武運ぶうんいのるっ!」

  

 安樹はバサッと布団の中に隠れ、じっと動かなくなった。

 

 ────


 ゴゴ、ゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴ……!!!


 ────

 

 「あんじゅちゃんっ!!! みーつけたぁーーっ!!」 


 謎の少女の声と共に、カーテンの隙間から巨大な手袋が2つ飛び出し、風太をがっちりと捕まえた。


 「ち、違うっ!! おれは安樹じゃないっ!」

 「んーーーーっ、んんーーーっ!! それぇーーーっ!!! つーかーまーえーたーーーっ!!」


 小学6年生男子の中でも、体が大きい方に分類ぶんるいされる風太。

 そんな風太をいとも簡単に持ち上げ、巨大生物は大声と共に、風太をぎゅぎゅーっときしめた。


 「ぎゃあーーっ!! い、痛いっ!! 苦しいっ!!」

 「あれぇ?? あんじゅちゃん、じゃないの?? まちがえちゃったーーーっ!?」


 巨大生物はフッと腕の力をゆるめ、風太をボトっと地面に落とした。


 「うぐっ! 落ちても痛いっ……! な、なんだよ、お前はっ!」

 「ごめんねっ!!!」

 「ごめんね、じゃないだろっ! お前はなんなんだっ!!」

 

 風太の目の前にいたのは、南極なんきょくの人だった。


 「な、南極の人か!? お前はっ!!」

 「んーん、ちがうっ! なんきょく、じゃない!」


 本人は否定したが、やはり服装が南極の人だった。

 氷山ひょうざんでも登りに行くかのような、異常なほど分厚ぶあつ防寒用ぼうかんようコート。頭をすっぽりおおう、もこもこのフードを被り、ネックウォーマーで口元もおおっているので、顔つきは目元以外わからない。ゴワゴワな手袋と頑丈そうなブーツで、手足の防寒も完璧。

 まるで、マイナス30℃の世界で生きてるみたいな、どう見ても南極の人。


 「あんじゅちゃんはどこ!? あんじゅちゃーん!!?」

 「うるさいなっ! 安樹はここにはいないよ!」

 「ウソっ! いるもんっ! こえがちたもんっ!!」

 「聞き間違いだろ。早く南極に帰れ」

 「なんきょく、じゃないもんっ!」

 「じゃあ、どうしてそんな服を着てるんだ」

 「さむがりなの」

 

 そいつの体格は、男子の風太よりふたまわりほど大きい。しかし、声は甲高かんだかい女の子で、低学年くらいの幼い子のようだった。

 

 「ふぇ、ふぇっ、ふえぇ……」

 「おいおい、泣いてるのか? 泣いたってしょうがないだろ……」

 「ふぇーーーっくちょーーーーい!!!!」

 「うわぁーーーっ!!?」


 南極の人の鼻から飛び出した大量の鼻水は、風太の頭に降りかかり、髪の毛にべっとりと付着ふちゃくした。

 

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