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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十三章:風太と美晴と菊水安樹
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美晴デビルの最期!


 *


 「すみません。元の身体に戻っているなんて、知らなかったんです……」


 美晴デビルは正座で反省中。

 風太は美晴デビルの正面に、あぐらをかいて座った。


 「で、どうして美晴が、おれの夢の世界にいるんだ?」

 「違います。わたしの名前は美晴デビル……」

 「はあ?」

 「だから、わたしは美晴ではなくてですね……。100ノートに宿やどっている赤目せきもく悪魔あくまという者なんですが、次元じげんの存在であるため、今回は契約者である戸木田ときた美晴ミハルの姿を借りて、この夢の世界に定着……」

 「分かるかよっ! 小学生でも分かるように説明しろっ!!」

 「ひぃっ! ごめんなさいごめんなさいっ!」

 

 風太が地面をドンッと叩くと、美晴デビルはビクビクとおびえた。


 「もう一回聞くぞ。お前はなんなんだ?」

 「えーっと、その……か、かわいい小悪魔ですっ♡」

 「ふざけるなっ!! 真面目まじめに答えろっ!!」

 「きゃーっ! ごめんなさいごめんなさいっ! でも本当なんですっ! 信じてくださいっ!」


 美晴デビルは、これまで毎晩美晴にしてきたことを、全て風太に話した。小学6年生の脳みそでも理解できるように、非常に丁寧に、そしてなるべく簡単な言葉を使って、説明した。


 「……というわけで、わたしは『風太くん』の夢の世界で、やりすぎなくらいのスキンシップをしていたのです」

 「ふーん、そっか。つまり、お前はすごく悪いやつなんだな」

 「ええ、それはもう。『わたし=100ノート』ですし、風太くんと美晴の身体が入れ替わったのも、わたしの力です」

 「どうしてそんなことをしたんだよ。美晴が100ノートに、『風太と入れ替わりたい』って書いたのか?」

 「いえ、美晴の願い事は他にあって……。100日後にその願いをかなえる代償だいしょうとして、美晴は心と身体を悪魔にささげたので、わたしは美晴の身体から心をがして遊んでいた、というわけです」

 「じゃあ、おれは……お前の遊びに、ただまれただけ?」

 「はいっ! でも、風太くんと美晴を入れ替えて正解でした! 予想以上の苦しみ、憎しみ、絶望! 悪魔としては、大満足ですよっ! そして、これからも引き続き、わたしを楽しませてほしいのですが……」

 「ん?」


 美晴デビルは、視線を風太の青いペンダントへと移した。


 「それ、ハズしてもらえませんか?」

 「えっ? なんで?」

 「だって、あなたがそれをつけてる間は、苦しみや絶望はられそうにないから……。ペンダントをブチッとハズして、風太くんにはまた『美晴』になってほしいです」

 「えぇっ!? 嫌に決まってるだろ! これは絶対ハズさない!」

 「そんな、困りますっ! もう一度美晴と入れ替わってくれないと、すっごくつまんないまま100日後が来ちゃいますよっ!」

 「知るかよ。あとは100ノートを見つけて、ビリッとやぶてたら終わりだ。ハッピーエンドだ」

 「えー!? ハッピーエンドなんて困りますーっ! こ、こうなったら仕方がない……!」


 強行きょうこう手段しゅだん

 美晴デビルは背中の羽根を大きく広げて飛び上がり、風太に突撃しようとした。


 「実力行使ですっ! そのペンダントを破壊しますっ!」

 「なっ……!? やめろっ!! 来るなっ!!」


 ヒューン、スポッ。

 突然の出来事。風太の叫び声に反応するかのように、先ほど空から降ってきた巨大ドーナツが飛来ひらいし、浮き輪のように美晴デビルの頭からすっぽりとハマった。


 「きゃっ! な、なにこれっ!?」

 「うわぁっ、さっきのドーナツだ! 勝手に動いたっ!」

 「うぅっ、すごく重い……! 飛べないっ……!」


 ドーナツに捕縛ほばくされ、美晴デビルはドサッと地面に墜落ついらくした。


 「おおっ、いいぞドーナツ! がんばれ!」

 「くっ! 硬さも、重さも、まるで鉄みたい……! これ、本当にドーナツなの? っていうか、なんでドーナツがこんなところにあるの?」

 「いやあ、ちょっとお腹がすいてたんだ。ここはおれの夢の世界だから、食欲が形になったんだと思う」

 「なるほど……。って、感心してる場合じゃない! ねぇ、風太くぅ~ん♡」


 あからさまに、男にびたような声。


 「なんだよ、突然。変な声出しやがって」

 「風太くんの命令で、このドーナツはわたしをけてるの。だからぁ、やめるように言ってくれない? ねぇ、おねが~い♡」

 「やだよ。おれも美晴も、お前のせいで今まで散々な目にあったんだ。一生そのままでいろ、悪魔め」

 「なっ!? ま、待って! わたしを助けてっ! 助けてくれたら、とってもいいことしてあげるからっ!」

 「いいこと?」

 「えぇ、すごくいいこと! えーっと、具体的には……」

 「100ノートが今どこにあるか教えてくれる、とか?」

 「はあ? それはイヤ。契約は絶対に破棄させないよ」

 「じゃあ、何をしてくれるんだよ」

 「うーんと、それじゃあ……くちびるにチューしてあ・げ・る♡」

 「えっ……!?」


 美晴デビルは風太にウインクし、魅惑みわくのオーラを全開にした。

 

 「風太くん、女の子とキスしたことないでしょ? 夢の中なんだし、欲望のままにわたしとやっちゃおうよ♡」

 「……!」

 「あっ、もしこの顔が嫌だったら、雪乃ちゃんに変身させてもいいよっ? 美晴みたいな根暗ねくらブスより、雪乃ちゃんの方がいいよね? あなたが変えてくれれば、わたしはしっかりエッチな雪乃ちゃんを演じるから! ね? いいでしょ?」

 「そうか。分かった……」

 

 風太はスッと立ち上がり、美晴デビルに背を向けた。

 「くくく、風太くんも所詮しょせん思春期ししゅんきの男。本能には逆らえない……!」と、美晴デビルは心の中でほくそ笑み、自分の拘束具ドーナツがハズされるのを待った。元よりキスなんてする気はなく、風太が油断したスキを狙って、ペンダントを破壊してやろうという魂胆こんたんだ。

 

 しかし風太は、背を向けたまま、冷たく言い放った。


 「おいドーナツ。美晴デビルと一緒に、今すぐ消えてくれ」


 風太の命令は絶対。そうこたえるかのように、ドーナツは突然とつぜんあわひかりに包まれ、美晴デビルとともゆるやかに消滅し始めた。


 「なっ、なんでっ!? キスはっ!? ちょっと風太くん、何考えてるのっ!? ねぇ、こっちを向いてよっ!!」

 「うるさいな。おれがそんなことで喜ぶと思ったのか? おれを、美晴を、雪乃をバカにしやがって。もう二度と、お前の顔は見たくない」

 「か、体が、消えていく……! 畜生ちくしょうっ、お前こそ、ただのガキのくせにっ! 今ここでわたしを消しても、100ノートとの契約は終わらないよ!? わかってるの!?」

 「ああ。自力じりきで見つけ出して、必ずやぶててやるよ。お前と話すことは、もう何もない」

 「ムリだねっ! あのノートは、決してお前の手には渡らないっ! だって、あんなところにあるんだから……ふふっ」

 「もうすぐ朝が来る。悪夢あくむは終わりだ」

 「いーや、ここからだよ! 今度はわたしの本来の姿で、お前たちの現実世界に乗り込んで、そのペンダントを破壊してやるっ! この赤目の悪魔にケンカを売ったこと、必ず後悔させてやるわっ! あはは、あははははっ……!!!」

 「じゃあな。永遠に」


 真っ白で何もない空間に響く、不気味な高笑い。それだけを残して、美晴デビルは完全に消滅してしまった。


 「……」


 そうして一人になった風太は、静かに朝を迎えるべく、ゆっくりと目を閉じた。


 *


 「おはよう。雪乃」

 「あっ! 風太くん、おっはよー!」


 風太が風太として迎える、最初の朝。

 さわやかに晴れた、太陽の下。肌を撫でるように、穏やかに涼風りょうふうが流れていく。

 風太が家の外で最初に出会ったのは、7年前からずっと変わらない笑顔で迎えてくれる少女、雪乃だった。


 「雪乃……」

 「うん? どうかした?」


 久しぶりに見た雪乃は……なんだか小さかった。

 目線が上手く合わせられない。それは身長が変わったからだけではなく、まだ心のどこかにある微妙びみょう距離感きょりかんのせいでもあった。

 心にも身体にも、『美晴』だったころの違和感が残り、いまぬぐえない。

  

 「いや、おれはもう風太だ……!」

 「えっ?」

 「どんどん前に進んで、過去を振り切っていけばいいんだ。そうだろ、雪乃」

 「そうだねっ! よく分かんないけど、そうだよ! 今日もがんばろーっ!」

 「おう! よし、行こう!」


 明るい言葉を自分に言い聞かせ、気持ちを前に向けた。

 あとは、元の生活に慣れていくだけ。焦らずゆっくり、自分を取り戻していくだけ。入れ替わり騒動そうどうは、もう終わったんだ……と。


 *


 そして、月野内小学校に到着。


 (ここだ……! おれのクラス……!)


 久しぶりに足を踏み入れる、6年1組の教室。

 『美晴』だった時は、遠くから見ていることしかできない憧れの場所になっていたが、やっとこの場所に帰って来られた。

 風太はドキドキしながら教室の中へと進み、黒いランドセルを机に置いて、自分の席に座った。


 「おはよう、風太フウタ。まだケガしてるのか? 早く治せよな」

 「おはよう、滉一コウイチ。治ったらまたキャッチボールやろうぜ」


 「ゆきっぺと風太フウタくん、おはよー。相変わらず、兄妹きょうだいみたいだね。お二人さんは」

 「おはよう、笑美エミ。おれと雪乃は兄妹じゃないぞ」


 「おはよう風太フウタっ! 見ろよこのスーパーレアカード!」

 「うわっ、おはよう龍斗リュウト! 最新のパックか、それ」


 朝のあいさつすら、十人じゅうにん十色といろ。肩を叩いてくる奴から、突進してくる奴までいる。

 それでも、みんなが共通して自分のことを「風太フウタ」としたってくれることに、風太は言葉にできないほどの感動を覚えていた。自分が自分でいられる場所の大切さを、改めて思い知った。


 「風太くん、なんだか嬉しそうだね」

 「えっ、そうか? そう見えるか? 雪乃」

 「うんっ。何か良いことでもあったの?」

 「良いこと……か。うーん、こうやっていつでも周りにみんながいて、こうやって隣に雪乃がいてくれることが、すでにとっても良いことなのかもしれないな」

 「えー……。その発言は、クサすぎてちょっとイヤ」

 「なっ、なんだよっ!? 思ったことを言っただけだろっ!?」

 「ま、いっか。最近の風太くんは、いつも変だし」

 「おれが、最近いつも変……? それってもしかして、女みたいなしゃべり方したり?」

 「そう! ときどき女の子になるの! 面白いよねー」

 「なっ……!?」

 

 やはり付きまとう、美晴の呪縛じゅばく。そのイメージを払拭ふっしょくしなければ、新しい生活は始まらない。

 風太は立ち上がり、雪乃に詰め寄った。

 

 「そ、それっ! 詳しく教えてくれ、雪乃っ!」

 「え? 風太くん、やっぱり自分では気付いてないんだ」

 「いや、だいたい予想はつくけど……!」

 「男女で分かれる時に女子チームに入ろうとしたり、亜矢アヤちゃんが持ってきた女の子向けの雑誌に興味持ったり……。風太くんの女の子モードは、『わたし風太』『風太のメス』『風子ちゃん』とか、みんな色々な名前で呼んでるよ」

 「ウソだろ……!? おれが女みたいになること、クラスのみんなが知ってるのか!?」

 「うん。でも、みんな『女の子モードの風太もいいな』って言ってるよ。『乙女おとめけい男子だんしは、女子からすると話しやすいのよね』って、実穂ミホちゃんもめてたよ」

 「じょ、冗談じゃないっ! そんな風に思われるのは、絶対に嫌だっ!!」


 そんななか、ガラガラと教室の扉を開け、健也ケンヤがのんきに登校してきた。


 「おはよーっす。朝から何を騒いでるんだよ、風太」


 風太はすかさず、その健也にも詰め寄った。


 「おはよう健也っ! 最近のおれってどうだ!?」

 「うぇっ!? いきなりなんだよ。お前がどうかって?」

 「ああ! どんな印象だ!?」

 「半分はんぶんおとこで、半分はんぶんおんな

 「はあ……!?」

 「だってそうだろ。うふふって笑うし、内股うちまたで座るし、写真撮る時はもじもじしながら恥ずかしそうにピースするし。最近のお前は、女子よりも女っぽい時がある。でも面白いから、女の子モードやめるなよ」

 「け、健也まで、おれをそんな風に……!」

 「おれだけじゃない。みんなも思ってるぞ。聞いてみろ」

 

 というわけで、風太は他のみんなにも聞いた。

 

 「わたしが作ったウサギのお人形、かわいいかわいいって、すっごく褒めてくれたよね。今度、風太くんと雪乃ちゃんの分も作ってくるね」

 

 と、緩美ユルミが答えた。


 「トイレでションベンしてる時、おれが横から覗こうとしたら『きゃあっ! 見ないでっ!』って、裸を見られた女みたいな反応してたな。風太は」


 と、勘太カンタが答えた。


 「おれが具合ぐあいわるくて倒れた時、ずっと手を握っててくれたよな。すっげー気持ち悪い奴だなぁと思ったけど、ちょっとだけ嬉しかったよ」


 と、ソラが答えた。

 

 クラスメートたちに悪い印象こそ与えていないが、美晴は風太が今まできずきあげてきた(と思っている)硬派こうはなイメージを、完全にぶち壊してくれたようだ。

 風太は頭を抱え、怒りに震えた。


 (美晴のバカ……! おれに成り済ますつもりなら、ちゃんと強くてかっこいい男になれよっ! うぅ、早く二瀬ふたせ風太フウタのイメージを、回復させないと……)


 *


 キンコーン。

 チャイムが校舎内に鳴り響き、昼休みの時間になった。

 

 「今日も行くか……。あいつのところに」


 「あいつ」に話したいことが、たくさんある。

 男子の胃袋でさっさと給食を食べ終えた風太は、健也たちが集まるグラウンドではなく、雪乃たちが集まるウサギ小屋でもなく、いつも「あいつ」がいる保健室へと向かった。

 

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