美晴デビルの最期!
*
「すみません。元の身体に戻っているなんて、知らなかったんです……」
美晴デビルは正座で反省中。
風太は美晴デビルの正面に、あぐらをかいて座った。
「で、どうして美晴が、おれの夢の世界にいるんだ?」
「違います。わたしの名前は美晴デビル……」
「はあ?」
「だから、わたしは美晴ではなくてですね……。100ノートに宿っている赤目の悪魔という者なんですが、他次元の存在であるため、今回は契約者である戸木田美晴の姿を借りて、この夢の世界に定着……」
「分かるかよっ! 小学生でも分かるように説明しろっ!!」
「ひぃっ! ごめんなさいごめんなさいっ!」
風太が地面をドンッと叩くと、美晴デビルはビクビクとおびえた。
「もう一回聞くぞ。お前はなんなんだ?」
「えーっと、その……か、かわいい小悪魔ですっ♡」
「ふざけるなっ!! 真面目に答えろっ!!」
「きゃーっ! ごめんなさいごめんなさいっ! でも本当なんですっ! 信じてくださいっ!」
美晴デビルは、これまで毎晩美晴にしてきたことを、全て風太に話した。小学6年生の脳みそでも理解できるように、非常に丁寧に、そしてなるべく簡単な言葉を使って、説明した。
「……というわけで、わたしは『風太くん』の夢の世界で、やりすぎなくらいのスキンシップをしていたのです」
「ふーん、そっか。つまり、お前はすごく悪いやつなんだな」
「ええ、それはもう。『わたし=100ノート』ですし、風太くんと美晴の身体が入れ替わったのも、わたしの力です」
「どうしてそんなことをしたんだよ。美晴が100ノートに、『風太と入れ替わりたい』って書いたのか?」
「いえ、美晴の願い事は他にあって……。100日後にその願いを叶える代償として、美晴は心と身体を悪魔に捧げたので、わたしは美晴の身体から心を引き剥がして遊んでいた、というわけです」
「じゃあ、おれは……お前の遊びに、ただ巻き込まれただけ?」
「はいっ! でも、風太くんと美晴を入れ替えて正解でした! 予想以上の苦しみ、憎しみ、絶望! 悪魔としては、大満足ですよっ! そして、これからも引き続き、わたしを楽しませてほしいのですが……」
「ん?」
美晴デビルは、視線を風太の青いペンダントへと移した。
「それ、ハズしてもらえませんか?」
「えっ? なんで?」
「だって、あなたがそれをつけてる間は、苦しみや絶望は得られそうにないから……。ペンダントをブチッとハズして、風太くんにはまた『美晴』になってほしいです」
「えぇっ!? 嫌に決まってるだろ! これは絶対ハズさない!」
「そんな、困りますっ! もう一度美晴と入れ替わってくれないと、すっごくつまんないまま100日後が来ちゃいますよっ!」
「知るかよ。あとは100ノートを見つけて、ビリッと破り捨てたら終わりだ。ハッピーエンドだ」
「えー!? ハッピーエンドなんて困りますーっ! こ、こうなったら仕方がない……!」
強行手段。
美晴デビルは背中の羽根を大きく広げて飛び上がり、風太に突撃しようとした。
「実力行使ですっ! そのペンダントを破壊しますっ!」
「なっ……!? やめろっ!! 来るなっ!!」
ヒューン、スポッ。
突然の出来事。風太の叫び声に反応するかのように、先ほど空から降ってきた巨大ドーナツが飛来し、浮き輪のように美晴デビルの頭からすっぽりとハマった。
「きゃっ! な、なにこれっ!?」
「うわぁっ、さっきのドーナツだ! 勝手に動いたっ!」
「うぅっ、すごく重い……! 飛べないっ……!」
ドーナツに捕縛され、美晴デビルはドサッと地面に墜落した。
「おおっ、いいぞドーナツ! がんばれ!」
「くっ! 硬さも、重さも、まるで鉄みたい……! これ、本当にドーナツなの? っていうか、なんでドーナツがこんなところにあるの?」
「いやあ、ちょっとお腹がすいてたんだ。ここはおれの夢の世界だから、食欲が形になったんだと思う」
「なるほど……。って、感心してる場合じゃない! ねぇ、風太くぅ~ん♡」
あからさまに、男に媚びたような声。
「なんだよ、突然。変な声出しやがって」
「風太くんの命令で、このドーナツはわたしを締め付けてるの。だからぁ、やめるように言ってくれない? ねぇ、おねが~い♡」
「やだよ。おれも美晴も、お前のせいで今まで散々な目にあったんだ。一生そのままでいろ、悪魔め」
「なっ!? ま、待って! わたしを助けてっ! 助けてくれたら、とってもいいことしてあげるからっ!」
「いいこと?」
「えぇ、すごくいいこと! えーっと、具体的には……」
「100ノートが今どこにあるか教えてくれる、とか?」
「はあ? それはイヤ。契約は絶対に破棄させないよ」
「じゃあ、何をしてくれるんだよ」
「うーんと、それじゃあ……くちびるにチューしてあ・げ・る♡」
「えっ……!?」
美晴デビルは風太にウインクし、魅惑のオーラを全開にした。
「風太くん、女の子とキスしたことないでしょ? 夢の中なんだし、欲望のままにわたしとやっちゃおうよ♡」
「……!」
「あっ、もしこの顔が嫌だったら、雪乃ちゃんに変身させてもいいよっ? 美晴みたいな根暗ブスより、雪乃ちゃんの方がいいよね? あなたが変えてくれれば、わたしはしっかりエッチな雪乃ちゃんを演じるから! ね? いいでしょ?」
「そうか。分かった……」
風太はスッと立ち上がり、美晴デビルに背を向けた。
「くくく、風太くんも所詮は思春期の男。本能には逆らえない……!」と、美晴デビルは心の中でほくそ笑み、自分の拘束具がハズされるのを待った。元よりキスなんてする気はなく、風太が油断したスキを狙って、ペンダントを破壊してやろうという魂胆だ。
しかし風太は、背を向けたまま、冷たく言い放った。
「おいドーナツ。美晴デビルと一緒に、今すぐ消えてくれ」
風太の命令は絶対。そう応えるかのように、ドーナツは突然淡い光に包まれ、美晴デビルと共に緩やかに消滅し始めた。
「なっ、なんでっ!? キスはっ!? ちょっと風太くん、何考えてるのっ!? ねぇ、こっちを向いてよっ!!」
「うるさいな。おれがそんなことで喜ぶと思ったのか? おれを、美晴を、雪乃をバカにしやがって。もう二度と、お前の顔は見たくない」
「か、体が、消えていく……! 畜生っ、お前こそ、ただのガキのくせにっ! 今ここでわたしを消しても、100ノートとの契約は終わらないよ!? わかってるの!?」
「ああ。自力で見つけ出して、必ず破り捨ててやるよ。お前と話すことは、もう何もない」
「ムリだねっ! あのノートは、決してお前の手には渡らないっ! だって、あんなところにあるんだから……ふふっ」
「もうすぐ朝が来る。悪夢は終わりだ」
「いーや、ここからだよ! 今度はわたしの本来の姿で、お前たちの現実世界に乗り込んで、そのペンダントを破壊してやるっ! この赤目の悪魔にケンカを売ったこと、必ず後悔させてやるわっ! あはは、あははははっ……!!!」
「じゃあな。永遠に」
真っ白で何もない空間に響く、不気味な高笑い。それだけを残して、美晴デビルは完全に消滅してしまった。
「……」
そうして一人になった風太は、静かに朝を迎えるべく、ゆっくりと目を閉じた。
*
「おはよう。雪乃」
「あっ! 風太くん、おっはよー!」
風太が風太として迎える、最初の朝。
爽やかに晴れた、太陽の下。肌を撫でるように、穏やかに涼風が流れていく。
風太が家の外で最初に出会ったのは、7年前からずっと変わらない笑顔で迎えてくれる少女、雪乃だった。
「雪乃……」
「うん? どうかした?」
久しぶりに見た雪乃は……なんだか小さかった。
目線が上手く合わせられない。それは身長が変わったからだけではなく、まだ心のどこかにある微妙な距離感のせいでもあった。
心にも身体にも、『美晴』だったころの違和感が残り、未だ拭えない。
「いや、おれはもう風太だ……!」
「えっ?」
「どんどん前に進んで、過去を振り切っていけばいいんだ。そうだろ、雪乃」
「そうだねっ! よく分かんないけど、そうだよ! 今日もがんばろーっ!」
「おう! よし、行こう!」
明るい言葉を自分に言い聞かせ、気持ちを前に向けた。
あとは、元の生活に慣れていくだけ。焦らずゆっくり、自分を取り戻していくだけ。入れ替わり騒動は、もう終わったんだ……と。
*
そして、月野内小学校に到着。
(ここだ……! おれのクラス……!)
久しぶりに足を踏み入れる、6年1組の教室。
『美晴』だった時は、遠くから見ていることしかできない憧れの場所になっていたが、やっとこの場所に帰って来られた。
風太はドキドキしながら教室の中へと進み、黒いランドセルを机に置いて、自分の席に座った。
「おはよう、風太。まだケガしてるのか? 早く治せよな」
「おはよう、滉一。治ったらまたキャッチボールやろうぜ」
「ゆきっぺと風太くん、おはよー。相変わらず、兄妹みたいだね。お二人さんは」
「おはよう、笑美。おれと雪乃は兄妹じゃないぞ」
「おはよう風太っ! 見ろよこのスーパーレアカード!」
「うわっ、おはよう龍斗! 最新のパックか、それ」
朝のあいさつすら、十人十色。肩を叩いてくる奴から、突進してくる奴までいる。
それでも、みんなが共通して自分のことを「風太」と呼び慕ってくれることに、風太は言葉にできないほどの感動を覚えていた。自分が自分でいられる場所の大切さを、改めて思い知った。
「風太くん、なんだか嬉しそうだね」
「えっ、そうか? そう見えるか? 雪乃」
「うんっ。何か良いことでもあったの?」
「良いこと……か。うーん、こうやっていつでも周りにみんながいて、こうやって隣に雪乃がいてくれることが、すでにとっても良いことなのかもしれないな」
「えー……。その発言は、クサすぎてちょっとイヤ」
「なっ、なんだよっ!? 思ったことを言っただけだろっ!?」
「ま、いっか。最近の風太くんは、いつも変だし」
「おれが、最近いつも変……? それってもしかして、女みたいなしゃべり方したり?」
「そう! ときどき女の子になるの! 面白いよねー」
「なっ……!?」
やはり付きまとう、美晴の呪縛。そのイメージを払拭しなければ、新しい生活は始まらない。
風太は立ち上がり、雪乃に詰め寄った。
「そ、それっ! 詳しく教えてくれ、雪乃っ!」
「え? 風太くん、やっぱり自分では気付いてないんだ」
「いや、だいたい予想はつくけど……!」
「男女で分かれる時に女子チームに入ろうとしたり、亜矢ちゃんが持ってきた女の子向けの雑誌に興味持ったり……。風太くんの女の子モードは、『わたし風太』『風太のメス』『風子ちゃん』とか、みんな色々な名前で呼んでるよ」
「ウソだろ……!? おれが女みたいになること、クラスのみんなが知ってるのか!?」
「うん。でも、みんな『女の子モードの風太もいいな』って言ってるよ。『乙女系男子は、女子からすると話しやすいのよね』って、実穂ちゃんも褒めてたよ」
「じょ、冗談じゃないっ! そんな風に思われるのは、絶対に嫌だっ!!」
そんな中、ガラガラと教室の扉を開け、健也がのんきに登校してきた。
「おはよーっす。朝から何を騒いでるんだよ、風太」
風太はすかさず、その健也にも詰め寄った。
「おはよう健也っ! 最近のおれってどうだ!?」
「うぇっ!? いきなりなんだよ。お前がどうかって?」
「ああ! どんな印象だ!?」
「半分男で、半分女」
「はあ……!?」
「だってそうだろ。うふふって笑うし、内股で座るし、写真撮る時はもじもじしながら恥ずかしそうにピースするし。最近のお前は、女子よりも女っぽい時がある。でも面白いから、女の子モードやめるなよ」
「け、健也まで、おれをそんな風に……!」
「おれだけじゃない。みんなも思ってるぞ。聞いてみろ」
というわけで、風太は他のみんなにも聞いた。
「わたしが作ったウサギのお人形、かわいいかわいいって、すっごく褒めてくれたよね。今度、風太くんと雪乃ちゃんの分も作ってくるね」
と、緩美が答えた。
「トイレでションベンしてる時、おれが横から覗こうとしたら『きゃあっ! 見ないでっ!』って、裸を見られた女みたいな反応してたな。風太は」
と、勘太が答えた。
「おれが具合悪くて倒れた時、ずっと手を握っててくれたよな。すっげー気持ち悪い奴だなぁと思ったけど、ちょっとだけ嬉しかったよ」
と、宙が答えた。
クラスメートたちに悪い印象こそ与えていないが、美晴は風太が今まで築きあげてきた(と思っている)硬派なイメージを、完全にぶち壊してくれたようだ。
風太は頭を抱え、怒りに震えた。
(美晴のバカ……! おれに成り済ますつもりなら、ちゃんと強くてかっこいい男になれよっ! うぅ、早く二瀬風太のイメージを、回復させないと……)
*
キンコーン。
チャイムが校舎内に鳴り響き、昼休みの時間になった。
「今日も行くか……。あいつのところに」
「あいつ」に話したいことが、たくさんある。
男子の胃袋でさっさと給食を食べ終えた風太は、健也たちが集まるグラウンドではなく、雪乃たちが集まるウサギ小屋でもなく、いつも「あいつ」がいる保健室へと向かった。




