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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十二章:身体奪還作戦
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DVなんて許せない作戦


 *


 時間は少しさかのぼり、前日の作戦会議。

 保健室での話し合いの後、「最後に衣装合わせをしよう」ということで、『美晴』と安樹は戸木田家に集合した。


 「サイズはどう? 着られた? ボクのドレス」


 薄紫ラベンダー色のパーティードレスは、安樹のもの。2年ほど前に買ってもらったが、そこから失恋を経てボーイッシュな服ばかりを着るようになったので、そのエレガントなドレスは自宅に眠っていたらしい。


 「ねぇ! 風太ってば!」

 「う……うん……」

 「なんだよっ、そのぼんやりした返事は! もう入るよ? 入っていい? ボクも早く見たいよっ!」

 「……」


 着替えは終わったらしいので、安樹はコンコンとノックをしてから、「みはるのへや」の中へと突入した。


 「……!」


 姿見の前に、ドレスを着た少女が立っている。

 

 「わぁ……」

 「……」

 「キレイだね。すっごく……キレイだよ」

 「……」

 「よく似合ってる。花よりも、キミは美しい」

 「……」

 「ん? 風太? どうしたの?」


 さっきから、一言も返事がない。

 安樹は不思議に思って、『美晴』と同じ姿見に自分を映した。


 「風太……もしかして、見とれてる?」

 「うぇっ!?」


 ようやく、『美晴』はビクッと反応して、背後にいる安樹の方へと振り返った。


 「そんなにじっと見て、ボーッとするなんてさ。言葉を失うほどキレイだった? ドレスを見に纏った自分の姿は」

 「じ、自分の……姿じゃないっ……! こ……これは……美晴の……姿だ……。だからっ……」

 「キミが見とれていたのは、美晴」

 「そ……そんな……」

 「別に否定することじゃない。ボクも驚いてるよ。キミは想像以上に、ドレスが似合う女の子なんだ」

 「いや……、そんな……わけ……あるか……? 服を……着替えただけで……人の印象が……ここまで……変わるなんて……」

 「普通にあるでしょ。あと、髪型もそうだね。キミはこんなに瞳がキレイなのに、普段は前髪で隠しちゃってるから」

 

 服装に合わせて、今は前髪を少し整えている。だから、『美晴』の目は隠れていない。

 『美晴フウタ』にとって、初めての体験だった。鏡に映る少女の瞳を、こんなにハッキリと見たことは。


 (心を奪われるって、こういうことなのか……。でも、おれが、この身体に? 美晴に……?)


 今は、悔しいと思う気持ちが大きかった。

 幽霊みたいな女だと、あれだけバカにしてきた美晴に。こんな魅力を隠しているということに気付かず、まんまと。一瞬、かれてしまったのだ。

 

 「く……!」

 

 『美晴』は、もう鏡を見ないことにした。

 

 「フフッ。着替える前は、あんなに嫌がってたのにね」

 「うるさいな……! 今でも……こんな服……脱ぎたいと……思ってるよ……!」

 「そうだね。一応大事な服だから、美晴にもそのドレス姿を見てもらったら、自然な流れで脱いでね」

 「は……!? 服を……脱ぐ……流れ……って……なんだよ……!」

 「『うふ~ん♡ セクシーなわたしのカラダも見て~♡』とか言いながら、脱げばいいよ。そしたら、どんな男でもキミにメロメロになっちゃうだろうね」

 「言うかっ……! そんなこと……!」

 「まぁ、それは冗談としても……この作戦の最終目標が、『相手をれさせること』っていうのは分かってるね?」

 「分かってる……さ……。なんとか……してみせるっ……!」

 「フフッ、期待してるよ。じゃあ、最後にボクからのアドバイス」

 「えっ? アドバイス?」


 安樹は『美晴』の両肩にポンッと手を置き、しっかりと目を合わせた。


 「絶対に退くな。ここから先、誰が何をしてこようと、キミはひたすら前に進まなきゃダメだ」


 その言葉は──。


 「ひたすら……前に……?」

 「ああ。少しでもビビったら負けるよ。本気で勝ちたいなら、一歩も退くな」


 雪乃との一戦で学んだ、安樹の教訓でもあった。


 「わ……分かった……。おれは……とにかく……前に……進む……!」

 「うん。ボクはいつでも、後ろでキミを支えてるからね」

 「おう……。信頼……してるぞ……」

 「フフッ……」


 安樹は『美晴』の髪を優しくで、たされていく自分に微笑ほほえんだ。


 「……よし! じゃあ、あとは細かい動きの練習でもしておこうか」

 「細かい……動きの……練習……?」

 「姿勢しせいとか、仕草しぐさとか……他にも、男の子をドキッとさせるような、かわいいポーズとか」

 「え……!? そ、それは……また今度で……」

 「ダメダメ! 今やるに決まってるでしょ! いくらドレスが似合ってても、動きが変だったら台無だいなしなんだよ!」


 それから二時間。

 安樹の熱血指導を受け、背筋を伸ばしたりガニ股をやめたりした『美晴』は、さらにドレスが似合う“淑女しゅくじょ”へとランクアップした。まるでお姫様のような、気品のある女性へと……。


 *


 そして現在。


 「風太くんっ……!?」


 ここは夢ではなく、現実世界。

 変わり果てたその姿に、『風太ミハル』は目を疑った。

 

 「……」


 男子の気質きしつは、まるで感じない。

 やわらかくやさしいその微笑ほほえみは、高貴な女性とも見紛みまごうほど。


 「思わず見とれるほどに、美しいだろう? これが今の風太だ。さて、まずはその素敵なドレスを、お客様に見せてあげようか」

 「はい……。マスター……」


 安樹の言葉に従い、『美晴』はその場でくるりと回って、最後にスカートをふわっと広げた。

 しかし『風太』は、見せられたドレスよりも、『美晴』が言った「マスター」という言葉の方が気になっていた。

 

 「あのっ! ま、マスターって……?」

 「ドールマスター。つまり、人形使いのことさ。人形たちはみな、ボクのことをそう呼ぶ」

 「まさか、その人形は……!」

 「ああ。風太はね、ボクだけの着せ替え人形(ドレスアップドール)になったんだよ」

 

 安樹はそっと、『美晴』の後ろ髪を撫でた。

 『美晴』はそれを嫌がるどころか、表情一つ変えず、微笑みをやさなかった。

 

 「ウソでしょ……?」

 「なんだ、あまりドレスには興味なさそうだな。淑女がお気に入りの服に着替えてきたら、紳士は上品に褒めてあげるものだよ」

 「だって、こんなこと、信じられないっ……」

 「それとも、この子のもっと下品な姿を見たいか? では風太、見せてあげなさい」


 安樹がそう言うと、着せ替え人形(ドレスアップドール)はまた「はい……。マスター……」とだけ返事をして、スカートを広げていた手を上へと動かし始めた。

 ススッ……と、静かに、ゆっくりと。むっちりした太ももが露出ろしゅつしても、さらに上へ。


 「な、何をしてるのっ!?」

 「キミは男だから……見たら喜ぶんだろ? 女の子のパンツ」

 「わたし、そんなの見たくないっ! 早くやめさせてっ!」

 「フフッ。何を嫌がってるんだ。元々はキミの下着じゃないか」

 「くっ……!」


 安樹は止めそうにないので、『風太』は席から立ち上がり、スカートを持ち上げる『美晴』の手首をガシッと掴んで、無理やり動きを止めた。


 「風太くんっ……! 何をやってるの!?」

 「……」


 返事はない。表情も変わらない。人形のように、微笑むだけ。

 『風太』は、まともに会話ができる安樹の方へと振り向き、キッとにらみつけた。


 「風太くんに、何をしたの……!?」

 「キミに捨てられた後の風太にんぎょうを、拾っただけだよ」

 「わたしが、捨てた……?」

 「当時は、傷がたくさんついててね。それに孤独も抱えていて、とってもかわいそうだった。だから、ボクがずっとそばにいて、少しずつ傷をふさいでいったんだよ」

 「傷……」

 「最初は嫌がってたよ。『おれは……男なんだぞ……!』『お前の……着せ替え人形に……なんて……なりたくないっ……!』ってね。だから、言うことを聞くように……髪の毛を掴んで、顔を殴り、お腹を何度も蹴った」

 「そんな、酷いこと……」

 「そして、この子が泣いたら、後ろから抱きついて、耳元でささやいてあげるんだ。『ボクに負けるくらい、キミはかよわい女の子なんだよ』って。『ボクに捨てられたら、人形はもうゴミにしかならないよ』ってね。そうするとだんだん素直になって……今はもう、ボクの命令にはさからわない」

 「……!」

 

 『風太』はもう一度、『美晴』の方を見た。

 しかし、意志なき人形と化してしまった少女は、安樹の語りに対して、肯定も否定もしてくれなかった。


 「じゃあ、風太くんを……元に戻してっ!」

 「なんで? キミはこの子を捨てたじゃないか」

 「ケンカをしただけっ……! わたしはもう、仲直りをしたいのっ!」

 「へぇ、身体を返すってこと? 今日はここに、身体を返しに来たの?」

 「そ、それは……」

 「フン。キミだって酷いやつじゃないか。ボクに対して正義を振りかざすのはやめろよ」

 「でも、風太くんから、自分の意志まで奪うなんて……!」

 「意志ならあるよ。今でもね」

 「えっ!?」

 「ボクが『好きにしていいよ』と命令したら、この子は言いたいことをしゃべる。キミをここへ呼んだのも、この子が望んだことさ。面白そうだと思って、ボクはそれに乗った」

 「どうして、わたしをここへ……?」

 「さあ? 本人に聞いてみればいい。ボクはちょっとだけ席を外すから……ほら、『好きにしていいよ』」


 安樹はパチンと指を鳴らすと、いきなりかぶっていたシルクハットを取り、『風太』の頭にガボッと深く被せた。


 「きゃあっ!? ちょっと、見えないっ……!」

 

 スポッ。

 ただの帽子なので、シルクハットはあっさりと取れた。

 しかし、その一瞬で目の前の景色は、大きく変わっていた。


 「……」


 部屋の電気が消され、薄暗い空間になっている。

 そして、さっきまでいた安樹は姿を消し、目の前には……『美晴』だけしかいない。


 「あっ! ふ、風太くんっ……!」

 「はい……」


 初めて、返事が聞こえた。

 安樹の言う通り、今だけは自由に話すことができるようだ。


 「……!」


 『風太』はきょろきょろと周りを見て、ベッドの上にあった犬と猫のぬいぐるみをどけ、自分ともう一人のための席を用意した。


 「と、とりあえず……座って話そう?」

 「美晴……さん……」

 「美晴でいいよ。いつもそうやって呼んでるでしょ? タメ口で話す方が、風太くんらしいし」

 「美晴……さん……」

 「ま、まぁ、無理ならいいけど。えっと……でも、何から話せばいいのかな? 色々ありすぎて、ちょっと混乱してるかも」

 「あのっ……。助けて……くださいっ……」

 「えっ?」


 『風太』の両手を握って、すがるように『美晴』は言った。


 「わたしを……ここから……救い出してくださいっ……。美晴さんっ……」

  

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