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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十二章:身体奪還作戦
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決戦の日


 「安樹……? おい……安樹……!」

 「ん? ああ、ごめん風太。ボーッとしてたよ」


 一夜明け、安樹はまた保健室のベッドへと戻ってきた。いつも通り、『美晴』が待っているベッドへ。


 「様子が……変だぞ……。昨日……、何か……あったのか……?」

 「いや、なんでもない。計画の方は上手くいってるはずだよ」

 「計画も……大事だけど……、おれは……お前の……心配を……」

 「あのさ、風太は結婚のこととか考えてる?」

 「えっ、結婚……? 急に……どうしたんだ……? それは……真剣しんけんな……話か……?」

 「うーん、やっぱり冗談だと思うよね。ボクもまだ、冗談じゃないかとうたがってるし」

 「んんん……?」

 「フフッ、今のは忘れていいよ。おかしいね、今日のボクは」

 

 そのセリフの声のトーンは低く、明らかに元気がなかった。いつもの鬱陶うっとうしくて難解なおしゃべりが、今日は聞こえてこない。

 『美晴』は、安樹が何か思い詰めていることを感じ取り、ほんの少しだけ意図的に声色を変えた。


 「安樹……!」

 「うん? どうしたの、風太」

 「お前……、やっぱり……疲れてるな……。おれ……こんな身体でも……これくらいの……役には……立てるから……さ……。ほら……、もし良かったら……使って……くれよ……」

 「えっ」


 『美晴』は正座に座り直し、自分のひざを軽くぽんぽんと叩いた。


 「……」

 「……」


 安樹は「はぁ」とため息をつき、それを利用しなかった。


 「それはナイよ。風太」

 「えぇっ……!? だ、だって……お前っ……!」

 「分かってないなぁ。確かにボクはキミのひざまくらが好きだけど、キミが自分からやるのはなんか違うんだよ」

 「わ、分かるかよっ……! なんだ……その……こだわり……!」

 「フフフ。しかし、ボクをはげまそうとする気持ちは伝わったよ。女の子らしくなってきたじゃないか」

 「その……め方は……嬉しく……ない……!」

 「そう? 風太くんも、優しいキミのことを褒めてくれると思うけど」

 「えっ……!? 風太くんが……わたしのことを……!? きゃっ……♡」

 「ほーら、またすぐに乙女おとめするー。男子に戻れなくなっちゃうよ?」

 「はっ……! 今のは……ズルいぞ……! やめろよっ……! おれの……『同化』で……遊ぶな……!」

 「あはは、ごめんごめん。でも、キミのおかげで、少し気分が晴れたよ」

 「それなら……いいけど……」

 「じゃあ、今から美晴の様子を見に行こうか。ちゃんと作戦が成功したかどうか、確認しにね」

 「お、おう……」

 

 安樹は、またいつもの声のトーンに戻った。

 『美晴』と安樹はベッドからぴょんと降り、保健室の扉を開けて、放課後の校舎へとした。


 *


 「ほら、あそこにいるよ」

 「なんだか……久しぶりに……見た気がする……。おれの……身体……」


 6年1組の下駄箱で、『風太』が一人でいるところを発見した。

 右腕にはまだしっかりとギプスがついており、全ての動作を左腕一本でこなしている。帰りに接骨院にでも寄るつもりなのだろうか、今日はあいつの周りに友達はいない。

 

 『美晴』と安樹は物陰ものかげに隠れながら、『風太』の様子を観察かんさつしている。


 「100年ちゃんがいないな。てっきりボクを警戒して、ガードを固めたりしてくるかと思ったが」

 「ん……? 100年ちゃん……? 誰の……ことだ……?」

 「ああ、気にしないで。どうやら、お互いにったダメージは大きいらしい」

 「お前……。いつもより……言ってる……ことが……分からない……な……」


 安樹の読み通り、雪乃は昨日の発言を未だに後悔しており、意識するあまりの恥ずかしさゆえに、『風太』のそばへは近寄らなくなっていた。


 「いやあ、こう都合つごうさ。彼女が復活する前に、ミッションを遂行すいこうしたいね」

 「よく……分からないけど……、急ぎで……頼む……。おれの……セイリだって……もう時間が……」

 「風太。こういう場所で、そういう話はあんまりしない方がいいよ。男子に聞かれたらどうするの」

 「あっ……! わ、悪い……。というか……おれも……男子……なんだけど……」

 「それより……ほら、美晴のくびもとを見てごらん」

 「美晴の……首元……?」


 『美晴』は『風太』の首元をじっと見た……つもりだったが、『美晴』の視線は、まず『風太くん』の横顔に釘付くぎづけになってしまった。


 「はぁんっ……♡ 風太くん……かっこいい……♡ 好きっ……♡」

 

 安樹はすぐに『美晴』の胸ぐらを掴むと、パチン、ペチン、ベチィン! と三発、往復ビンタをほっぺたに叩き込んだ。


 「ぶふっ……! な、何するのっ……!?」

 「いちいち乙女おとめないでよっ! 会話にならないじゃないか!」

 「だって……しょうがないでしょ……!? ナマの……風太くんは……わたしにとって……し、刺激が……強すぎるのっ……♡」

 「もう一発ビンタしよ」

 「きゃっ……! わ、分かった……から……やめてっ……! なんとか……気持ちを……抑え込んで……みるから……、手を……放せ……!」

 「ふぅ、やっと戻ったね。ほら、美晴の首元を見て」

 「く、首元……」


 今度こそ本当に、『美晴』は首元を見た。

 そこには、自分が首からげているピンクのペンダントとは色違いの、青いペンダントが提がっていた。


 「あっ……! あれは……入れ替わりペンダント……!?」

 「ふふーん。どう? ボクの作戦、大成功だね」

 「すごい……! どうやったんだ……!? 安樹……!」

 「フフッ、それはヒミツだよ。まぁ、美晴の心を上手くコントロールした、ってところかな。とにかく、これで次のステップに進めるね」

 「ああ……! 次で……最後だ……! もうすぐ……おれは……元の身体に戻れる……はずだ……!」

 「『美晴男の子化計画』、および身体しんたい奪還だっかん作戦さくせん。最後のステップは……美晴がキミに恋をする、だね」

 「よーし……! ここまで……来たから……には……やってやる……! なんとしてでも……おれは……おれを……取り戻してやるっ……!」

 「おお、燃えてるね。実はボクの方で、最後の作戦も少し考えてあるんだ。あとはキミと二人で、もう少しその作戦をりたい」

 「さすが……安樹……! いいぜ……、なんでも……協力する……! おれに……できることなら……、なんでも……言ってくれ……!」

 「よし。じゃあ、今日は一日作戦会議だ。決戦の日は、明日!」

 「おう……!」


 『美晴』と安樹はこぶしをコツンと突き合わせ、明日に向けて気合いを入れ直した。

 

 *


 そして、決戦の日。

 『美晴』が元の身体に戻れるかどうかの、運命が決まる日。

 

 安樹が新たにこっそり仕込んだ招待しょうたいじょうにより、『風太』は「メゾン枝垂しだざくら」という名のマンションへとみちびかれた。

 『風太』は今日、『美晴』と和解するために、ここへやってきた。


 「あの日から、ずっと会いたかった。風太くんと、会って話したかった……」


 『風太』はトクトクと高鳴る心臓を、骨折していない左腕で押さえながら、軽く深呼吸した。そして改めて覚悟を決めると、いさみ足でマンションのエレベーターに乗り込んだ。


 「わたしはまだ、美晴デビルの誘惑ゆうわくには負けてない……! 負けなかったからこそ、こうしてまた風太くんに会えるのかも……」


 一昨日の夜も、昨日の夜も、美晴デビルは夢の中で『風太』を誘惑し続けた。姫と騎士の世界だけでなく、シチュエーションを変えたり、衣装を変えたりして、様々な手で『風太』の理性りせいを崩壊させようとした。

 しかし、『風太』はくっしなかった。肉体は思春期の男子らしく異性への興奮で制御せいぎょが難しくなったが、精神だけは自分らしくあり続けようと必死に抵抗を続けた。それがむすんで今日があるのだと、『風太』は心の中で自分を褒めた。


 「待ってて、風太くんっ! わたしは、あなたへの誠意せいいを忘れてないからっ……!」


 エレベーターの扉が開き、『風太』はマンションの5階に辿たどり着いた。

 そして、戸木田家の玄関の前まで歩みを進めると、キャスケット帽……ではなく、今日はシルクハットを被っているあいつが、そこに立っていた。


 「やあ、ようこそ。青いペンダントも忘れずにつけてるね」

 「あっ、あなたは……!?」

 「フフッ、覚えているかい? ボクのことを」

 「あなたは確か、『代浜サユコ』っていう名前の……」

 「あの時はちょっとワケがあって、偽名ぎめいを使わせてもらったよ。『代浜しろはまサユコ』は、ボクがなんとなく覚えていたグラビアアイドルの名前さ」

 「じゃあ、あなたの本当の名前は……!? あなたは一体、何者なんですかっ!?」

 「ああ、まずは自己紹介からだね」

 「あなたは、風太くんの何なのっ!?」


 そいつはシルクハットを取り、紳士しんしのように礼儀れいぎただしく頭を下げた。


 「ボクは安樹アンジュ菊水きくみず安樹アンジュ。お茶目ちゃめな人形使いさ」

 「人形……使い……!?」

 「今日の演目は、刺激しげきてき人形にんぎょうげき。人間のお客様はキミ一人だよ。さぁ、中へどうぞ。ボクたちが暮らすやかたの中へ」

 「……!」


 安樹は玄関の扉を開け、客人が戸木田家へ入るのを待った。

 『風太』はゴクリと唾を飲み込み、安樹の案内に従って、さらに前へと進んだ。


 *


 「みはるのへや」。ベッドの上には、客席として座布団が三つ並んでいる。

 左右の座布団には、すでに犬と猫のぬいぐるみが座っているので、必然的に『風太』の席は真ん中になった。


 「レディース・アンド・ジェントルメン! 改めてようこそ、戸木田美晴さん」

 「風太くんに会わせてくださいっ! 人形使いさんっ!」

 「あせっちゃダメだよ。招待状に書かれていた通り、キミをここに呼んだのは風太だ。向こうもキミに会いたがってる」

 「わたしも会いたいの! だから、早くここに連れてきてっ!」

 「おいおい。淑女しゅくじょのおえを、紳士しんしかしてはいけないよ。待ち時間も楽しめるような、心の余裕を持とう」

 「お召し変え……。つまり、服を着替えてるってこと?」

 「イエス。せっかくキミが会いに来てくれたんだから、素敵すてき着飾きかざった姿を見せたいらしいんだ」

 「オシャレすることを、風太くんが望んだの……?」

 「もちろん。……うん? 何かおかしいかな?」

 「……」


 ほんの少し、『風太ミハル』は違和感を覚えた。

 本物の風太は、誰かに会うからオシャレをする、というようなタイプではない。ファッションにはあまり興味がなく、いつも同じようなデザインの服を着ているのが、二瀬風太という少年なのだ。

 

 「退屈たいくつなら、着替えをちょっとだけ覗いてみる?」

 「し、しませんっ! そんなことっ!」

 「あはは、冗談だよ。風太が禁止してるから、絶対にしないでね」

 「分かってますっ……!」

 

 その時、トントンとノックの音が聞こえてきた。

 

 「……!」

 「お、風太が来たか。よし、迎え入れよう」

 「はい、お願いしますっ」


 もしかすると、来ていないんじゃないか。安樹とかいう胡散うさんくさいやつに、騙されたんじゃないか。薄々感じていた不安が消え、『風太』はホッと胸を撫で下ろした。


 「いいよ、入って。美晴はもう来てるからね」

 

 が……。


 「えっ……!?」


 ドアを開けて現れたのは、間違いなく『美晴』。

 しかしその姿を見て、『風太』は愕然がくぜんとした。

  

 「……」

 

 花の装飾でいろどられた、薄紫ラベンダー色のパーティードレス。チャームポイントは、腰のリボン。

 だが、ただキレイな洋服を着ているだけではない。

 

 かたも、いつもと違う。またはぴっちり閉じて全く広げていないし、手はおヘソの辺りで重ねており無駄にブラついていない。

 しとやかで気品きひんに溢れ、姿勢よくまっすぐ立つその美しい姿はまるで、夢にまで見た……。


 (ミハル姫っ……!?)


 身体奪還作戦の最終局面が、ついに始まった。

 

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