キミを女の子にする
「真面目な……話……?」
「真面目な話。ちゃんと説明してあげようか?」
「ああ……頼む……」
安樹は『美晴』のひざに頭を置いたまま、ポケットから入れ替わりペンダントを取り出し、その詳細を語り始めた。
「結論から言うと、確かにキミは元の身体に戻れる。しかしそれは、ペンダントの発動条件を満たせばの話だ」
「それが……『風太』と……愛し合う……こと……?」
「そう。『入れ替わりペンダント』は本来、男女がお互いのことをもっとよく知るために作られたものらしいんだ。ただ、入れ替わりを悪用してほしくはないから、発動できるのは愛し合ってる男女だけ、という条件が付いてるんだって」
「でも、おれと……美晴は……愛し合う男女……じゃない……」
「だから、風太と美晴にはそうなってもらうんだよ。使い方の手順は2ステップ」
「まずは……?」
「男側は青色のペンダント、女側はピンク色のペンダントをそれぞれ身につける。キミは女から男になるわけだから、ピンク色の方だ」
『美晴』は、ピンク色の宝石がついたペンダントを安樹から受け取り、首から提げた。
「それで……次は……?」
「ペンダントを身につけたまま、『風太』を本当に愛していることを証明する。やり方は、言葉でも行動でも、何でもいいみたいだ。キミは美晴になりきって、『風太くん』への溢れる愛を示せ」
「すると……どうなる……?」
「ペンダントが使用者だと認めれば、効果が発動する。入れ替わりが起こり、キミは風太になる」
「元の……身体に……戻れるのか……!」
「ああ。ペンダントを首から提げている限り、その効果は続く。その間に、100ノートを見つけて破壊し、最後にペンダントを外せば、問題は全て解決するというわけだ」
「……」
『美晴』はペンダントをぎゅっと握りしめ、今安樹から聞いた説明を、もう一度頭の中で整理した。
自分がこれから何をすべきなのかを、安樹の言葉を反芻しながら考えた。
「安樹……。愛を……示す……って、具体的に……何をすれば……いいんだ……?」
「方法は様々さ。愛の言葉を紡ぐとか、風太にラブレターを書くとか、風太のために愛を込めたお弁当を作るとか。とにかく、風太が好きだってことをペンダントにアピールすればいい」
「そ、そうか……。そうだよな……」
「んー? やけに素直じゃないか。てっきり、『そんな女みたいなことできるか! おれは男なんだぞ!』って、喚きだすかと思ったけど」
「いや……、正直……そう言いたい……気持ちも……あるけど……。今は……それよりも……」
「うん? 何か気にしてるの?」
「……」
『美晴』は浮かない顔でうつむいていた。しかし、『美晴』のひざの上には安樹の顔があるので、ちょうど見つめ合うかたちになっている。
「ボクに話してよ。何が気になってるの?」
「美晴には……好きな男が……いるんだ……。お前にも……勘違いで……告白しちゃったけど……」
「うん。知ってるよ」
「他に好きな男がいるのに……おれが美晴の声を……勝手に使って……『風太が好き』なんて……言わせるのは……、なんだか……良くない……気がする……」
「まぁ、身体を乗っ取って自分に惚れさせると考えれば、悪いことしてるみたいかもね。でも、そういう演技をするだけだよ。ペンダントに向かって『風太が好き』って言うだけ。深く考えなくていいんだよ」
「そうだよな……。元に戻る……ため……だもんな……。美晴には……悪いけど……、なんとか……やってみるよ……。せっかく……安樹が……手伝ってくれてるんだし……」
「……」
歯切れの悪さは、心の迷い。『美晴』の心の中には、まだ「迷い」が残っている。
それは、彼女の一番近くにいる安樹も感じ取っていた。
「風太はさぁ」
「うん……」
「風太は、美晴のことどう思ってるの?」
「美晴の……こと……?」
「うん。キミはいつも『美晴ってのは悪いヤツなんだ』と、ボクに話してくれるよね。だから、決別のために殴り合いのケンカをして、今は絶交していると」
「ああ……」
「でもさ、キミはまだ美晴のことを、完全に恨みきれてないよね。キミは善人悪人敵味方をはっきりと判断するタイプなのに、美晴にだけは曖昧な評価をしているんだ。口では『美晴は悪いヤツだ』なんて言うけど、本気でそう思ってるわけじゃないでしょ?」
「それは……、そうかも……しれない……」
「でもね、キミが元の身体に戻るということは、美晴と真っ向からぶつかるということだ。非情になれない方が、最後は負けるんだ。ほんの少しでも、美晴のことをかわいそうだと思うなら、キミは一生その姿でいるべきじゃないかな」
「そう……だな……」
「いや、キツい言い方をしたね。事情をよく知らないのに、口出ししてごめんよ」
「ううん……。お前の言ってることは……正しい……。お前の……言う通り……、美晴とは……ちゃんと……ケジメを……つけなきゃ……ダメなんだ……」
「どういう選択をしても、ボクはキミの味方だよ。とりあえず一晩、じっくり考えてみるといい。今のキミにとって、何が一番大切なのかを」
「ああ……。そう……する……」
安樹は身体を起こし、いつものキャスケット帽をぽすんと被った。
『美晴』は思いつめた表情のままベッドを降り、赤いランドセルを背負って保健室から出て行った。
*
その日の夜。
風太はベッドに寝転び、考えていた。
美晴のことと、安樹のことと、雪乃のことを。
*
翌日の放課後。
『美晴』はいつものように保健室へと訪れ、安樹がいるベッドのカーテンを静かに開けた。
「よう……。安樹……」
「やあ、風太。そろそろ来てくれるころだと思っていたよ。……今日はなんだか、表情が明るいね。もう考えはまとまったのかい?」
「ああ……。おれ……決めたよ……。もう……迷わない……!」
「というと、やる気になったってことでいいのかな?」
「そうだ……。元の身体に……戻ることが……できるなら……、おれは……どんなことでも……やってやる……! それが……たとえ……、美晴の……意志に……反することで……あっても……だ……! もう……美晴に……対して……、かわいそうだと……思うのは……やめる……!」
『美晴』は、長い前髪の奥にある瞳で、真っ直ぐに安樹を見つめた。
「フッ……! いい顔になったじゃないか。キミが元に戻る気なら、ボクも協力するよ」
「おれは……何をすれば……いい……!? 教えて……くれ……!」
「そうだな。まず、キミのペンダントを起動させよう。ラブレターを書くなんてどうかな?」
「それなら……もう……書いてきた……! 『風太』宛に……女っぽく……恋愛っぽい文章を……書けば……いいんだよ……な……?」
「おおっ、行動が早いな。どれ、ボクに見せてくれ」
「ほら、これ……」
『美晴』はスカートのポケットを漁ると、そこからお手製のラブレターを取り出した。もちろん、人生初ラブレターで、そのお相手は自分。
「え? 何これ」
「ラブレターって……つまり……手紙……だろ……? 女っぽく……書くの……けっこう……大変……だったんだ……。へへっ……」
「あのさぁ」
『美晴』が安樹に見せたのは、「年賀はがき」だった。表面には、しっかりと風太の家の住所と「二瀬 風太 様」という文字、その横に美晴の家の住所と「戸木田 美晴」という文字が書かれている。そして裏面には、いかにも年賀状のサンプルにありそうな猿のイラストと「風太のことが好きです」の文字、その周りに黒のマジックで書き慣れてなさそうなハートマークがたくさん描かれている。
初めてのラブレターは、とてもお正月だった。
「年賀状で告白する女の子はいないよ、風太」
「え……。これじゃ……ダメ……なのか……?」
「全然ダメ。恋愛力が0だな、キミは」
「うう……。けっこう……がんばったんだけど……な……。おれ……、年賀状以外の……手紙……は……あまり……書いたこと……ないんだよ……」
「もう、しょうがないなぁ。この恋愛ブレインであるボクが、キミに恋する乙女とはなんたるかを教えてあげよう。さあ、ボクについてきて!」
「は……はいっ……!」
*
二人は学校を出て、激安スーパー「アンタレス」までやってきた。
平日夕方のアンタレスには、主婦が多い。買い物カゴに野菜や果物を入れたおばさんたちが、鮮魚コーナーの魚を吟味したり、他のおばさんとベラベラと立ち話をしたりしている。
しかしそれは、1階の食品売り場の話であり、『美晴』と安樹が向かったのは、2階。こちらは、文房具、日用雑貨、洋服などが売られている生活用品フロアである。賑わいを見せる1階と比べると、2階は人が少なく落ち着いている。
「『風太女の子化計画』、始動だ。ここで修行をして、キミにはしっかり恋する乙女になってもらう」
「それって……、大丈夫……なのか……? 心が身体に……『同化』しすぎると……入れ替わりが起きなくなるって……話だろ……?」
「そこは様子を見て、バランスを取りながらやっていくしかないね。フフッ、もしキミが危険を怖がるなら、別にやめてもいいけど」
「フン……! 怖いもんか……。おれという男を……ナメすぎだ……お前は……。上手く……やってやるさ……! 元に戻る……ためなら……!」
「そう来なくっちゃね。まず、恋は意識することから始まる。キミは常に、頭に『風太くん』を思い浮かべるんだ」
「つまり……、おれの……元の姿……だよな……。うーん……」
一ヶ月ほど前の自分。
鏡で見ることができた自分。
どこからどうみても、健康的な男子だった自分。
『美晴』は、一生懸命『風太くん』の顔を思い浮かべた。
「イメージ……できた……けど……」
「どう? 身体が熱くなったり、心臓がドキドキしたりしない?」
「しないな……」
「じゃあ、そのまま意識し続けておいてね。心の底から『風太くん』のことが好きになると、自然と身体に異変が起きるんだよ。恋愛とはそういうものだ」
「なるほど……。おれの顔……おれの顔……」
「あとは、キミの乙女度を上げよう。それに関しては、女子歴11年のボクに任せてくれ。ほら、行くよ!」
「お……おう……」
*
── 文房具売り場 ──
「ここからは、思考を女の子にしてね。ほら、ペンを選んでみて」
「え……えーっと……。おれが……いつも……使ってる……のは……、この……スコーピオンっていう……ペン……。サソリの絵が……かっこいい……」
「はいダメ。虫は女の子的にダメだよ。ボクだったら、このオレンジの香り付きペンにする」
「サソリはダメで……みかんはいいのか……」
── くつ売り場 ──
「もうすぐ夏だし、オシャレなサンダルがほしいね。ほら、選んで」
「女っぽいの……女っぽいの……。あっ……! この……『ハートフルドリーム』の……サンダルは……どうだ……!?」
「ああ、魔法少女の……。確かに女の子のアイテムではあるけど、それはもっと小さい子向けのヤツだよ。小6にもなってハトドリはない」
「え……。でも……雪乃は……ハトドリ……見てるらしいけど……」
── 洋服売り場 ──
「さあ、今まで教えたことを踏まえて、自分をコーディネートしてみて。ボクが評価してあげるから」
「お前……いつも……男みたいな……服着てるのに……、女のファッションの……こととか……分かるのかよ……」
「風太のくせに、失礼なこと言ってくれるね。ボクのこれは、ボーイッシュスタイル。ただの男装とは違うんだよ。アクセサリーなんかを使えば、女性らしさをさりげないアクセントとしてアピールできるという側面を持つ、戦略的なファッションなんだから」
「それは……よく分からないけどさ……。とりあえず……女の服なんて……スカートを……選んどけば……いいだろ……」
「はい失格。トップスとの相性を何も考えてない。それだとオシャレがケンカしてるじゃん」
「はあ……!? わ、分かるように……説明しろっ……!」
*
最初は男らしかった風太だが、この強制女子化修行が進むに連れて、次第に仕草や言葉遣いに変化が見られるようになっていった。
そして、安樹の厳しい指導を受けながら全ての売り場を回り終えた時、そこにはもう男子の風太はいなくなっていた。
「ふぅ……。これで修行はおしまいだよ。お疲れ様、風太」
「あ、あの……」
「どうかな。ボク的には、完璧に仕上がったと思うけど」
「これ……、けっこう……ヤバいんじゃない……? わたし……元に……戻れるのかな……?」
「へぇ。しゃべり方まで変わってる」
「い、今のは……違うのっ……! 普通に……しゃべろうと……しても……無意識だと……こんな風に……なっちゃうんですっ……! くそっ……! ちゃんと……頭で……一旦……考えてから……しゃべらないと……勝手に……美晴っぽいしゃべり方に……なる……!」
「でも、それでいいんだよ。『同化』を上手く利用するんだから」
不安げな顔をして安樹を見つめる『美晴』に対して、安樹は腰に手を当てて満足げにニッコリと笑っている。
「さあ、その乙女心でラブレターのリベンジを……いや、次は愛の言葉にしよう」
「愛の……言葉……!?」
「ペンダントに向かって、『わたしは風太くんのことが好きです』って言ってみな。それで、条件は満たされるはずだ」
「わかりました……。で、でも……その……な、なんというか……」
「うん? どうしたの? 恥ずかしい?」
「……」
顔を真っ赤にしてうつむきながら、『美晴』はとても小さく頷いた。
「大丈夫だよ。本人に直接言うわけじゃない」
「だけど……、ふ、『風太くん』の……こと……考えるだけで……、なんだか……ほっぺたが熱くなって……! 心臓も……すっごく……ドキドキ……してしまうの……」
「おお、すごく良い反応。大丈夫、勇気を出して」
「今も……胸が……とても……苦しくてっ……! はぁっ、はぁっ……」
「落ち着いて。キミはかわいいから、『風太くん』もきっと、キミのことを好きになるよ」
「わたし……別に、かわいくないもん……」
「そんなことないよ。今のキミはすごくかわいい。こんな素敵な子に告白してもらえるなんて、『風太』に嫉妬してしまうくらいだ」
「が、がんばって……みますっ……! む、向こうに……行ってて……もらっても……いいですか……?」
「分かったよ。待ってるね」
安樹はもう大丈夫だと確信し、『美晴』から離れてその先にあったベンチに腰を降ろした。
その後、『美晴』はまず深呼吸をすると、ペンダントをそっと優しく握り、手の中のピンク色の宝石をじっと見つめた。
「わ……わたしは……、ふ、風太くんの……ことが……」
声を発したが、緊張で震えている。
『美晴』はぎゅっと目をつぶり、勇気を振り絞った。
「風太くんの……ことが……す、好き……ですっ……!!」
*
そして『美晴』は、安樹がいるベンチへと戻ってきた。
「安樹……」
「もう終わったのかい? どれ、ペンダントを見せてよ」
「これ……」
「おお、おおお……!!」
『美晴』の手には、まばゆい光を放つペンダントが握られていた。そのどこか不思議な気持ちになるピンク色の輝きは、魔力が充分に溜まっていることを証明しているようだった。これで準備は完了、といったところだろう。
「成功したね。おめでとう」
「それで……わたしは……、いやいや……、おれは……いつ……元の……姿に……戻れるの……?」
「あとは、美晴がこの青いペンダントを発動させれば、キミたちは入れ替わるよ」
「えっ……? 美晴側……も……わたしと……同じこと……しなきゃダメ……なの……!?」
「そうだよ。あれ、言ってなかったっけ?」
「き、聞いてないっ……! じゃあ……、み、美晴には……どうやって……今みたいなことを……させるの……!? 何か……作戦は……あるんだよね……!? このままじゃ……おれ……元に戻れないし……、セイリまで……来ちゃうんだぞ……!?」
「ふっふっふ」
「『美晴男の子化計画』……、考えて……あるんだよな……!?」
「いやあ、そっちのことは考えてなかったヨ。キミを女の子にするのに夢中で」
ゴツンッ!!
『美晴』は、キャスケット帽の上から頭蓋骨を粉砕する勢いで、安樹にゲンコツを喰らわせた。




